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私が医者になった経緯 (2008/07/22時点)
自己の将来設計と考え方

興味の強い医学分野

*私の哲学史(要約のみ) :2007/06/14現在の私の世界像             
             


自己の将来設計と考え方(2008/4月時点)

 

以上の状況で、自分の最終目的は「共同体の再建と地域の活性化」であり、せっかく医学部を卒業するのだから医療に関する手段を用いて実行したい。そのなかでも教育に関係したい。そのための手段として大きく6つ考えられる。

1.        教育:「医学教育」・「医療教育」・「国民教育」。教育専任に医師となり、教育で全体の底上げ(技術的も、できれば心も)をする。

2.        医療経営に関わる。病院事業管理者など。

3.        医療経済学者

4.        医系技官となり、医療行政に関わる

5.        勤務医として現場に従事しつつ後輩教育に勤しむ。

6.        出版社やマスコミ、政治。



1.教育は最も興味がある。

特に「人を育てる人」を育てることを目指したい。このご時勢、教育が最後の砦だと感じているからである。また、どちらかといえば卒後教育よりも卒前教育に興味が強い。その理由は、医学知識だけでなくできるだけ若い時期にこそ伝えたいことが多くあるからである。


特に現在の地方の病院を潰そうという時代時代背景の中、病院そして医療は当然ながら医者だけでは成り立たないということ、経営・行政を意識できないと医者という職業としても危険であること。そして、病気が急性期から慢性期中心に移行し、「生活圏の医療化(医学の進歩は医療の範囲を広げ、共同体の崩壊により様々な問題に対する解決能力が低下し、国民の「自己解決の放棄」ともいうような状況が生じている。そして、その国民のニーズに合わせて、医療は生活圏を取り込み侵食・補完した。結果、子育ての小児科相談など以前は医療で取り上げなかった問題にまで医療に求められる風潮になっている。)」が進み、一昔の「技術」さえあれば人間性は良くなくてもそれで済んでいた時代ではなく、人間性・社会性がますます求められているといった背景を感じている。こうした社会情勢の厳しさの中、医者になりたくなくなる、または医者を辞めたい、うつ・過労死などを危惧する医療従事者が増えている。彼ら/彼女らがどう医療と接していくか、医師免許の意義(活かせる職業は他にもある、極論すれば使わなくたってよい)をよい意味で割り切れるかという道が示すことも医療従事者の心の安定のために重要と思う。逃げ道を持っているということが続けるエネルギーになる。


また、例えば、医学の勉強の方法、医療とはなにか、社会
/時勢の中の現状、よい遊び(身内の酒盛・部活・バイトだけでなく、一人旅や病院と関係のない人との触合い)などを考え・経験することを望む。


evidence
でなくEBMを学ぶことが、医学というscienceでなく「医療」という「モノ」を学ぶキッカケとなりうるよいツールだと思っている(特にSTEPの1と4:患者の把握と患者への適応)。医療はあくまでツールであるという、医療に対する「手段の目的化」を防ぐためにも賦活剤となることを信じている。この意義において現在EBM勉強会を開催している。


自分自身もちろん結論など出ていないし、生きている間に少しでも分かればよいかなといった次第だが、少なくとも失敗談からの成功談を知恵として後輩に伝えていくのは年配者の努めであり、義務でもあると考えているためである。せめて皆選挙には行ってほしいと思う。


そしてできれば、医学生だけでなく小学生、中学生、高校生といったさらに若い世代や一般国民が「医療を考える」機会を増やしたい。「国民教育」とでも表現するのか分からない。が、医療は国民―医療関係者―行政のバランスで在り、医療関係者や行政への変化の要望が強い現在において、国民側への医療に対する啓蒙も必要と考える。例えば、医療は共通の財産であり、その中でどのようにして医療の需要と供給のバランスをとっていくかなど。


