2000年臨床倫理討論


症例1) やり手のビジネスマンの糖尿病患者の入院拒否


55才男性。建設会社のやり手営業部長として働いている。2年前に会社の検診で
糖尿病を指摘されたが、仕事が忙しくて再検査することもなく過ごしていた。仕事
柄アルコールを飲む機会が多く、毎日お酒を平均5合くらい飲んでいた。最近のど
の渇きがつよく、からだのだるさが強いため近くの病院を受診したところ、血糖が
350と上昇しており、インシュリンの分泌もよくないので早急に入院してインシュリ
ン治療を始めるように主治医は勧めたが、仕事が忙しく入院などできないと拒否さ
れた。
(問)あなたがこの患者の主治医だったとしたらどのように対応しますか。


コメント集


日本赤十字社和歌山医療センタ− 医師 瀬田 剛史さんのコメント


糖尿病は自分が自覚しない内に忍び寄ってくるものと言うことを説明します。ま
た自覚症状が来てからでは遅いと言うこと、今からコントロールすれば良い結果が
得られる可能性が有ると言うことを話します。また家族、部課や会社の事を考えて
仕事を休めないと言われていると思いますが、放置する方がよりみんなに対して不
幸な結果が生じると言うことを説明するのではないかと思います。入院期間も協力
が得られれば、想像よりも短いものであり、入院中に行うことは治療だけではなく
、意識改革、教育などが含まれ、入院に伴う苦痛は思うほどないものの入院は必要
であると言うことを時間をかけてお話します。


京都大学医学部総合診療部 浅井篤さんのコメント


学生と討議する倫理症例の提示に対する私の意見を簡単ですが書きます。
外来で可能なことをはじめつつ、何度も繰り返し入院の必要性を説明する。本人が入
院をしない治療の危険性や限界を理解、納得した上で、それでも入院できないと言う
のなら、それは受け入れざるをいないでしょう。医学的健康は重要な価値ではありま
すが、それを社会生活をしっかり営んでいる成人に強要はすべきではないし、また、
できないでしょう。


伊豆西海岸 安良里診療所 医師 藤原靖士さんのコメント


 白浜先生、こんにちは。藤原靖士です。今年もこの討論に参加して勉強したいと思い
ます。まずは、取り急ぎ、27日予定の症例1のみ検討します。

(まず、自分ならどうするか、直感で)
 よくあるケースです。こちら(漁港)では、近海漁業で長く船上にいるために、通院せ
ず放置している糖尿病の方が結構いらっしゃいます。
 検診で異常を指摘されても2年間放置していますが、自覚症状が出て一応受診されて
いますから、大きなチャンスだと思います。実際には自覚症状が出ても、「自分は大丈
夫」と否認して放置する方もいますので。
 もちろん、ベストは入院治療なのでしょうが、自覚症状はあるものの、この方にとっ
ては糖尿病よりも仕事などの方が現時点では重要度が高いと感じているようですので、
すぐには必要性を理解されないでしょう。まずこの時点での目標としては、定期的に通
院してもらえるよう、医師患者関係を作ることを考えたいです。定期的に通院するうち
に、外来で糖尿病という病気と、ご自身の病状を少しずつ説明していき、場合によって
はその危険性も説明した上で外来でインスリンを導入したり、飲酒を含めた食事の振り
返りを進めていきたいと思います。できれば、本人に理解していただいて、どこかで入
院をしていただくよう、折に触れ入院の話も切り出します。
 最悪なのは、入院・インスリン治療・飲酒行動の変化を強要し、通院しなくなり、医
療との関わりを絶たれることです。治療が必要な糖尿病であることは医学的に間違いな
いですから、その糸口・(行動科学的な意味合いでの)チケットは失うことなく、必要な
介入をしていきたいです。

(臨床倫理の四分割法で)
1.医学的適応
 自覚症状も出ている糖尿病で、少なくとも2年以上経過しており、できれば入院治療
して、病型診断・合併症の診断・血糖コントロールによるインスリン分泌能感受性の改
善を図りたいです。うまくいけば、はじめはインスリンが必要でも、食事療法のみ、あ
るいは内服薬で血糖コントロールが可能になる可能性もある症例だと思います。
 放置した場合、いわゆる3大合併症の他、心・脳血管系のイベントもおきやすいと考
えられます。55歳という年齢、連日の大量飲酒、ストレスの多いと思われる仕事なども
気になるところです。

