2000年度臨床倫理討論



症例2) 
86才女性。4年前御主人を肺癌で亡くした後、山村で一人暮らしをしていた。
最近村の医療福祉関係者が集まる高齢者サービス調整会議で、ヘルパー及び保健婦か
ら最近日によってこの方のいうことが違っていておかしい老人性の痴呆ではないか、
このままほおっておいていいのだろうかという意見が出た。
念のため村の診療所へ受診してもらったが、言葉もしっかりしていて、特に話しのつ
じつまがあわないことはなかった。ヘルパーの話しでは、一日何も食べないでぼうっ
としていたり、火の消し忘れで鍋を焦がしたりしたことがあるらしい。家族は息子が
二人いるが、それぞれ遠く離れた(飛行機を使っても6時間かかる)の都市にすんで
いて、今後の対応を相談しようとするが、なかなか村に帰省することもない。本人は
住み慣れた家や友だちから離れるのが嫌で、息子のところにはいきたくないという。
(問)あなたはこの村の診療所の医師である。どのように対応しますか。



コメント集



佐賀医科大学精神医学教室 山田健志さんのコメント



ご無沙汰しております。
2)私も転勤その他で在宅医療等からすっかり離れてしまいましたが、
臨床倫理討論における症例2)について、思いつく範囲で書きます。

まず、通常の四分割法の順序が逆ですが、このようなケースでこそ、周
囲の状況の中で、特に家族(ないし後見人)の意向・状況によって、その
他の殆どの因子が大きく変化すると思います。それゆえ、遠方でも家族
などとの相談が優先事項で、その上でKey personの選択が不可欠なよう
に感じます。でないと、ぎりぎりなって家族と称する人が突然現れて、本人
のみならず、それまでの関係者の調整が全て水の泡になることも十分考え
られます。

以下の多くは、Key personの存在や周囲の環境・社会資源の存在が前提で
あり、狭義の医学が貢献できる可能性はかなり限られると思います。それでも
医学的評価・適応として、少なくとも軽度〜中等度の認知障害が疑われるため
神経・精神医学学的診察はもちろん、貧血や内分泌学滴的候も含めてくまなく
全身を診ることで、二次性の認知障害について評価することが、最低限医師に
求められます(DSM−IV−PC医学書院98/ICD−10−PCライフサイエ
ンス社98/米国精神医学会治療ガイドライン・アルツハイマー病と老年期の痴呆
医学書院99)。そこで。もし基礎疾患があればその治療になりますし、あるいは
アルツハイマー病であれば、例えば米国精神医学会のガイドラインによると、
アリセプトの様なコリンエステラーゼ阻害剤や女性ホルモン治療などの薬物療法
の適応について検討が必要が必要かもしれません。もちろんアルツハイマーに
限らず、認知障害では、文字の大きいカレンダーや時計を用いたり、メモの励行
などの指導も大切です(もちろん本人の尊厳を傷つけない範囲でですが)。

そして本人の意向はもちろん、QOLを考えると、慣れ親しんだ家はもちろん、古く
からの友人・環境を考えると、今の障害の程度を考えると出来るだけ同じ地域で支え
てあげるのが理想でしょう。同時に上述の米国のガイドラインによると、少しでも認
知機能が残っているうちにリビング・ウィルや財産などの代理決定についての調整を行
った方が良いとされています。これも困難な仕事ですが、大切な作業だと思います。
もちろん独居である以上、火災などの危険性も含め、財産管理や防犯などの問題と
両天秤になるため、独居が可能かどうかは周囲の状況に殆ど依存しています。
例えば火の管理などは、出来るだけ電磁調理器とした方がよいのですが、認知機能
の問題からその使い方を覚えて頂くより、もし他人が家にはいることを本人に受け入
れて頂けるのなら、かつ春日市のような365日配食サービスなどがあれば、その利用
が望ましいでしょう。また安全上には保健婦や訪問看護婦などの定期訪問も、出来
れば欲しいところです。しかしながら今年から始まろうとしている介護保険では、こ
のようなケースにはほとんど力になってくれそうにありません。それゆえ、住み慣れた
環境での地域の輪(友人その他)に期待してしまいます(これが介護保険の真のねら
いではないかと思ってしまいますが)。実際北欧のように地域にグループホームが
充実しているわけではありませんので、地域内での相互扶助にどこまで期待できる
か、そして、これら以上の状況を遠方の家族などに承諾していただけるかどうかが、
この方を支える最大の鍵となると思います。



