TOP


*病院評価指数の平均在日日数のウソ?〜日米比較〜


以下、
・医学ジャーナリスト協会2月例会講演 「現場から見た医療制度改革」 医療提供体制の議論における重大な誤認
 医療制度研究会・済生会宇都宮病院院長 中澤 堅次 http://www.iryoseido.com/toukou/01_001.html

からの抜粋・編集である。実際のdataを用い、非常に分かりやすく示されている。
dataはココでは省いてある。詳細を確認されたい方は上記URLをどうぞ!

-------------------------------------------------------------------------------------------

1.アメリカのホスピタルと日本の病院は別物

*日本の病床:一般病床と療養病床
 →日本の急性期は一般病院が行っているが、亜急性期の役割も同時に果たし、慢性期は療養型病院に引き継がれる。

*アメリカ:hospitalとnursing home
 →アメリカのhospitalは急性期に特化し日本のICUのようなものだとよくいわれる。
  慢性期はnursing home となるが、同時に亜急性期の役割も果たしている。

⇒日本の療養型病院には医師が配備されていて病院と呼ばれているが、nursing homeには所属の医師はなく、ここでの医療は開業の医師で行われるので病床数にはカウントされていない。


2.日本は長期療養病床までカウントし、米国は急性期病床だけをカウントしている

*日本の病床:人口千人あたり14.3床 〜病院と称されるすべてのベッド数(急性、亜急性、療養、精神を含む)
*アメリカの病床:人口千人あたり3.3床 〜急性期に特化しているhospitalだけの数

注)アメリカでは亜急性期以後をnursing homeが担当。


3.急性期から慢性期までの病床総数に日米格差はない

入院を要する病人の流れは以下の通り。

*日本では一般病床→療養病床になり
*アメリカでは短期入院病床→nursing home

⇒実際病人がたどる経路から考え、急性期と慢性期をあわせた病床数は日本9.8、アメリカ9.9となり格差は存在しない。

・アメリカのnursing home:人工呼吸器をつけた人を収容したり、終末期にも利用されている。
             ちなみにここで死を迎える人は全死亡者の約20%といわれ、日本の療養病床のイメージと重なる。


4.人の死亡場所は日本では病院、アメリカではhospitalとnursing home

人々がどこで死を迎えるかを日米間で比較したものである。日本では81.2%の人が療養型も含めて病院・診療所で死亡しているのに対して、アメリカの医療機関での死亡は56%、医療機関にカウントされないnursing home での死亡は19%である。両者を合計すると75%になり、日本の病院・診療所での死亡とほぼ似通った数字となる。

つまり病床を急性期や慢性期、また終末期に病人が使用するベッド数と考える限り、日本の病床数がアメリカの水準から大きく外れていて極端に多いという結論は誤りであり、医療体制全体としては両者の間には量的な差がないという結論が導き出される。


5.病床の認識が違うから病床あたりの看護師数の日米比較は意味がない

  次に看護体制であるが、上記と同様に、アメリカの病床あたりの看護師数は日本の4倍もいるという不思議な結果になっている。しかし、急性期に特化して数が少ないアメリカの病床数と、急性期だけでなく慢性期も精神病床も含み計算上約4倍になる日本の病床数を同じとみて、分母として使うのであれば、病床あたりの看護師数に4倍の差がでることは当然である。

 この4倍格差は医療の質の差だという意見があるが、現実的にはどうであろうか、日本の一般的な看護師の病床配分は、50床の病棟で約25人、これに格差を当てはめると、日本の4倍の看護師が配置されるアメリカでは、50床の病棟になんと100人の看護師がいることになり、日本のICU10床に25人の看護師が配属されるとすると、アメリカのICUには10床に100人がひしめいていることになる。つまりこの看護師数の差は実際の診療からはかけ離れた数字で、病床数解釈の誤解に基づいていると考えたほうが納得しやすい。実際は、看護師以外に、日本で看護師がするような仕事をできる、サブスタッフの種類も人数も非常に多いのだから、尚更かもしれない。

6.架空の数字で国の病床数を決めることが政策の失敗を招く

  多くの官僚や研究者は、日本は在院日数が長いという。かつて日本は、手術を受けた人は抜糸するまで入院し、ものが食べられるようになってから、また歩けるようになってから家庭に返すというやり方だった。在院日数を少なくするために、抜糸は外来で、食べられなくても在宅で、また痛みがあるうちでも強い痛み止めを飲んでもらって在宅というようにサービスが改善?されつつある。在院日数の短縮は病人の苦痛と、多忙になった医療従事者の汗と努力により着々と進んでいる。臨床現場での在院日数を、誤認がもたらした架空の在院日数と一緒にしないでもらいたいと思う。

 医療法改定で療養病床の廃止が現在進行中だが、ナーシングホームどころか、もっと医療のサポートの低い収容施設の整備もないまま病床削減が行われれば、アメリカの半分とも言われる低い医療費支出の中で、高齢者の行き場所がなくなる悲劇が加速されることが心配である。根拠のないデータの解釈で、政策が決定されることは好ましくない。事実の認識にあたって、行政に作意がなく、謙虚であり、事実に基づいていることが、信頼される国家運営をもたらすからである。もし力及ばずこのまま法案が通ったとしても、この理論の誤りがもたらす結果が明らかになる日まで、事実は検証され続けなければならない。

-----------------------------------------------------------------------------------------------------------

平均在日日数の計算問題は、日本でも計算方法を変えさえすれば、アメリカ並は必死である。さらに、診療義務がなく、無保険者や治療費を払えない患者は病院を追い出されることも日常茶飯事である。そのため、こうできない日本の多くの病院はさらに「平均在日日数」の計算は分が悪くなる。

厚生労働省の見解が、これに反し、日本の効率の悪さを強絨し、さらに平均在日日数での病院評価と補助金制度も思索中というもの。彼らは本意で間違えているのか?いや、彼らは「わざと」見解をずらすことで、「外資産業の稼ぎネタ」としての日本の立場を推し進めようとしているのと思う。

ちなみに「日本の審査機関は承認が遅い」というのも嘘 である。

データは、「データ」というだけで、信用を得やすいような世間がある。科学は正しい、なんでみ白黒分かる!!と。。実際、解釈しだいで、データなどどうにでもなることが殆どなのに。自分の都合のよいデータを拾い、自分らに都合のいいように解釈する。これに反する輩は、その組織が強いほど「メディア」を使った洗脳に走る。「みなさん〜気付かないでね〜私たちの利益がなくなる(儲からなくなる)から!!」

しつこいように繰り返すが、

科学は反証可能なサイエンスである。これが絶対だ!という論調は反証不可能な宗教への道を辿っている。サイエンスは客観的と聞くが、そもそもその客観性は主観から生じたものであって、主観の枠を出ることは決してない。白黒ハッキリつけられないアナログ の世界なのである 。』

しかし、物事は決定する必要が必ず訪れる。その根拠は『理念』 である。今の日本の「理念」では、アメリカの失敗を追従し、外資の植民地と貸すだろうと危惧する。