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物事への取組む基本姿勢〜医療というツールを用いた医者の仕事〜

1.        自分の健康は自分で守る

2.        time management

3.        私にできることはなにか

4.        私にできないことはなにか

5.        何に抵抗がないか(継続)

6.        間違え方を間違えない 

7.        何事も一生懸命に行う 

1.日々の流れの中で、自分の健康を害すると、えてして周囲の流れを乱れさせる。自分が健康であろうとすることは周囲への最低限の礼儀である。自分が幸せでないのに相手に幸せを与えるのは難しいのと同様に、スタッフが元気でない病院は患者によい医療を提供できないと考える。また、昨今の過労死目前の過重労働と違法労働(workというよりlaborの要素)、訴訟(民事もさること刑事も増加傾向)から自分の身と家族を守るためにも、法律の知識は不可欠(詳細は「法律」の項へ)。

2. Time managementの基本は「相手の時間をむやみに奪わないこと」である別項参照 )。dutyon-offを付け、自己学習や趣味などの時間を確保し、心の健康のためにも重要な技能であり、「オフィスアワーにinput workをするな、自宅にoutput workを持ち帰るな」のもと、患者サマリーを自分のコンピューターで作成したり、カルテを自宅に持ち帰ったりするが防げるため、セキュリティ管理上も有益である。Input workoutput workを分けて把握することもポイントである。例えば文献の読み方だが、前者では理解して頭に入れることが目的だが、後者では患者に還元できれば(方針が立てば)それでいい。つまり、論文の読み方も必然的に異なってくる。

3.また、医学の分野にかかわらず与えられた状況下でのニーズに「気付き」、将来的な「予測」をし、埋めるために「対応」し、できれば「解決」すること。社会のニーズ≒求められること≒自分のできること≒仕事という認識。医療もまた地場産業である。

4.一方、相手(患者)の立場には立ちきれないことを認識した上で「自分(医者)の立場」で何事にも一生懸命に対応すること。そして、自分を生かすために求められる像(自分の職業の役割:患者や周囲のスタッフが求める医者像)を演じるために「自分」を殺せる対応力も必要。また、どんなに医学が進歩しても「人の死亡率は100%」であり、これを克服することはできない。私にできることは、せめて人々の自然な生きる営みを邪魔しないように、できるだけ害を与えないで、可能ならば少しでも利益を享受できるような努力をすることである。また、人も適材適所なのだから自分が全てできる必要はない。自分にできないことを省いていった結果、「できる」ことに気付くこともある。

5.そもそも多くの場合、「仕事」とは人がやりたくないことを実行することで金銭的報酬も得て生活するための手段である。何に抵抗がないかとは、物事の継続と満足につながる。やり続けることでのみ得られる知恵がある。そして続けられることの最低限のラインは、自分の好きなことではなく自分に抵抗が生じないものと考える。もちろん好きなことで仕事ができたら最高だが、内容が仕事でなく「趣味(ニーズに応えていない)」になってしまう可能性を考慮する必要がある。

6.また、私は「対象の歴史・地理を知り、大きな流れの中でどの位置・役割を果たしうるのか」を意識し、「間違え方を間違えないように」・「目的を手段と履き違えないように」常に注意している。例えば、医療はツールであって目的でないし、場所と時代によって提供されるべき医療内容は異なる(場によって自分の立場や振舞いは変わる)。試験は確認であってふるい落としではない。より良質な医療を提供し住民に喜ばれる病院になるための手段など。  

7.一方、逆説的だが、間違えないためにはしばしば間違うという経験が必要である。TryError、何事にも挑戦する、そして3日坊主は飽きるまでやる。自分の知らない、経験したことのないものにこそ本質が隠れている。後悔は実行しなかった時より実行した時のほうが少ない。とにかくバランスの真ん中を歩こうと思わずに、極端に左右に振れながら走る。結果的にベクトルは真ん中にいくかもしれない、いかないかもしれない。それでいいのだ(バカボン風に)。ただ、結果的にマジョリティーにいても、マイノリティーにいても(おそらく大体は後者だろうが…)、自分と反対の立場が「ある」ことを20%でも心の隅に置いて、同時に両極端を考える。つまり、納得しないこと、時間軸を使うこと、そして「中腰で耐える」こと。
実際、苦しい場面も多いが、これが思考停止に陥らない現実的な方法だろう。その結果、
1つのこと続けてもよいし、止めてもよい。何事にも挑戦すればよいし、しなくてもよい。何をしていても得るものはある。でも、得なくても、なんとかなってしまっていることも沢山ある。だからそれでもいい。要は「その」得るもの、「得ないこと」を得ることor得ないことに気付いていれば、いなくても。。??堂々巡り(バタッm(__)m)

でも、それでいいと思う。



2007.12.18 記載
2008.2.7 更新