和歌山日赤病院内科 瀬田剛史さんのコメント



 女性自身の自己判断能力が有るかどうかが問われると思います。でもつじつまの
会わないことが本当の姿だと思います。
 地方公共団体のヘルパーやそのサービス(家庭訪問形式でなく、通所形式かホー
ム滞在形式か)にコンサルトをすることがひとつの解決法ではないかと思います。
経済的な負担はあるでしょうが、それが現状ではベストではないかと思います。家
族にはまず現状を話し、我々が考えている案を電話で説明し、家族が余裕ができれ
ば改めて面接すればよろしいのではないかと思います。



京都大学総合診療部 浅井篤さんのコメント



まず本当にどのような精神状態か把握すべきでしょう。また可逆的な原因があるか否
かも重要です。それから、「保護者」にあたる親類や福祉の人とも連絡し、本当に摂
食しておらず全身状態に影響がありそうなら、とりあえず入所できる施設を探すしか
ないのではないかと思います。現実的に、本人が強く拒否しない限り、まずどこかで
準緊急的医療を提供し、それからじっくり対策をたてるべきでしょう。たとえ痴呆が
あったにしても、「息子のところにはいきたくない」という希望は可能な限り尊重す
べきです。



利根町国保診療所(茨城県) 中澤義明さんのコメント



    高齢者サービス調整会議から話が回ってきたのは幸いと思います。保健婦やホーム
ヘルパーがケースについて検討が必要であると認識していると思われるからです。村
の診療所の医師が何をするべきかは、あとは事例検討会を開いてそこに参加すること
だと思います。この村に地域で支えていくことに熱意を持った人材がいれば、この女
性の希望は叶えられるかもしれません。
 ではこの村が現在の自分の町であれば具体的にどうするかといえば、事例検討会の
中で熱意あるヘルパーさんをキーパーソンにしてしまうということになりそうです。
家族との同居や施設への入所などの意見も出ると思いますが、やはり本人の意向を最
優先すべきだと思います。家族が心配だから同居したいと申し出てきたらどうしましょ
う。実際にケアに当たっているキーパーソンが対応すれば上手く事が運ぶような気が
します。



東京医科歯科大学 人間科学 中村 千賀子さんのコメント



お元気ですか。読ませてもらって、コメントしたくなりました。

症例 2)
これまた難しい。けれども、彼女の生き方をここに来て変えるのは難しいでしょう
。本人も望まないものではないでしょうか。もちろん、一人でいて、火事を出した
り、ある日、冷たくなっていたなどということは、周りの方々、それも専門家の方
にとっては不名誉なことだし、、、しかし、そこに文明の利器が役に立ってくれる
なんて、そういう時代にならないと解決できないのでしょうかね、テレビ電話とか
、せめて、ガスはやめて電気調理器にするとか、、、、おてあげだな。何にしても
、その場所で一人で死ぬことは覚悟の上でしょうね、その方は。友達を専門家がサ
ポートしながら、彼女へのアプローチは友達に頼むしかないのかな。

以上、コメントをさせていただきました。みなさんの意見も楽しみにしています。



香川県高松市横井内科医院 横井徹さんのコメント



白浜先生、こんばんは。
症例1とうって変わって?、症例2、3は経験がないことでとたんにトーンダウン
してしまいました。議論の参考になるかわかりませんがひとまずお送りいたします。

本人は老人性痴呆や脳の器質的な疾患による障害である可能性は低いでしょう。
夫を癌でなくして一人になってすでに4年、自分も86才になって日本人の平均寿命を
こえ、
自分のゆく先のことを考えてしまうのは自然であると考えます。さらに息子家族とも
疎遠になって(しかも息子のほうから積極的に交流をはかろうともしない状況)いる
というのは本人にとって鬱気分が生じても仕方のない状況であると思います。そういう
状況を理解した上で本人の感情、行動を理解する必要があると思います。

