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コラム

Vol.4

健康研究司令塔のあり方
国際医薬品情報誌 2009年11月9日号(通算901号)の連載:日本の医薬品産業の将来像より、岩垂編集長のご高配のもと、掲載させていただいております

京都大学 川上浩司 2009年11月9日
1. 臨床研究分野における、政府をあげての科学技術行政連携の重要性

連載第1回(2009年8月24日号)において、医療分野、ライフサイエンス分野においては、シーズからニーズから、ニーズからシーズへの転換の考え方が重要であると述べた。今回は、科学技術行政連携の重要性について、健康研究司令塔の観点から解説する。
現在、わが国の健康研究は主に文部科学省、経済産業省、厚生労働省が大きな役割を担っている。文部科学省は、基礎研究(科学技術)とその臨床応用を担う省であり、最先端の基礎研究から医療技術のシーズを創出し、開発人材を育成するとともに、大学等における橋渡し研究の推進を図っている。経済産業省は医薬品、医療機器産業を推進する役割を担い、ベンチャー企業の支援、企業の新規参入支援などを通じた医薬品・医療機器産業全体の支援を行っている、厚生労働省は国民の健康・医療への貢献が求められ、薬事及び審査認可行政によって医薬品や医療機器の安全性、有効性の評価と監視を行っている。ライフサイエンス研究の成果を国民の健康推進につなげるためには、基礎研究から臨床研究、さらに疫学研究までを視野に入れた戦略と、その効果的な運用が不可欠である。しかしながら、その運用を困難にしているのは、(i)政府における上記関連府省の縦割り施策による(i)研究投資の不連続性、(ii)先端的研究から薬事承認への情報交換の不足、また、(iii)そもそも研究投資において重点化すべき領域はなにか、つまりニーズがどこにあるのかという点である。
では、このような事態を解決するために、諸外国ではどのような取組がなされているのであろうか。

2. 英国OSCHRの設立

まず、米国では医療関連の公的研究は国立衛生研究所(National Institutes of Health; NIH)が一元的に所管しており、非効率的な縦割り行政の弊害はほとんどないと言われている。英国でも、米国のように医療関連の研究費を一元化してNIHのような組織を設置しようという議論がおこなわれてきた。ところが、米国のような巨額な予算を有さないまま同様の体制としても、基礎医学研究に研究費を手当てすることがやっとで臨床研究への十分な投資、支援は不可能ではないかという議論がなされた。とくに、日本と同様に基礎医学研究水準は高いものの、基礎研究から応用研究への橋渡し研究(トランスレーショナルリサーチ)やそのための基盤整備、規制支援が不十分であること、現状では国内の健康ニーズは十分に満たされておらず、基礎研究と応用研究に研究費投資を行う組織間の戦略調整、さらに臨床研究における産官学の連携が不十分であるとの認識がなされていた。
このような状況を抜本的に改善するため、2005年、英国財務省は当時の貿易産業省(現在のイノベーション・大学・職業技能省;DIUS)内の科学技術庁所管の医学研究会議(Medical Research Council; MRC)の予算と、保健省(Department of Health)所管の国立健康研究所(National Institute for Health Research; NIHR)の予算を統合して、医学研究関連予算の統括と配分を担当する組織を立ち上げるという意向を示した。2006年12月には、財務省からの調査報告の委託を受けたDavid Cooksey卿による報告書 ”A Review of UK health research funding”が提出された。この中で、臨床応用研究基盤の脆弱性に対処するために、財務省への研究費予算の要求、優先順位付け、進捗管理を行うための組織の設立にかかる提言がなされた。この提言では、大きな組織である医学研究会議によって、統合された新組織が基礎研究優位に支配される恐れがあるとして、NIHのような単一の医学研究助成機関を設置するという財務省案は支持されなかった。その代案として、イノベーション・大学・職業技能省及び保健省の中央調整機関として、財務省の建物の中にヘルスリサーチ戦略連携オフィス(Office for Strategic Coordination of Health Research; OSCHR)が設立された。
OSCHRは新たな研究費配分機関(ファンディング・エージェンシー)ではなく、基礎研究と臨床研究との間を一貫した研究投資と情報の連携によって強め、基礎医学研究の成果を効果的に英国国民の健康と富へと橋渡しすることを目標としている。そのため、OSCHRは、基礎医学研究に重点をおくMRCと臨床研究を支援するNIHRの双方の予算配分と研究戦略を俯瞰し、連携的なアプローチを推進することとなった。具体的には、(i)健康研究の連携のための戦略策定の促進、(ii)研究費配分の支援、研究内容の管理や評価に重要な役割を担う、(iii)政府機関間の効果的かつ透明性の高い業務を促進する、(iv)産業界や患者団体などとの連携を促進することを行っている。 OSCHRは新たな研究費配分機関(ファンディング・エージェンシー)ではなく、基礎研究と臨床研究との間を一貫した研究投資と情報の連携によって強め、基礎医学研究の成果を効果的に英国国民の健康と富へと橋渡しすることを目標としている。そのため、OSCHRは、基礎医学研究に重点をおくMRCと臨床研究を支援するNIHRの双方の予算配分と研究戦略を俯瞰し、連携的なアプローチを推進することとなった。具体的には、(i)健康研究の連携のための戦略策定の促進、(ii)研究費配分の支援、研究内容の管理や評価に重要な役割を担う、(iii)政府機関間の効果的かつ透明性の高い業務を促進する、(iv)産業界や患者団体などとの連携を促進することを行っている。
また、各政府機関に関連した共同基盤として、橋渡し研究だけではなく、社会健康研究、疫学研究、方法論研究、人材育成といった実学的な部分を支援するために、Translational Medical Research Board (TMB)、E-Health Records Research Board (EHRRB)、Public Health Research Board (PHRB)といった委員会を設置した。TMBでは、発見と探索的開発を担うMRCと評価と臨床試験を担うNIHRの役割を明確化して、橋渡し研究のための連携計画の開発と実施を確認している。その中で、医療評価機構(National Institute for Health and Clinical Excellence; NICE)との共同研究による方法論研究推進、臨床試験における評価系確立のための研究の推進もおこなっている。EHRRBでは、ITを駆使したe-health records(患者、遠隔医療、テレビ会議などの電子アクセス)によって英国の医学研究を戦略的に管理し、また、E-health records researchにおける研究を意義あるものにするための方法論的研究も実施している。PHRBにおいては、社会健康に資する研究領域として、MRCが中心となる加齢、薬物依存と精神保健研究に、NIHRが中心となる肥満と感染症研究の共同計画を監督している。さらに、英国ではUK Clinical Research Collaboration(UKCRC)という産学官連携のための組織が構築され、臨床研究に関わる人材、研究開発費、規制情報の情報交換を行っている。この活動の中でUK Clinical Research Network (UKCRN)も設置され、臨床研究を行う際の公的な窓口として研究計画の策定や臨床試験実施機関の紹介、産学連携のサポート、規制当局への橋渡しなどの整備が進められている。 OSCHRやUKCRCなどの設置により、複数の省に分かれていた医学研究関連の予算要求や運用が一本化されたが、具体的な成果には今後が待たれるところである。また、研究投資をニーズからシーズへと転換するために健康保険組合からの助言やNICEとの連携も進められているが、この方針の確立も過渡期といえよう。

