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*家庭医と専門医

どっちがえらいんだ!という議論ははなはだ見当違であり、一般医と専門医という名称と機能分けの目的はなんだろうか?それを常に意識しないと、どんなに議論しても時間と金と人の無駄だと思う。

最近、2年ぶりに家庭医を目指す学生・研修医・の集まりに参加してみた。そこで感じた空気は相変わらずだった。
人生で運決まる要素があまりにも強いのにそこを見ない(ようにしているのか、気づかないのか)!「努力すれば誰でもできます」のようなうそっぽい言葉の嵐。夢、希望で一面のバラ色世界…。

私も聞かれました「なんで総合医になりたいの?」と。

何もしたくないから。家庭医という手段で面白そうなことができそうだから、興味『は』あります。が、家庭医はリスクも大きい。」

とはとてもいえる雰囲気ではありませんでした。私が総合医に興味があるのは「なんでもやりたいからではんく、何もしたくないから」なのです

ある人は、「患者さんをたらい回しさせないためにも、なんでも出来るようになりたい」と悠々と述べ…。
危険!と私は思います。初期臨床研修必須化で「基本はなんでもできるようになった」という判を押され、弁護士大量発生+司法過剰権力⇒「後出しじゃんけん」による「悲惨な」訴訟の嵐の中、それがどれだけ恐ろしいことか…。しかも、未だに「たらい回し」など医療関係者が使うなど…失礼極まりないと…思います。こういう人は夢にあふれ、自分の勉強のために寝る間も惜しんで働いて、「過労死」リスクUP・「自分が医療崩壊を救う」とばかりの頑張り…その頑張りがむしろ「医療崩壊」を進めているかも?という疑念も持たず、邁進していくのでしょう。

そして、現実とのギャップに気付きいた時、「うつ」、「過労死」になっている。なんでだ!こんなはずじゃなかった!と…なんど聞いたことか。罹患率は普通の医者より高く、一旦罹患したら重症そうな気がしています。もとの志が高いゆえに。真面目さは必ずしも善ではない。


現在の「家庭医療!」と声高に叫んでいる人を見ると、

・「なんでもできるようになりたい!自分の潜在能力ならできる!」という欺瞞?
・「マイノリティーであることを自覚をしてないマジョリティーの如く振舞っている祭り(身内の宴会)」
・「人の役に立ちたいという自分の満足を認識していない偽善の心への陶酔。
 (ボランティアをしている自分が好き、または、自分の欲求を我慢して患者の要求を聞いてあげているという自分の満足を意識できていない)」


などを強く感じる。そして、「専門医じゃなくて、家庭医だよ〜!」などと、他を排除する動きが強い。総合医と専門医は相補的な関係であると いう基本を見失いがちである。このスタンスのために、専門医集団から逆に排他的にされている総合医集団をよく見かける。総合医を目指す人は、総合医の社会的な「意味」をもう一度考えて欲しい。

それは、はたして「なんでもできるスーパーマン」でしょうか!?みんながスーパーマンを振舞って、一般人に「医者はそういうもの」などと植えつけられたら、ますます医療への過度の期待を増徴し、訴訟増加、医療不信は強くなると危惧しています。

また、『「医師不足時代」に対応し、少数でも幅広い分野をカバーできる医師づくりを目指す。』という提言にしても、

⇒『我が軍の劣勢を覆すべく、マッチ箱一つの大きさで都市を吹き飛ばせる秘密兵器を開発中であります』という感じの演説と同じ精神構造を感じます。

 医療制度が崩壊し、日本が瓦解していく中で、自身の生存の為には自身がよって立つダケのオリジナリティが必要と考えています。現行の流れの中の『(行政言う所の)総合医』のあり方に、疑問を感じています。

安く使われ(幅広い働きを期待されても、2.3倍の給料がもらえるとは思えない)、様々な分野にわたる訴訟のリスクを負わされる『総合医』が、果たして医師本人のリスクマネジメントに繋がるか?

医療費抑制、医師過剰・偏在を主張し続ける「マスコミ・行政」にとっては「専門医から家庭医」のシフトの意味は、

専門医とは”別な医師”を作り、最終的には大多数の診療は何でも屋の家庭医で安く押さえ、本当に必要な場合だけ専門医に回す、医師をさらに二分して価格を安くしろ、という厚労省の意図が見え隠れしています。だからこそ、「家庭医」という単語に厚労省は固執しているのでしょう。

家庭医・総合医の発展は私も同意する。しかし、医療費総額の増加は別問題。volumeの問題をshiftの問題では解決できない。輸液だって同じこと。医療費増加、医療と司法、過労死問題。これらすべてを抱え込み、責任転嫁させられる家庭医『制度』には大反対です。

家庭医の社会的役割と医療経済の視点は、上記の問題の解決の延長線上にあります。うまく行政に利用され、スケープゴーストにされないリスクマネジメントを家庭医を目指している方々には一考してほしい。

「なんでもできる!」を宣伝文句としている「家庭医」、「なにもしない」じゃ宣伝にならないでしょうしね…。でもこのうたい文句は「危険」だと思います。


2007.12.28 記載