また、一部のエリートがよい臨床家になっても日本に医療はよくならない。すべての医者がよい医者にならないと日本全体の医療はよくならない。自分独りが
10頑張るより、10人に伝えて10人に1ずつやって頂いた方が効率がよい。社会全体の利益を考えるならば、全体の底上げは是非やりたい。一方、gifted adultへの教育も忘れてはならない。時代を引っ張る(引き戻す?)のは彼らなのだから。


教育専任医師はまだ日本ではあまり認知されていないこと。そのため、1つの優れた技術分野があることなしでは周囲から認められないと考える。この道に入るには、まず医者としての
5感を磨くトレーニング(技術が進歩しても医者の能力の基礎は観察力・問診・身体所見だと思う)やpresentation skillのトレーニング、なにか専門分野(専門医という意味ではなく)を得てからのほうがよいのかもしれない。少なくとも若い体力のあるうちに「鉄は熱いうちに打て」のように体に染み込ませた方がよいとも考える。初期研修はその意味でも重要である。ただ、熱く打ち込みすぎて(打ち込まれすぎて)「過労死」をしないためにも、自分の身は自分で守れるようにしたい。


私の知る限り、日本の大学医学部では優れた医学教育者が少なく、研究の傍らでしか医学教育をしない(できない・やり方が分からないのも事実)医師達の犠牲として長い間苦しんできたのはやる気に満ちた医学生達であり、その結果十分な教育を受けられなかった医師の診療を受ける患者がひいては苦しむこととなる。やはり効率良く、質の高い教育者を数多く排出するには教育を専門とするための専門研修が必要だと考える。ただ、結局勉強は自分でするものであって、教わるのが目的ではない(詳しくは「*学生への提言で 」)。



2.経営も重要である。

近年、公的病院等でも補助金の打ち切りが相続き、施設ごとのマネジメントの重要性を感じる。病院が赤字ではなにもできない。自治体病院であれば地域の自治体・市・県からも悪い目でみられるかもしれない。そうなると新しいこともできない。「経営のことを考えながら最高の医療が提供できるわけがない。医者は医者の仕事に徹することができるようになるべきだ」という意見があるが、反対である。確かに過去においては理想であった面もあるのかもしれない。この「医者の仕事」を病気の治療と定義している感覚はむしろ望ましくない。しかし、現在は病気を治す急性期医療から慢性期医療の時代になり、現実的にこの状態を目指していては医療が崩壊する。また、患者のQOLや人生意義を考えたNBM narrative based medicineを提供することが医療の目的とすれば、本質からも合致しない。そして、政治・社会背景を考えれば患者、病院スタッフの職場の金銭的状況(人件費)・薬剤費・外部委託事業(医事業務、清掃業務、警備、機械の保守点検など)は切実であり、それを無視してよい医療を提供できないだろう。病院は医者だけで成り立っているわけではない。医療の目的を考えれば、これからの医者は経済のことも知る必要がある。そして今日では、「よい医療を患者に提供するには病院職員が協力し合い、経営もよい状態にないとできない」と私は確信している。そのためには、MBAなどの医療経営コンサルトへの相談や最近なにかと話題の「地方公営企業法の全部適応(いわゆる全適)」による病院事業管理者の設置などを考慮する必要もある。特に公立病院では院長や病院管理者のやる気と手腕による影響が多大であると最近感じる。

   
今日、経営改善の手法として「人件費の削減」を主戦法にしている病院が多いように感じる。年をとり十分に働けない、またはまさに専門家で非専門領域の能力が乏しく、その割に賃金が高い人々を解雇し、若いよく働けるgeneralistを送り込むことで黒字にするといった類である。これ「だけ」では頂けない。自己病院とよく似た病院、経営のよい病院をベンチマーキングすることが第一歩と思う。また、特に公的施設であれば、民間会社から金銭面で吹っ掛けられている購入品を他の相場ぐらいの値段で購入する。レセプトや検食など点数が取れるところはキッチリと採る。自己病院とよく似た病院、経営のよい病院をベンチマーキングする。組織としての機能分担の再確認(厳格な処務規定・処務催促よりも互いの範囲が多少オーバーラップしているほうがよいと思う)。看護師の副院長制度導入による機能効率の上昇。など詰められる部分は数多くある。ただ、これらのことは結果が出るのに時間がかかる。特に、急速に赤字を立て直したいとき、民間団体で利益優先が強い時などではまず人件費に手が伸びてしまっているのではないだろうか。