1)まず老人性痴呆であることは否定的ですがもう一度医学的に除外診断します。
2)鬱気分があると考えられますので、鬱病、鬱状態に関する医学的評価を行います。
(無気力、意欲、感情の減退、早朝覚醒、自殺念慮等に関する評価)
3)2)であれば必要なら内服治療、カウンセリングも検討します。薬物療法だけで
改善(もとの状態にもどる)する可能性も十分あります。
4)同時に介護サービスを提供するスタッフとも意志統一して、精神的にも援助
するような形でかかわりを継続してゆきます。(飲まず食わずで脱水にならないように
また不注意で火事等をおこさないように見守る)
5)息子さんにも正確な情報を伝えて(プライバシーの問題が生じるとは思いますが)
両者の関係がもともと悪いのでない限りできる範囲で帰省してもらうよう根気良く
働きかけることもしてみます。

このような状況は自分に経験がなく、かなり抽象的になってしまいました。



伊豆西海岸 安良里診療所 藤原靖士さんのコメント



 白浜先生、こんにちは。藤原靖士です。講義前ぎりぎりですみません。

|症例2)
|86才女性。4年前御主人を肺癌で亡くした後、山村で一人暮らしをしていた。
 まず、「医師」としてどのような形でこのケースに関わることができるか、考えてし
まいました。
 医師には、「応召義務」があり、呼ばれたら診察し、関わらなければいけません。し
かし、呼ばれない場合、づかづかと入り込みにくいと思います。
 この方の場合、周囲の勧めで、「村の診療所に受診」していますが、普段は受診して
いない方のようです。そうすると、例えばこの方が「また診療所に行ったらどこかに連
れて行かれる(入所など)」と思って受診を嫌がれば、づかづかと「医師」として入り込
むことは困難と思われます。精神科疾患でも、他傷の恐れがある場合は、強制的介入は
できますが、そうでなければ医師だからといって、無理矢理入院・入所などさせること
はできません。
 一方、行政の福祉の立場からすれば、一人暮らしの方が痴呆などで問題を生じそうだ
となれば、保健婦などの訪問で、関わっていくことができます。医師でも、国保の診療
所など、行政の一員であれば、保健婦のチャンネルなどを通して、アドバイザーとして
あるいは担当課の一員としての対応が求められるでしょう。
 公的でない診療所の医師の場合、本人からの求め、あるいは行政からの相談に乗るの
でなければ、直接「どのように対応」することもできないかもしれません。もちろん、
こういった場合に保健婦などから相談を受けられるように、普段から行政との人間関係
を気付くことが大切ではありますが。(現在自分がまだ行政の保健婦との意思疎通が不
十分で、こういったケースに関わることが困難なので、あえて愚痴のように書いてしま
いました。)
 それはともかく、「医師」として関わるとすればどうするか?

 軽度の老人性痴呆がありそうです。痴呆には「3分話してわかる痴呆、3時間話してわ
かる痴呆、3日話してわかる痴呆」という目安があると聞きます(出典不明)が、この方
は「3分・3時間ではわからないけど3日見るとわかる痴呆」なのでしょう。この際、脳血
管性かアルツハイマーかということはあまり問題でないかもしれません。もちろん、で
きれば器質的疾患がないかどうか頭部CTが取れる施設で検査をすることも必要でしょう
が、上記の理由で、本人が同意しなければ無理に連れて行くこともできません。ですの
で、その辺は置いておいて、現在起きている状態にどう対応するかを考えたいと思いま
す。
 問題は、普段の生活は支障ないが、時に、何も食べなかったり、鍋を焦がしたり(=
火事を起こしかける)という問題行動を生じるということですね。いわゆる、介護上、
直接の支援や介助が必要というより、見守りが必要な状態です。誰かと一緒に過ごせば
大丈夫なのでしょうが、家族は遠くにいて同居できず、本人も今の家から離れたくない
ということです。本人の意向がそうであれば、今の状況で、見守りの頻度を増やす、と
いうことが対策だと思います。

