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*「でもしか◎◎」の利益


「でもしか◎◎」の◎◎=教師、が一番に思いつくだろう。

<結論>
世の中はアンフェアーである。その自覚を子どもに教えない・伝えられない大人は、自分の首をわざわざ絞めている。


「でもしか教師」とは、世間では悪い意味で使われることが多い。しかもどうも差別用語認定らしい(笑)

教師なんてものはなりたくてなるものではない。他にやりたい事が無いから教師デモやるか。他に出来る事が無いから教師になるシカ無い。
教員免許は、いまや通信教育でも取れるほど、職業免許を持っていても、実際教師でない人も数も国家公務員試験では最多の部類。さらに、教員採用試験も一昔は門戸も広く、公務員で生活は安定だし、まあ仕事としてまあやるかな〜そういう人間がなるものだという意味。

昔から、熱心な「教師」はもちろんいた。熱血先生?、子どもの笑顔が私の幸せ!なんて平気でいう方々。は〜・・・。

現在は、教員採用試験も狭き門。つまり、志が非常に(異常に)高いか、よっぽど要領よい人、そして、金・コネがある人がくらいが合格。

そんなの理不尽だ!世の中フェアーじゃない!と反論する貴方。ひと言!

世の中はアンフェアーである。 

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今の成功は能力や努力の結果だけでもたらされたものではない。運で決まる部分も非常に大きいのだ。たまたま親が金持ちだったとか、たまたまよいパートナーに巡り会えたとか、たまたま時流に乗ったなどだ。そして、そうした幸運に巡り会える人の数は、非常に少ない。たかだか数パーセントだろう。残りの大部分の人たちは、市場原理の強化で、下層へと落ちていく。
今の世間は「食うや食わずの下層階級に追い込まれた人たちは、けっして文句を言ってはならない。それは、社会の責任ではなく、本人の能力や努力が足りなかったからだ。所得が低かったり、生活が苦しかったりするのは、その人の「自已責任」なのだ。二世議員ばかりが権力の中枢に居座り、社長の息子が入社してきて特別待遇を受けても、金持ちの子弟がお受験のおかげで有名大学へ進学できても、そんなことを気にしてはいけない。一見、彼らが特権を得ているように見えるが、そうではない。そうなれない人の努力や能力が足りないのだ。」というものである。

A.「年次改革要望書」アメリカの日本改造計画とその背景。より参照。
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・教育とは「しつけ」であり、「洗脳」である。社会への適応=洗脳=しつけ。(教育=洗脳?参照)

・当たり前のことだが、努力は必ずしも報われない。運の要素は限りなく大きい。(参照:努力は必ず報われるか?

・まじめは自分の首をしめる。(参照:
やり過ごしの効能。中腰に耐える )


つまり、「でもしか」くらいでやったこと。自発的にやったことでなくて、物の弾みでやった仕事は以外とパフォーマンスが高い。

@でもしか教師は、世の中がフェアーでないことを知っている。だから子どもに教えるものは「世の中アンフェアーだ。現実はよろしくないからうまく世間を渡ること。這い蹲ること。何とかすること。生活していくこと。生きていくこと。そのために働くこと。という社会のあり方」を伝える。

A受験エリートみたいな勝ち残った人々は、「自分は努力したから報われている。努力をすれば報われる。世の中フェアだ」と思っている。彼らが子どもに教えることは「頑張りなさい。成功しないのはあなたの努力が足りないからだ」と。。。自分が子どものころの姿を子どもに強要(共用?)する。

そう、でもしか教師には「心に余裕があった」のだろう。自分が素晴らしいなんて思っていない。「でもしか」であることをわきまえているし、他者をコントロールしようとしない。教師に対する異様な見得やプライドが少ないからかもしれない。


 


2007.7.21 記述