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*日本はなぜ「負債大国」となったか?〜(3)

*(1)、(2)の理論は財政危機はないとするものだった。その理由として、財政貯蓄>>外資投資、とするところに根拠を持っていた。

3)、(4)の理論は、財政貯蓄<<外資投資の時は、借金は生じる。この外国に大資金が逃げているために国に借金はあるとするものである。

平和時に政府が借金を増やす理由は、富に対する課税を怠ったことに起因する


現在の財政政策の悲劇は、生産的な産業投資よりも、非生産的で寄生的な富の方が簡単に税金逃れができる点にある。過剰の富や、不労所得者の所得へ課税する代わりに、必需品や生産的な直接投資、労働者階級への課税を増加すれば、産業の発展や繁栄は抑制されてしまう。税制の改正は、金融および不動産投資家に、寄生的かつ投機的な収益を求めることを奨励する。この新しい財政哲学は、世界競争に向けた生産性や生産高拡大のための再投資に必要な収益を産業界から奪いかねない

世界競争が始まった現在、裕福層・企業から外資の名の下に、外国に資金が果てしなく流出していく。といのも、日本企業もバブル時代の貿易摩擦から、米国の株式流動性制度のため、1ドル=300円から1ドル=80円という急激な円高により、国内生産物を輸出するよりも、外国で現地の人間を雇い企業を作るほうが理にかなっていた。現在はこれが非常に顕著で、国内の雇用枠が非常に少なくなっている。また、企業優先政策のため労働者が悲劇をうけ、中流が絶滅しかけていることは別でも述べた。

2007.11の消費税の増税による社会保険金の補償も、結果的には企業減税に他ならない。

国民はこの「新しい」税制政策がいかに深刻な影響を与えるか理解するべきである。

以下は、日本はなぜ借金大国になったかと題する マイケル・ハドソン氏の投稿記事を一部引用。非常に鋭い視点で、私は非常に納得した(2007.11現在)



1965年から30年の間に、日本は国家債務ゼロから世界最大の負債国へと転落した。日本の負債が他の国に見られない特性を持つのは、それが必然的なものではなく、純粋に政治的な理由から生まれた点にある。

政府が借金をする伝統的な理由は戦争である。生死を賭けた戦いは、通常の税収入では賄えないため、借金で対処する。220年前、イギリスが米国植民地を相手に戦争をしていた時、アダム・スミスは、戦争のために増税すると有権者が戦争に反対するため、政府は借金を行い国民の負担を軽減したかのように見せかけるが、長期的にはより高くつく、と語っている。

日本の場合、過去半世紀の間、戦争を行っていない。米国の軍事プログラムへの援助以外は、日本の軍事予算はほぼゼロに近かった


I.金融および不動産部門への課税を怠ったことに起因する財政赤字

平和時に政府が借金を増やす理由は、主に国内の政治的失敗、つまり富に対する課税を怠ったことに起因する。すなわち、平和時の国家債務は海外との戦争ではなく、国内の階級闘争の結果、生まれたものである。冷戦が事実上終結した今日、国内に階級闘争が舞い戻ってきたようだ。

階級闘争の本質は経済力を政治権力に転換することである。ほぼ決まって勝者となる富裕階級にとって、階級闘争の目的は自分達の所得や富に対する税金を削減することにある。その結果、税制は富裕者への累進制を弱めるよう改正され、賃金労働者や消費者の税負担が高くなる。日本の場合も、今日の財政赤字と国家債務は、最も裕福な階級に対する課税を怠ったことが原因となっている。

しかし、現在の財政政策の悲劇は、生産的な産業投資よりも、非生産的で寄生的な富の方が簡単に税金逃れができる点にある。不正な富の方が税金を削減しやすいのは、それがより多くの経済価値をもたらすからではなく、ただ単に最も収益性が高く、強い影響力を持つためである。過剰の富や、不労所得者の所得へ課税する代わりに、必需品や生産的な直接投資、労働者階級への課税を増加すれば、産業の発展や繁栄は抑制されてしまう。

税制の改正は、金融および不動産投資家に、寄生的かつ投機的な収益を求めることを奨励する。新しい税制は、製品やサービスの生産を促進するのではなく、負債を増やした銀行や賃貸料を上昇させた投機家たちに資金援助をしているのだ。この新しい財政哲学は、世界競争に向けた生産性や生産高拡大のための再投資に必要な収益を産業界から奪いかねない。

日本の大蔵官僚が新しい税制哲学を異口同音に支持しているという現実は、戦後形成された金融、不動産分野がいかに政治的に攻勢に転じてきたか端的に表している。金融、不動産分野は、米国製の「無価値」経済学を利用して、大々的な広報活動を繰り広げ、金利や賃貸料の上昇で経済のコスト構造を押し上げること以上に生産的な方法は、従来の金儲けの手法(例えば工場の建設)にはないと主張している。