   
一方、病院改革が困難なのは、国関係の病院では頭が固いというか、心が本庁にしか向いていない役人が経営のトップにいてもなにも改革をしようとしない多くの現状がある(一部地方志向の役人もいるが)ことは大きい。本庁にしか目が向かない事務員、医局や自分の技術にしか目が向かない医者も同例である。


その場所・組織・団体に属したならば、「それ」が利益になる行動がまず必要となる。県の病院ならば、県住民の税金で成立しているのだから、その税金をいかに効率よく使い、よい医療を提供できるかが基本である。「企業は人である」という言葉が本質で、「人間教育」がいかに重要かを上に立つ人間も理解すべきと思う。


民間ならその会社の利益である。民間というと自己利益追従の極致と捉えられてしまっている社会風潮があるが、そうではない。そういう人たちがメディアの餌になっているだけである(ニュースになるのはその社会にとっての稀有なことというバイアス・政治利用など)。社会のニーズに応えるという役目を果たしたことに対する利益として成立している会社も多くある。逆に、このニーズに応えるといういわゆる「仕事」をクリエイティブにやり続けられる会社が今日の社会では生き残るべきである。が、実際は「悪人は天下渡る」となっている(ある企業家の場合は社会風潮を先取りしすぎたために政治に利用され切り捨てられた印象が強いが)。


私はできれば医療(特に保険)はすべて国でやるべきと考えている(詳細は医療経済の項参照 )。しかし、民間委託すれば市場があとはうまくやってくれるという社会の流れの中、医療も同じ流れに乗ってしまっている。ならば、まずは理想より現実である。公的意義の強い民間企業(皆建前は良いこと言ってるけど・・・)が表で張れるようにしたい。


自治体病院,自治体診療所は理念理想として、「まだ」…「青臭いこと」を言い続けられるかもしれないし,自分の投げた球の行方が見えるという仕事はそれなりに楽しいと思う。これ自体は非常に大事なことである。一方、この「青臭いこと」をやれるためには、「自治体病院は地方公営企業法という法に則って運用される『企業』であること」を職員がもっと認識すること、そして「赤字になっても税金で補精してもらえるといった幻想を捨て、各職員が自分の病院を守るために企業意識をもって経営に参加する」心構えを持つことが必須である。さらに、時代の変化(交通機関の発達など)による病院の医療圏の変化を念頭に置きつつ、周囲の民間病院とのバランス・協力も必要と考える。

   
最後に、「病院の収支の改善は結果であって目的でない。目的はあくまでも技術の高い良質な医療を住民に喜ばれる病院になること」を忘れてはならない。
以上より、私は経営に関する「感覚」を養うためにも、経営努力をしている県、自治体、民間の企業(病院)で卒後研修することを希望している。




3.医療経済学者となり

                  

特にマクロ経済の普及と行政・国民への認知活動をする。経済学の目的は、資源配分の変化により社会厚生を最大にすることである。そして、国としての方策は理念で決まる。決して、データによる唯一の方針があるわけでない。