3. シンガポール・バイオメディカル最高会議

シンガポール科学技術庁(A*STAR)は、関係各省から人材を集めて新たにバイオメディカル最高会議(Biomedical Sciences Executive Committee)を新設した。また、約1000億円を臨床研究、健康開発研究に投資することを開始した。同委員会は、基礎研究の強化と、基礎研究の知見を臨床へと橋渡しすることを重点とした第2期生物医学計画(2006−2010)を推進するための連携組織で、現在はA*STAR長官と保健省事務次官が共同議長を務めている。バイオメディカル最高会議の創設に当たっての第1期計画の目的は、保健衛生の向上、基礎研究から臨床応用への知識移転による経済的機会の創出、シンガポールの人材育成とした。次期計画の5年間では、臨床応用と産業化を重点とし、具体的には新たな診断薬、新治療法、ワクチン開発などを掲げている。バイオメディカル最高会議では、知的財産権、人材養成、基盤整備の3つの作業部会も設置している。

シンガポールでは、強いリーダーシップに基づくトップダウン型政策の実施によって、バイオメディカル最高会議が迅速に設置され、活動を開始した。ニーズからシーズを遡っての研究開発投資という段階にはまだいたっておらず、日本と同様に基礎医学研究の成果を臨床応用化するというトランスレーショナルリサーチ型の事業が目標となっているが、関連省庁間のイニシアティブやプログラムの進捗状況や成果検討について連携を主眼とすることは英国OSCHRと同様である。また、とくに人材養成を掲げていることも注目に値する。

4. 日本における内閣府健康研究推進会議の設置とスーパー特区

日本では、独立行政法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター(JST-CRDS)の臨床医学ユニット(井村裕夫首席、筆者が副統括を務める)において、2007年から2008年にかけて健康研究司令塔を設立した英国やシンガポールなどの調査を行い、わが国の医学研究が抱える現状や問題点から、健康研究司令塔が果たすべき役割を検討した。その成果もあり、わが国においても、2008年7月に内閣府に健康研究推進会議が設置され、関係府省において個別に推進している橋渡し研究及び臨床研究を連携し重点的に取組を進める司令塔とした。会議は文部科学大臣、経済産業大臣、厚生労働大臣、科学技術担当大臣、総合科学技術会議議員によって構成される。この会議を有効に活用するためには、関連府省の異なる役割を明確にしつつ、同会議が強いリーダーシップを発揮し、効率的に研究費や基盤を運用していくことが望まれている。
健康研究推進会議における最初の案件として、いわゆるスーパー特区の公募および採択が行われた。ここでは、基礎医学研究の成果を臨床応用化するために、大学等研究機関における研究者や企業が最もハードルを感じている薬事支援の重要性が強調され、採択後にはそれぞれのプロジェクトに対しての薬事支援の専門員が配置されて厚生労働省やPMDAとのパイプ機能が設置された。連載第2回(2009年9月28日号)で紹介した、新時代のレギュラトリーサイエンス振興の重要性とも関連するが、研究開発の早期の段階から薬事規制を意識し、安全性や有効性の評価系の作成や評価を実施することについての道筋が、過渡期ながらもついたことになろう。健康研究推進会議の中で様々な重要事項を議論する場として、2009年2月にアドバイザリーボードが設置された。基礎医学研究、臨床応用、薬事規制、産業界から様々な有識者が委員として召集され、提言も発刊されている。しかしながら、英国OSCHRのようなシーズからニーズから、ニーズからシーズへの転換の考え方はまだ盛り込まれておらず、健康保険組合からの助言、行政評価研究の実施、薬事法改正、イノベーション評価のあり方などについては議論がなされたのに関わらず提言に盛り込まれなかったことが残念でならない。
そもそも、日本人が、そして人類の健康は将来どうあるべきか。私は、そのビジョンのなかで、いまのニーズ、そして相来のニーズに向けて、政府の中における科学技術政策、連携はどうあるべきかを議論しなければならないと考えている。政権交代の後、健康研究推進会議がどのようになっていくのか、あるいは新組織が設立されるのかはわからないが、海外の事例をよく学んだ上で、日本としての健康研究司令塔のビジョンが必要であろう。

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