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*教育=洗脳? マインドコントロールを受ける雛 

義務教育も、親による子どもの教育、会社での新人教育・・・いづれも一種の「洗脳」だと思う。そして、医師養成所(臨床研修)は多くの場合、マインドコントロールだと思う。

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 マインドコントロールとは、信者の個性を奪い、カルトの目的にそった集団行動を強制する技術です。しかし、"教育"と称するものも、社会という得体の知れないものに適応し、貢献させるためのマインドコントロールに他なりません。

程度の差こそあれ、"教育"とマインドコントロールとは同じ延長線上にあります。違うのは、マインドコントロールのほうが方法論が確立されており、"有効である"という点だけです。

ただ、われわれが、もうOS(windows、Macなど)無しのパソコンは使えない。Windowsが裏でどんな仕組みで動いているのか、理解している人はほとんどいませんが、誰でもWordやExelを使うことは出来ます。マインドコントロール的な手法を用いた臨床研修は、ちょうど基本ソフトのインストール作業のようなものです。
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臨床研修とカルトの手法は似ている。いい意味でのマインドコントロール!?(外部リンクです)是非一読を!!!

の記事は別でも紹介したが、大変素晴らしいと思う。そして、この洗脳から抜け出す一考としては

@名郷直樹の研修センター長日記。以下抜粋
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怠けない時間を作らせないのを洗脳というのだ。暇な研修が苦痛なのは,何かに洗脳されているのだ。もちろん洗脳されたほうがいいのかもしれないが。そもそも医学を学ぶとは西洋医学によって洗脳されることなんだから。でも修は洗脳ではない
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Aやり過ごしの効能。中腰に耐える (自リンク)。
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 「やり過ごし」、「尻拭い」、逃げる、誤魔化すなど、世間で邪険とされているこれらの行動。これらには有用性があった。いや、むしろすばらしい制度というべきものかもしれないと思う。
「やり過ごす」とは、有時間スケールで優先順位を付けて行動できる能力。つまり、time managementのことだ
時間がたつと、物事の選択枝はたいていどんどん狭くなっていく。時間が解決してくれること、待っていれば「少ない労力」で解決できること、たくさんある

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「洗脳」もそうだが、「自分の自然に湧き上がってくる感情は悪だ!」とでもいうような「医者として、清く、正しく、貧しく、救世主願望で」のマジョリティー願望で押し付けられる。私の世界観は「各自が自分の好きなことをしたい、しかし、それでは社会生活が機能しないから社会のルールを作り適応させていく」である。これをうまく「折り合いをつける、人生を半分降りる」などアナログで考える。前者は、小学生の「しつけ」の意、後者は調子よく言えば「大人?」への対応とも言えるかもしれない。

「弱音を吐いてはいけない」、「必要以上の周囲への同調性の圧力」に従わないと世間からは弾き飛ばされる。だからアナログスケールの考え方が必要。デジタルでは苦しいだけ。

そして、その同調圧力でよく使われる「〜べき」について思うこと

「べき」に関しては・・・

・「ある社会で望ましいとされる

・「自分にとっての必要性」

と、どの範囲の社会や団体、個人のレベルでの話かをまず考える。

世間一般で述べられるたいていの「べき」は「私」にとってではなく、マジョリティー(
eg:見栄、出世が第一の発言力のある医師ら、マスコミ)にとっての「期待像」

で、決してマイノリティーの感性、感受性を排除・抑圧したい方向を望む圧力であることが多い。自分が「感じている」ことを誤魔化すことは楽かもしれないが、満足は低い。



2008.7.22記述