この「無価値」の富は、主にFinance(金融)、Insurance(保険)、Real Estate(不動産)産業とその不労所得者の収入であり、それらの頭文字を取って一般にFIRE分野と呼ばれている。

不労所得者の収入は、貸し手と地主が事前に規定する固定利用料(家賃と利子など)から成る。企業の成功如何で増減する収益とは対照的に、これらの固定料金は、経済の成長や支払い能力とは無関係に、いやおうなしに要求されるものである。ある人の収入が他の人の支出になる「ゼロサム・ゲーム」がそうであるように、不労所得者が要求する料金は、債務者の基本資産を削るところまで利益を食いつぶしてくる。

この結果、貯蓄は直接投資にではなく、融資や不動産投機に回される。こうして、経済の生産的資源は増えずに、金融や不動産投機による不労所得者の収入が増加する。

国民はこの「新しい」税制政策がいかに深刻な影響を与えるか理解していない。事実、バブル以降の日本は、金融および不動産分野で膨張する富に対する課税を躊躇してきた。このことは、日本を含む世界の国々が歴史的に税制の基盤を地租に置いてきたという事実とは極めて対照的である。国王や天皇は、土地の支配権および所有権を官僚に移管した。もともと地主は、宮殿を守ったり、兵力などを含む軍事的ニーズをカバーするために、その土地から生まれる余剰農産物(および作物の用益権や農民の労働力)の大半を国に提供することになっていた。しかし、地主は次第に、そのような土地からの収益を社会のために使用するという義務を果たさなくなった。実際、地主にそのような「自由」を与えたことが、自由企業制や真の私有財産の基盤となったのである。

過去1世紀の間に、課税対象に最も適しているのは「不労増価分」、すなわち、社会の繁栄(あるいは単に通貨インフレ)に起因する土地や資産価値の増加分であるという考えが広まった。例えば、公共の交通機関や道路、電気、その他税金で実施される基盤整備によって、土地の不動産価値は一般に上昇する。税金を使ったおかげで値上がりした分の賃貸料を取り戻すには、通常固定資産税を徴収することによって、その増加分が国民に還元される。

しかし、税金が徴収されなければ、税金を使ったことによって生まれた利益は不労所得投資家の手元に残る。そして不労所得者階級が強力になればなる程、政治家をうまく操って自分達の税金を削減させようとする。その結果、財政赤字と国家債務が増加するのである。

今回日本が他国と異なる点は、バブル経済のさなかに負債が増大した点にある。そしてこのバブルこそ、先例のない程の巨額な不労増価を意味している。

バブル経済の真っただ中に国債残高が増加した原因を見つけるのはそれ程困難ではない。バブル経済は、不動産価格を一般家庭の手の届かないところまで押し上げたのに加え、不動産億万長者を生み出し、不労所得者の地位を不動のものにした。

FIRE
分野の力が強力になると、その分野が1つの階級を形成し、自分達の利益が課税対象とならないようにするために、公共利益に反する活動をする。その一方で自分達の目的を支持させるよう政府の政策に影響を与える。

その結果、不動産分野が従来支払っていた税金は他の分野に振り替えられる。こうなると、借金をしてでもさらに不動産を購入した方が儲かるようになり、不動産分野は借金だらけになっていくのである。そして不動産の所有者はこの借金状態を強調して、金融機関と共に、業界は多額の借金を抱えているので、もっと減税すべきだと主張するのである。さらに、不動産投機家はローンの利子分を課税所得から控除することが認められていたために、このプロセスにはさらに拍車がかかった。


このような厄介な行動形式は、日本に限ったことではない。過去4,000年の文明化の歴史を通じて一貫して描かれてきた変遷の型である。しかし、日本の場合興味深いのは、バブルが繰り返されることがないよう増税を呼びかけるのではなく、逆にバブル崩壊を口実に、不動産や銀行の富に対して減税が叫ばれている点である。

最も裕福な不労所得者層が税金を逃れようとした結果、日本にほぼ慢性的な財政危機が生まれた。さらに、他の諸国の場合と同様に、既存の負債に対する金利も公的債務を増加させている。過去の負債に対する利払いが負担となって、結局毎年、財政赤字を生むことになる。国家が税収入、厳密には不労所得の富に課税をして歳出を賄わない限り、今回の累積債務から逃れることは難しい。

問題は、税金を逃れようとするFIRE分野の既得権益の経済力に対抗するだけの政治権力を結集させる能力が一般国民にない点にある

その結果、政府は借金で金利を賄い、毎年国家債務を増加させていく。つまり、このことは、公債が指数関数的に複利で増加することを意味する。



 ⇒(4)へ続く  


2007.11.6 記載