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*経営〜Introduction:私の基本スタンス


経理>会計>決算書>簿記>仕訳の階層構造のうち、医者の私にとって、組織のリーダーとして必要な情報リテラシーの1つという面が強い。

会計=大局をつかむツール。マーケティングの基本である「世の中のニーズのありか」を教えてくれるツール。
簿記→決算書(BSPL,CF)
を作れる必要はない。
財務諸表を読む=平面像(決算書という写像)をみて立体像(実際の経営活動)をイメージできること。
つまり、決算書から現場の解釈と想像ができて、会計ツールにして経営を討論できればよい。

そしてそれは、コスト、アクセス、医療の質のうち、「コスト」に関して関わってくる。

近年、公的病院等でも補助金の打ち切りが相続き、施設ごとのマネジメントの重要性を感じる。病院が赤字ではなにもできない。自治体病院であれば地域の自治体・市・県からも悪い目でみられるかもしれない。そうなると新しいこともできない。「経営のことを考えながら最高の医療が提供できるわけがない。医者は医者の仕事に徹することができるようになるべきだ」という意見があるが、反対である

確かに過去においては理想であった面もあるのかもしれない

しかし、現在は、提供する医療の質は医療技術の進歩により増加し、技術を支えるための必要な人員数も増加する。また、応じて必要な医療費も増加する(医療費増加の原因)一方で、医療費・診療報酬はは毎年削減され、まともに医療をしていては赤字にしかならない状況に追い込まれている。

この「医者の仕事」を病気の治療と定義している感覚は理念としては、むしろ望ましくない。しかし、現在は病気を治す急性期医療から慢性期医療の時代になり、現実的にこの状態を目指していては医療は成立しなくなってきている。また、患者の QOLや人生意義を考えたNBM narrative based medicineを提供することが医療の目的とすれば、本質?からも合致しない。そして、政治・社会背景を考えれば患者、病院スタッフの職場の金銭的状況(人件費)・薬剤費・外部委託事業(医事業務、清掃業務、警備、機械の保守点検など)は切実であり、それを無視してよい医療を提供できないだろう。
病院は医者だけで成り立っているわけではない。一方、病院の稼ぎ頭は当然医者である。医者の給料が高いから病院がつぶれるのではない。医者がいなくて収入がなくなるからつぶれるのである。

医療の目的を考えれば、これからの医者は前日的には経済・会計のことも知る必要がある。

そして今日では、

よい医療を患者に提供するには病院職員が協力し合い、経営もよい状態にないとできない

と私は確信している。そのためには、
MBAなどの医療経営コンサルトへの相談や最近なにかと話題の「地方公営企業法の全部適応(いわゆる全適)」による病院事業管理者(CEO制度)の設置などを考慮する必要もある。特に公立病院では院長や病院管理者のやる気と手腕による影響が多大であると最近感じる。一方、このCEO制度自体は、企業管理を目指す、企業優位・従業員劣位の形勢をより進め、格差を一層増す可能性もある。要するに、どんな管理者が管理するかに相当の部分依存する形をとっており、成功といわれている自治体病院系はそのカリスマによってなされた病院がほとんどである。一方、高知医療センターのオリックスPFIによる崩壊を例に見れば明らかだが、日本の医療は「金儲けには割に合わない」仕組みになっているのである。
その意味で、日本全体の底上げのための「一般化」にはまだほど遠いが、地域でモデルを作るために第一歩としてはよい傾向だろう。

ただ、NPO形式(病院はそもそも非営利団体という定義)でなく株式病院となってしまったら、元もこもない。それこそ、アメリカのような「命も金次第」になるだろう。

今日、経営改善の手法として「(特に労働組合がない医者)人件費の削減」を主戦法にしている病院が多い。年をとり十分に働けない、またはまさに専門家で非専門領域の能力が乏しく、その割に賃金が高い人々を解雇し、若いよく働けるgeneralistを送り込むことで黒字にするといった類である。これ「だけ」では頂けない。

自己病院とよく似た病院、経営のよい病院をベンチマーキングすることが第一歩と思う。

また、特に公的施設であれば、

・民間会社から金銭面で吹っ掛けられている購入品を他の相場ぐらいの値段で購入する。レンタルを使う。
・レセプトや検食など点数が取れるところはキッチリと採る。
・自己病院とよく似た病院、経営のよい病院をベンチマーキングする。
・組織としての機能分担の再確認(厳格な処務規定・処務催促よりも互いの範囲が多少オーバーラップしているほうがよいと思う)。
・看護師の副院長制度導入による機能効率の上昇。(異論も多いが・・・職場環境に合わせて検討価値あり)

など詰められる部分は数多くある。ただ、これらのことは結果が出るのに時間がかかる。特に、急速に赤字を立て直したいとき、民間団体で利益優先が強い時などではまず人件費に手が伸びてしまっているのではないだろうか。

反対に以下をやれば、アル意味すごいことになる。

1.吹き抜けのある病院を新築する。(冷暖房効率最悪→光熱費UP)
2.医療現場の経験のないジャーナリストを、トップに据える。
3.時間外手当は来年まで待ってくれといいつつ、踏み倒そうとする。(労働者の疲弊)
4.9億円かけて、入居者の見込みのないうちから、医師宿舎を建てる。(その分現勤務者の待遇よくすればよいのに)
5.立地場所は、辺鄙なところや、民度の低いエリアを選ぶ。
6.医師の仕事は、医師がやる。コメディカル・事務の仕事も医師がやる。
7.産科の飛び込み出産は断らない。(リスク管理)
8.ついでに、救急の要請も絶対断らない。(リスク管理)
9.患者様中心の病院にする。(勤務者の疲弊)
10.経営は、PFIに委託する。(例:K医療センターとオリックス宮台)

7.8.9はそこの住民モラルと病院勤務者の理念によるが・・・。
10.こんなことをしてしまい、契約をしてしまう事務と医者の世間知らずさ?

一方、病院改革が困難なのは、国関係の病院では頭が固いというか、心が本庁にしか向いていない役人が経営のトップにいてもなにも改革をしようとしない多くの現状がある(一部地方志向の役人もまれにいるが)ことは大きい。本庁にしか目が向かない事務員、医局や自分の技術にしか目が向かない医者も同例である。2.医療現場の経験のないジャーナリストを、トップに据えるのはもってのほかだろう。

その場所・組織・団体に属したならば、「それ」が利益になる行動がまず必要となる。県の病院ならば、県住民の税金で成立しているのだから、その税金をいかに効率よく使い、よい医療を提供できるかが基本である。しかし、いつ地雷を踏み戦死するかもしれない戦場では理念は机上の空論になる。

「組織は人である」

という言葉が本質で、「人間教育」がいかに重要かを上に立つ人間も理解すべきと思う。

民間ならその会社の利益である。民間というと自己利益追従の極致と捉えられてしまっている社会風潮があるが、そうではない。そういう人たちがメディアの餌になっているだけである(ニュースになるのはその社会にとっての稀有なことというバイアス・政治利用など)。社会のニーズに応えるという役目を果たしたことに対する利益として成立している会社も多くある。逆に、このニーズに応えるといういわゆる「仕事」をクリエイティブにやり続けられる会社が今日の社会では生き残るべきである。が、実際は「悪人は天下渡る」となっている(ある企業家(Hエモン)の場合は社会風潮を先取りしすぎたために政治に利用され切り捨てられた印象が強いが)。


2007.11.12 記載
2009.3.20 一部加筆訂正