2.患者の意向
 仕事重視。当然それには、営業の仕事での飲酒も含まれるでしょう。
 自覚症状はあるものの、仕事はできるわけで、その状態での入院は考えてもいなかっ
たでしょう。
 入院せずに治療をしたい、という段階か、通院すらも仕事でできないという段階か、
そのあたりの意向まで聞いておきたいところですね。

3.QOL
 現時点では、仕事ができること。ただし、自覚症状も出ており。このままで十分にバ
リバリ仕事が続けられるかといえば疑問。もちろん放置することは、合併症などで、仕
事ができなくなることもあり、そうでなくても、QOLは低下していくと予測される。

4.周囲の状況
 家族はどう思っているのか?55歳。子供は独立しているであろうか?それとも、まだ
学費のために働かなくてはいけない状況だろうか?
 会社ではどうだろうか?やり手部長であり、重要な人材であるから、まだまだ定年ま
でバリバリ仕事をしてもらうとすれば、治療で糖尿病をコントロールすることは会社に
とっても得である。ただし、リストラなども必要な状況や、会社内での競争があれば、
病気入院はマイナスかもしれない。(これは考えすぎでしょうか?)
 もし、産業医でこの立場になったら、本人と会社の間ででも悩みそうです。

 まとめると、現時点での患者の意向・QOL・周囲の状況などからは、即入院は難し
いが、このまま放置すること・治療中断することは、本人にとっても損失である。治療
関係をもちながら、できる範囲から治療と病状の説明を続け、よりベストに近い状態へ
近づけるよう支援するのが、よいのではないでしょうか?
 治療を強要したり、そのために逆に治療から遠ざけたり、あるいは本人がいやだとい
うからとそのまま放置するのは、倫理的に問題があるといえるでしょう。



 香川県高松市 横井内科医院 医師 横井 徹さんのコメント


ちょっと長くなりすぎました。4分割法で考えれば僕のトレーニングにもなると
思ったのですが、あくまでも学生さんが主役でしょうし、ここでは”実際の外来で
は医師としてどう考えるだろうか(考えているか)”の観点からだけで書いてみま
した。あれもこれもと思っている内に非常に長くなってしまいすみません。
くどいかな?と思いますが一気に書いてしまいましたし、講議までの時間もないよう
ですのでひとまずお送りします。分かりにくい表現がありましたら御指摘いただければ
1/26にでも訂正します(笑)。
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症例1)
55才男性。建設会社のやり手営業部長として働いている。2年前に会社の検診で
糖尿病を指摘されたが、仕事が忙しくて再検査することもなく過ごしていた。仕事
柄アルコールを飲む機会が多く、毎日お酒を平均5合くらい飲んでいた。最近のど
の渇きがつよく、からだのだるさが強いため近くの病院を受診したところ、血糖が
350と上昇しており、インシュリンの分泌もよくないので早急に入院してインシュリ
ン治療を始めるように主治医は勧めたが、仕事が忙しく入院などできないと拒否さ
れた。
(問)あなたがこの患者の主治医だったとしたらどのように対応しますか。

このような状況は日常診療でよく経験するパターンですね。医学的な観点から見た
この方の予後は、このまま放置すればいずれ糖尿病による様々な合併症が生じてきて
ADLが低下し仕事の継続も困難になることは明白です。
NIDDMでインスリン分泌障害がすでに出始めている現在、できるだけ早くインスリ
ン治療に導入してglucose toxicityからの離脱を考えなければなりません。そうす
ればいずれインスリン治療から離脱できる可能性は高いと判断されます。もちろん
slowly progressive IDDM(SPIDDM)という可能性もあるかもしれませんが、
このような”仕事人間”の55歳発症の糖尿病で常習飲酒家、かつ食事にあまり気を
使ってないであろう病歴からするとやはり前者である可能性が高いと考えられます。
もっともSPIDDMであってもできるだけ早くインスリン治療に入るべきであること
は論を待ちません。

