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*なにもやらないこと/しないことの大切さ  

「ヒマだから」「何もしない」ことの重要性に関して、どうしたら「気づくのか」、その気づくために多くを説明しないほうがよいのかもしれないが、「心をくすぐる」ことはやってみたいな〜と思いました。

次のことを思ったことはありますか?

1.携帯電話をなくしたい。
2.電車がちょうど出たところにホームに上がって,アーよかったと思う。
3.予定が空っぽなことは寂しい。罪悪感すらある。
4.いつもなにかしていないと不安だ。

・ヒマであるとは、ヒマでない時間があるということである。
・なにもしないとは、既存のこと(duty)以外のことができるということである。
・「気付き」は「なにもしない時」にフッと心に湧く。
・なにもしないからtime managementもうまくいく。


ここで「なにもやらない」の「なに」を定義しておく。

『仕事、duty、利益が分かりやすいもの、周囲から怠けていないと思われるたいというような行為、お金になるもの・・・』


と、書いたが、今の世の中、「なにかをすること」のみに価値が置かれている気がする。「なにもしないこと」は実は非常にcreativeなことであるが、これに価値を見出す、評価する人が少ない。枝葉切ってばかりでなく、大幹を切る剪定を「考え付く」のは、なにもしない人である。いつの時代も、よくも悪くも、型破りの人、何もしない人が道を切り開いていく。

現在、pay no money for teachig と、「教育」は「なにもしないこと」に分類されている。組織に何もしない人(duty free men)がいることが、組織にどれだけ有益かをしらない。組織を発展させるには「なにもしないこと・人」は不可欠である。『目先』の「やるべきこと」に至上の価値が置かれている社会では、long spanの「やるべきこと」が見えない。そして、切り捨てられていく。endopointが測定しにくいもの、ハッキリできないもの、心、伝承、教育、はデジタルな市場からは衰退していく(株式会社であれば株主のために顧客が!)。

知人からのメールより


医療事務職、ソーシャルワーカー、薬剤師、リハビリテーション、看護師と、それぞれの職種では、仕事の内容が明確に規定されているのに比べて、医者は、各職種にお願いするだけで、自分では何もやっていないことが、改めてよくわかったのです。そういう意味では、医師も、編集者と同様、何もやっていない商売なのです。それが本来の姿です。

coordinator/mediatorは、マスメディアという組織で働く編集者の本来の仕事です。関係パーティが多くなればなるほど、調整役が必要になる。なのに、自分では何も実質的な仕事をやっていないじゃないかと言われる。これは、coordinatorあるいは最近流行のメディエーターに対して容易に予想される非難であり、宿命です。でも、それが本来の仕事なのです。

プロデューサーと言う名称にすれば、何もしていないとの非難は避けられますから、名称を変えれば、何もしてないという自分の罪悪感と他人からの非難の両方をごまかせますかね。ある人は、自分をプロシューマーと呼んでいます。これは、アルビン・トフラーの造語で、producer+consumerとのことです。 』



これらを踏まえて、思ったこと。

「洗脳」もそうだが、「自分の自然に湧き上がってくる感情は悪だ!」とでもいうような「医者として、清く、正しく、貧しく、救世主願望で」のマジョリティー願望で押し付けられる。私の世界観は「各自が自分の好きなことをしたい、しかし、それでは社会生活が機能しないから社会のルールを作り適応させていく」である。これをうまく「折り合いをつける、人生を半分降りる」などアナログで考える。前者は、小学生の「しつけ」の意、後者は調子よく言えば「大人?」への対応とも言えるかもしれない。

「弱音を吐いてはいけない」、「必要以上の周囲への同調性の圧力」に従わないと世間からは弾き飛ばされる。だからアナログスケールの考え方が必要。デジタルでは苦しいだけ。

そして、その同調圧力でよく使われる「〜べき」について思うこと。

「べき」に関しては・・・

・「ある社会で望ましいとされる」

・「自分にとっての必要性」

と、どの範囲の社会や団体、個人のレベルでの話かをまず考える。世間一般で述べられるたいていの「べき」は「私」にとってではなく、マジョリティー(eg:見栄、出世が第一の発言力のある医師ら、マスコミ)にとっての「期待像」で、決してマイノリティーの感性、感受性を排除・抑圧したい方向を望む圧力であることが多い。自分が「感じている」ことを誤魔化すことは楽かもしれないが、満足は低い。「あたりまえの空気」を疑うと面白い。

また、「ヒマの重要性」に関して、「なんにもしないこと」と、その延長は「総合診療に興味がある理由」などを参照してください。


 


2007.10月記載