 福祉サービスで考えれば、ヘルパーや保健婦の訪問を増やすということが考えられる
でしょう。今後介護保険下では、行政や主治医が介護保険の申請を勧め、本人あるいは
遠くの息子から申請をしてもらい、認定された中でケアプランを立て、短時間での巡回
での訪問をするというのが考えられます。ただ、村にそれだけのサービス提供機関があ
るか、巡回型サービスがあるかは問題になるでしょう。
 しかし、「村」にはそれ以上の資源があることが多いです。それは「近所付き合い」
です。隣三軒両隣、近所の人が時々のぞいて声をかけてもらうという手があります。近
所の人も火事を出されたらたまらないですし、それまでご近所として付き合ってきた人
間関係があれば、誰かが声をかけてくれます。行政の立場から、あるいは「医師」でな
くそこに住む住民の一人として近所の方に見守ってくれるようお願いするのはどうで
しょう?
 もちろん、この女性が昔から「いじわるばあさん」で近所の人との付き合いが悪い嫌
われ者だったり、山間部の一軒家だと困難ではありますが。でも、「友達から離れるの
が嫌」というくらいですから、その友達や、友達の家族など、お願いすることはできる
のではないでしょうか?
 それで、実際に不幸にもですが、本人にも危険がわかるような事態(転倒骨折など)が
生じた場合に、家族にも関わってもらって入所やその他の対策を考えるというのが、私
なりの対応です。

 私の診療所は、人口1700人の地区ですが、漁港で狭い地域に密集して路地を挟んで家
が建っています。この症例のような老人(独居で虚弱または軽度の痴呆)は結構います
が、近所の支えあいや見守りで、診療所や行政が関わることもなく、生活できていま
す。地区ごとグループホームといいましょうか。「医師」としては、いざ熱が出たり転
倒したときに、近所の方からの電話で往診しています。人間関係希薄な都市部ではこの
ような対応は無理かもしれません。
 しかし、リスクもあり、先週も、83歳でやや痴呆のあった独居のおばあさん(志村け
ん氏が演じる、話が頓珍漢なおばあさんそっくり!)が、浴槽で亡くなっているのが見
つかりました。その日の昼までは、買い物に出かけている姿を見られており、いつもの
ように夕方入浴した際に何か(心疾患?以前の胸部Xp上大動脈弓の拡大があったので、
大動脈瘤の破裂かもしれません:診療所には不定期受診でした)が起きて亡くなったと
思われます。(検案の結果、溺水ではなかったです)
 不幸な転帰のようですが、好きなように生きて、ぽっくり亡くなったということで、
「あのように死にたい」というご近所の老人が多いです。また、ご家族も、はじめは
びっくりし、大変でしたが、あのおばあさんらしい生き方だったと納得されていまし
た。なお、発見も、毎日朝夕見守りにきていたご親戚の方の発見でした。
 事前にどのようにしていたらよかったか。今から考えても、近所の支えあいで見て、
医療はあまり関わらずに最後を迎えた80歳台まで生きた方とすれば、最後が検案という
ばたばたした事態になったことをのぞけば、これでよかったのでは、と思っています。

 まとめとして、このケースでは、「医師」として関わることは少ないが、地域の住民・
行政として、介護福祉サービスないし、近所のインフォーマルな支援をコーディネイト
していくという対応を取りたいと思います。もちろん、診療所の「医師」も地域の住人で
す。

 いつもながら、学問的でなく、経験論的な意見ですみません。



臨床倫理のページにもどる
白浜雅司のホームページの表紙にもどる

それぞれの症例にコメントのある方はぜひぜひ下記の私のメールアドレスにコメントのメールをください。
また関心のある方はメールアドレスを教えていただければ、次回より検討する最新の症例をこちらからお送りします。

(連絡先)
白浜雅司
E-mail:HQC00330@nifty.ne.jp
〒842-0301佐賀県神埼郡三瀬村大字三瀬2615
三瀬村国民健康保険診療所
TEL0952-56-2001、FAX0952-56-2912