ではなぜ入院治療を拒否されたのでしょうか。入院治療ができないからであると
本人は言いますが、これだけで片づけていいものでしょうか?。
1)現在の病状からの医学的判断→2)主治医は入院の上インスリン治療が望ましい
と判断→3)本人は忙しいとの理由で入院を拒否→主治医は困っている、という
図式ですがこのままでは先にすすめません。主治医と患者本人の病状に対する認識
がおそらくずれてしまっているのでこのままではお互いの関係はうまく行かないで
しょう。このままであれば治療には入れず、したがって予後は残念な結果になります。
そうなればいくら「本人が入院治療を拒否したから」とあとで弁解しても、主治医側
の責任はかなり重くなるでしょう。今ここで治療に入ってもらうことは、主治医にと
っての義務と考えても良いくらいです。
とすれば、このそれぞれの段階での問題点を吟味し問題点を共有した上でなんらか
の次善策を考え出す必要がありますね。
1)自体に疑問の余地はないように思います。2)も一般的には正しいでしょう。
3)も本人の現時点の思考過程、おかれている社会的状況から言えば本人にとっては
切実な問題であり、正しいことなのでしょう。ただし、この方を治療する一番の要点
は入院すること自体ではなく、できるだけ早期にインスリンを体外から補充すること
なのです。これを忘れてはいけません。まず両者の意識がなぜずれているのかをきち
んと把握しましょう。以下の点を目標にして一緒に考えてみる必要があります。

主治医側:
○本当に入院しなければインスリン治療ができないのか?を再検討する。
○現時点での合併症の有無、程度を評価する(網膜症、腎症、神経症、動脈硬化性病変
心疾患)。
一般的な糖尿病の自然歴はわかっているので、合併症を評価することにより、今後起
こり
うる症状とその時期について本人に具体的に説明でき、本人が仕事より治療を優先する
よう決断するきっかけにできるかもしれないので非常に重要なことです。本人が
”入院などできない”と言う背景には、糖尿病がどういうものであり何が生活の質
を低下させる要因になるのか等の正確な知識が理解できていない(医療スタッフ側から
ちゃんとした説明がなされていない)状況があるのかもしれません。

患者側:
まず、本人が糖尿病について、今の状態についてどう感じているのかを本人の言葉で
表現してもらうことから始めてみます。繰り返しになりますが、
○糖尿病についての現時点でのイメージを明らかにする。おそらく「糖尿病と言うのは
単に血糖が高くなる病気」であるとしか認識できていないと思います。糖尿病に関連付
けて症状を理解していない現時点で治療に消極的であることはあまり責められないこと
ではないでしょうか?。
○血糖が正常化できない場合に起こりうる合併症とそれが日常生活におよぼす影響につ
いて正確に知る。
○合併症が生じる時期とその時の職場での地位、仕事内容を比較することで将来の状態
を具体的にイメージする。
といったようなことが大切ではないでしょうか。

ここで、家族はどうでしょうか。。できれば家族と一緒に上記の点を考えてゆくことが
できれば理想でしょうね。ただし、呈示されたhistoryからは家族のほうから本人に
治療について働きかけることはむずかしいでしょうから、最初はあくまでも本人がイニ
シアチブをとって自分のことを考えて気になるように医療スタッフ側が話をすすめて
もってゆくことが大事でしょう。

以上をお互いが共有できたとして具体的に方針を考えてみました。まず、インスリン
治療を始めることについては選択の余地はないと考えます。それもできるだけ早期に
開始することが必要です。
糖尿病についての現時点での病状、さらに将来に起こりうる合併症の時期とその内容が
ちゃんと理解できたあとでも入院はできない、と考えるでしょうか?。

1)自分の置かれている状況が短期間で正確に把握でき、将来についても理解できた
なら、入院治療が必要であるということを納得できるかもしれない。
→この場合、主治医の当初の考えどおり入院治療に入れるでしょう。

2)現状と将来像が理解できても、やはり仕事を優先させるしかないとの結論になる
かもしれません。→この場合でもインスリンは絶対必要ですからなんとかして導入
する必要があるでしょう。外来で開始することは可能でなはいでしょうか?(もっとも
glucose toxicityからの離脱は早期には期待できませんが)。
→まず外来で就寝前の中間型インスリン1回打ちと朝の自宅での自己血糖測定を始めて
みます。これなら外来での指導で十分可能です。同時に食事指導も必ず行います。食事
指導とその実行が伴わないと必ず失敗しますので。