4.行政役人がある。

「役人」のやり方は、霞ヶ関で頑張り続ける、もしくは地方に行き地方から変えていく、東京から変えていくといった3通りが考えられる。医系技官は30代後半で順調に地方に行けば局長級のためやりたいことができるとのこと。中央に残れるかは世渡り問題が付いて回るため自分には困難だろうとも感じる。やるとすれば地方狙いである。しかし、厚生省の中枢に絡むためには(技官の入省)は厚生省の人曰く、原則卒後5年までという限定付きらしく(年功序列の席の問題か?)、臨床をよく知らない現場がよく分からないまま役人になっても現場を反映できるかが不安である。技官になれば、全国の地方で埋もれている逸材の発掘も含め、現場の意見を重視、反映したことができるかもしれない。もっと、現場の人が中枢に絡むべきだと感じる。その橋渡し役でもできれば幸いである。そして、様々な政策が、自分たちへの利益誘導の面が強いと感じる国で、少しはこの流れを変えたい。例えば、現在厚生労働省が行っている、医療業界の新興勢力、すなわち調剤薬局業界やジェネリック医薬品業界へのあからさまな利益誘導ともいえる政策により厚生労働省の人達はすでにメリットを受け始めているし、国民はデメリットを強いられている。また、寄付金に対する贈与税の発生など。

医系技官として、医療行政に関われれば、地方で埋もれていた逸材の発掘、現場の意見重視・反映、経済やシステムの日本の客観的な論証の開示・リスクヘッジのマネジメントの強化など問題は山積みである。もっと現場の人が中枢に絡むべきだと感じる。その橋渡し役をしたい。医療も当然法律で雁字搦めであり、行政や法律の知識なしで何かを推進するのは困難。また、末端の枝葉末節の仕事に追われて、本質には絡むことができなさそうとも思う。そう考えると、行政側にむしろ意見を言えるような発言力をつけて、外からかかわる方が現実的かもしれない。


実際正式に技官に入らなくても、仮研修のような形で
2年間なら行政を経験できるような話も聞く。医療も当然法律で雁字搦めであり、行政や法律の知識なしで新しいことと推し進めるのは困難と考える。そのため、別の道を選んだとしても一度は関わりたいと考えている。

   



5.勤務医だが、

この立場は10 20 年後自分という意味では優先順位が落ちる。できれば大きな仕事をしたいという自己満足があり、全体のことに関わりたいと考えているためである。しかし、末端から変えていくのも一手段で、100:1で人に教えていくよりも、1:1,2で人に心を伝えていく方が結果的に早いかもしれない。自分の実力が付くまでは当然勤務医として働くわけだから、その延長でやる方法もある。むしろこの方が、効率がよい可能性も最近は感じている。



6.出版関係

よりよい勉強のツールを開発して広めたいこと、国民をマスコミ洗脳から解きたいことが理由であるが、主軸で関われる分野かどうかは不明。自分の性格上合わない可能性もある。マスコミも同様。私にとって政治家は地盤がない、お金がないため、今の日本ではまずむりと考える。松下政経塾に入る方法もあるが、松下幸之助は好きだが現在の彼らの活動指針自体が嫌いなため、心情的に拒否である。実際、国を動かしているのは役人と聞いているため、それならば技官のほうがよいかもしれない。


また、政治というと、まずはだれでもどういう社会が最も理想的な社会のあり方か、ということを考えたくなる。しかし、社会が自由さを承認する立場において、今存在する人を自由で対等な個人と認める。だから一人一人の不満や異議を対等なものとして勘定するので、そこに利益の不一致や対立、感情の行き違いも生じる。そのなかで「落としどころ」を勘案することが本質であると考える。政治のやり方は2種類ある。1つは、政治的理想主義(原理主義)で、これは宗教戦争を引き起こす。2つ目は相互承認的ルール(落としどころ主義)である。後者以外に原則は今のところ見当たらない。


つまり、政治家に必要な能力の一つは、「調整能力」である。これはリーダーの資質と同義を成す。




*興味の強い医学(狭義)分野

私たちが何の定義もなしに使っている「医学」とは、ほとんどの場合「西洋医学」である。私も医学部に入学してから益々、西洋医学の洗脳にあい、申し子になってきてしまっている。と他文でもやや批判的に書いたものの、特に急性期医療への西洋医学の貢献は小さくなかったと思う。一方で、

