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屋根瓦方式教育。屋根瓦って何?



*通説的意味
学年の近いものが下の面倒を見る。上が下を支えている。

*教育<共育としての意味
peer reviewと疑問の発生こそが学びの出発点であり、下が上を支えている。

*瓦そのものの構造からの意味
瓦は珊によって横がつながっている。各々の瓦は珊にぶら下がって、下の瓦に乗っかり下の瓦が飛ばないように押さえている。同期が団結して、下の学年の出る杭を打つ。年功序列方式そのもの。そして、一番下の瓦はぶら下がるだけでなく、足でも踏ん張っている。屋根瓦は一番下が支えて、最も負担が懸かっている。

⇒というように、「そのもの」を知れば、より分かるかというと決してそうではない。気を見て森を見ずとならないように!?

屋根瓦方式といっても、実際は、教育とはなにか?、どうして必要なのか?と考えて、分かって行動している人をあまりみない。

・上級医は「めんどくさいなぁ〜、下に面倒は見てもらおう」と、教育放棄かもしれない。このWORDは便利に使えそう♪
・2年目の研修医は「やっと、下が入ってきた!はやく仕事を覚えさせて、自分が楽をしなくては!もう体力の限界だ!」という現状も見受けられる。


理念・理想は言える。でも、それの解釈を均一化するのは非常に困難、むしろ「洗脳!?」 ・・・。

演劇でも同じ。自分が、どう表現したいか!。もちろん重要だが、どう表現すれば、観衆は「こう」感じてくれるのか?という表現が基本である。

いくら「悔しがっている表現です!」といわれても、傍からはどう見ても「泣いているようにしかみえない・・・」なんてことも・・・。

*日常でも同じ。

・「なんで私の気持ちが分からないの!?」と罵倒する人よ・・・「分かりません。」としか言えません。
・「相手の立場になってかんがえなさいよ!?」、「私とあなたは違うし・・・」。ハイ♪ビンタ一発決定!!
と、やっていると、ただの馬鹿(笑)どっちもね・・・

例:実は、私がSで、相手がMなら、
  もし「相手の立場」で考えて行動したら?、自分と相手は同じ感覚を有しているはず!?と思い込んでいたら?

  相手に不快なことをして、自分は満足しているだけだろう。自責の念がない分余計に悪い。

極端な例かもしれないが、細かいことを言い出したら、こんなズレはいくらでもある
ただ、共通感覚があると信じていると思い込んでいるから、「私がいいと思うことは、みんないいと思うに違いない!」と確信しているような大人が多い 。からタチが悪い。

話は戻るが、教育の場面で、自分がまったく意図していなかったことに感動する人もいる。だからこそ「教育は面白い」のであり、誤解・ズレを意識した会話を心がける必要はある。このズレを意識しっぱなしは、結構しんどい!!だから「仲間」と群れるのだろう。


2007.9月記載