間食はやめて経口摂取は一日3食のみとすること、付き合いで食事することが避けられない
場合でも食べ過ぎないよう注意すること(具体的にカロリー計算ができるならもっと踏み
込んだ指導ができますが、困難な場合でも”今までの2/3や1/2の量にとどめる”等
実行しやすい目標をまず設定することでかなりの指導ができるのではないでしょうか)。
さらに飲酒の制限も行います(いくら仕事上とはいえ、毎日5合もの飲酒が必要である
はずはないでしょう)。できれば禁酒が望ましいですが・・・。ただし、本人がアルコ
ール依存症であるなら問題は複雑ですね。あわせて考えることになりますが、この場
合非常に対応が難しくなりますね。心理的ケアも重要になってきますので。

ここまでで朝の食前血糖が下がらなければ改めて入院の意志および可能性を探ることになり
ます。血糖がうまく下がれば次のステップでは程度に応じて速効型インスリンの各食前
打ちにして強化療法に持ってゆくか、経口糖尿病薬(αグルコシダーゼ阻害剤。もしく
はインスリン分泌が回復している場合にはSU剤やビグアナイド)の併用を行うことが
できるかもしれません。以上のステップにより血糖を下げ、合併症を回避できれば目標
は達成されたことになるでしょう。こうやれば外来でも十分治療が可能であると考え
ます。

ただし、本人がインスリンを打つこと自体に強い”拒否反応”を示しているなら、まずそ
の考えを改めてもらってから上記のアプローチを開始することが必要かもしれませんね。
これは大変です。また現時点で細小血管障害、大血管障害が全くないとするなら、さらに
定年が60才なら、あとたった5年ですから放置したとしても仕事の上では影響なしかも
しれません。しかし、退職後よりよい余生を送るために糖尿病の治療は不可欠ですから、
今できるだけインスリン治療を開始するという基本的な治療スタンスは変えたくありま
せんね。

ここまでは書きませんでしたが医師以外にも栄養士、看護スタッフ(入院、外来とも)、
さらに職場の同僚、部下、上司の協力も重要であることは言うまでもありません。
ただし、職場の協力を得るにはプライバシーの問題もあり本人の意志、同意がなければ
難しいですが。

ただし、僕の本音を言うとすべてを外来での治療で介入してゆくことはおそらく不可能
と考えます。いずれにせよある時点で入院治療を考えないといけなくなりそうですね。

糖尿病でなくても この症例のような状況に遭遇することはよくあります。こういった
場合の対処法を(僕が考えたやり方が最適かどうかはわかりませんし、その時の
患者さんとの関係によってどのようにも変わるものでしょう)医師として自分なりに
確立しておくことは臨床の場における医療スタッフにとって大事な基礎的財産になる
と感じていますので十分時間をかけて議論していただきたいと思います。
基本的には、本人の意志や置かれている状況を正確に把握して、主治医と患者側の意思
統一を計りながら”同じ土俵にたって”できる範囲から実行に移すこと、ただし治療の
必要性を理解できるように助けて結局は主治医側の治療方針にできるだけ近付けるよう
に努力する姿勢が大事でしょう。患者側の事情も十分加味しながらも医師側ができるだ
け理想と考える治療に持ってゆくようにできるだけねばって”交渉?”する姿勢が主治医
に必要な事柄であると思います。
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URL:http://www07.u-page.so-net.ne.jp/fa2/yokoit/
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東京医科歯科大学人間科学 中村千賀子さんのコメント


日常ごく普通にありそうな症例で、難しさもなかなかですね。私がもし主治医であ
ったら、このままほうっておくと、どのような症状が出てくるか、そして、就業の
ばめんではどのようなことが起こってくるか、実際例を象徴的にまとめたものをお
見せすると思います。その上で、妻、子どもたちにも来院してもらうように、患者
に許可を求め、話し合いの時間をケースワーカーに依頼を下糸もいます。ケースワ
ーカーがいない場合は、ベテランの看護婦さんに依頼したいと思います。それでも
、患者が何もしないまま働きたいと言うなら、その理由を丁寧に聞いていきたいと
思うのです。どのように仕事が忙しいのか、彼がどのような希望を持って人生を終
えようとしているのか、もっと聴いていかなければならないことだらけです。けれ
ども医師は忙しくて時間をとることは難しいでしょうから、チームの他の人に依頼する
しかないのでしょうね。ほんとうは医師にカウンセリングマインドがあって、肩を
はらずに聴いていけると一番良いのでしょうけれど。このお父さんも家族のことは
心配だし、会社を首になりたくないという思いは人一倍つよいと思います。

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