初めに、「変化⇒気付き⇒対応⇒解決」の流れをもとに、私が現在興味の強い「医療の分野」は「治療」より「診断」である。実際診療ではこれらは同時並行で進むべきものであるのは承知してだが。しかし、どんな確立した治療法のある病気でも診断ができなかったら治療できないのも事実であると思う。専門医が増えすぎることの弊害として、専門外の病気の誤診による様々な悪循環があるとも感じる。

つまり、分野ではEBM、総合診療・地域医療・家庭医療、ERに興味が強い。


一方、感染症、疫学、診察診断学も強い興味がある。その理由は感染症が医学の基本と考えるからである。ペニシリンに始まった西洋医学、現在原因不明とされる病気の原因が実は免疫−感染症関係であったという話はよく耳にする。最低限の身のある感染症診療はできるようになりたい。また、疫学は予防医学と統計学の重要性、そして自分が自惚れないためも重要と感じているからである。EBMは「医療を学ぶ」ための非常によいツールだと思う。


門診・身体所見・は医者の基本の能力と考える。孟子曰「道は近きにあり、却って之を遠きに求める」の通りだと思う。
CTがいくら読めても、バイタルが判断できなかったら患者は死んでしまうかもしれない。過剰診療が増え、病院経営の悪化、患者関係が悪化するかもしれない。そして、医学がいくら発達しても、その分多くの人が幸せになったかというとそうではない。医学の進歩は病気を増やし、かえって「不安」という病気を人々に振りまいている。心不全のβブロッカー、不整脈に対する抗不整脈など、一昔前のスタンダードがいまや禁忌となっているものも少なくない。医者のできることは「患者の病気への不安」を解決するためには病気をなくすか、不安をなくすかである。

医学がいくら発達しても、目の前の患者にいかに触れるかが本質と考える。よって、EBM、medical interviewへの興味が強い。




*私の哲学史(要約のみ):2007/06/14現在の私の世界像



*「語りえぬもの(G)には沈黙しなければならない(F)。それが世界の限界である。」は(G)=私であり、かつF=Gである。そしてその=は内的ルールで成立する。

*言語=ことばでなく、言語=諸記号(=共通認識のルール)であって、そして文脈も含み、現象や事態をも含みうる。

*独我論=純粋実在論=限界

*「<私>は<人間>であり、つまり<ルールの網の目>である」:自己=社会=他者。そして、この公式が成立するのは、言語で結ばれたN次元の空間でのみ。

*また、こうして「語ってしまうこと」で失うものがある。

例:これは次にも現れる。非言語コミュニケーションを言語化すると失われるものがある。言語を文章化すると失われる何かがある。宗教における経典は苦肉の策なのである。

これまでの人生で私の世界観が大きく変わったのは以下の3段階である。

1.        デカルト「われ思う、ゆえにわれの思いあり」:確かなものへの不確かさから生じた自分の存在の不確かさにまつわる不安⇒自己の承認、自分の世界の限界

2.        ウィトゲンシュタイン「偏独我論⇒独我論⇒純粋独我論への以降」:自己の承認の延長としての社会・他者の承認(私は「社会」にいるという認識):の限界

3.        竹田青嗣(現象学)「<私>は<人間>であり、つまり<ルールの網の目>である」:自己=社会=他者

世界は「私」の意識を超えることはない。しかし「社会」を認識している「私」にとって様々の世界観をもつ「他者」の存在は認めざるを得ない。「私」と表現すること自体が「他者との区別化」なのである。

*人間関係で例えると、「私」は「あなた」にはなれない。相手にはなれないという立場で、自分にできることをする。「私」と「あなた」との共通認識は、そう思い込んでいる「認識」にすぎないことを認識する。


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2007.7月記載