睡眠不足が招く神経変性 —ナルコレプシー発症機序解明の手掛かり—

Journal of Neuroscience 2013731日号掲載

 

・ナルコレプシーなどの神経疾患患者では脳内のオレキシンが減少している。

・本研究は、オレキシンニューロンが他の視床下部ニューロンと比べて一酸化窒素(NO)の細胞毒性に対して脆弱であることを見出した。

・睡眠不足が引き金となって脳内で産生されたNOが、オレキシンの折りたたみ不全を亢進し、オレキシンニューロンの選択的変性を招くことが明らかとなった。

 

 

【背景と目的】オレキシン(2種のアイソフォームABが存在する)は、視床下部の少数の神経細胞(ニューロン)により産生される神経ペプチドであり、睡眠・覚醒の調節、摂食行動や自律神経機能の制御など、さまざまな生理機能を担っている。オレキシンの減少は、睡眠障害疾患であるナルコレプシーの主原因として知られる他、うつ病や拒食症等の患者においても認められる。しかし、これらの疾患において脳内オレキシンがどのような機序で減少するのかについては不明であった。

 一酸化窒素(NO)は、種々の疾患において神経変性の誘導に関与することが知られている。また、オレキシン-Aは分子内の近接する部位に2つのS-S結合を有する特異な神経ペプチドであり、S-S結合の形成エラーによって折りたたみ不全を起こし易いことが推定された。そこで本研究では、これらの点に注目してオレキシンニューロンの選択的変性に関わる機序を調べた。

 

【成果の概要】マウスを用い、視床下部に隣接する位置にある第三脳室にNO供与体(NOを放出する薬物)を投与すると、オレキシンニューロンが著明に減少した。この時、オレキシンニューロンと類似の分布を示すMCHニューロンの減少は軽度であった。また、ニューロンの減少に先行して、オレキシンニューロンの細胞内に異常な凝集物が形成された。凝集物を含有するオレキシンニューロンではカスパーゼ-3が活性化しており、細胞死が誘導されていることが示唆された。

 加えて、NO供与体を投与したマウスの視床下部では、プロテインジスルフィドイソメラーゼ(PDI; S-S結合のエラーを修復する酵素)のS-ニトロソ化修飾が亢進し、PDIの酵素活性が低下していた。NO供与体の代わりに、PDIを阻害する薬物を第三脳室に投与した場合にも、オレキシンニューロン選択的に異常凝集物の形成と細胞数の減少が誘導された。

 

 

 さらに、マウスに断眠負荷(マウスが通常眠る明期にハンドリングを断続的に行う)を7日間与えると、やはりオレキシンニューロン選択的に異常凝集物の形成と細胞数の減少が誘導された。このような病理変化は、神経型NO合成酵素(nNOS)を欠損したマウスでは誘導されなかった。

 

これらの結果から、以下のようなオレキシンニューロンの変性誘導機序の存在が明らかとなった。

 

睡眠不足状態に陥ると、オレキシンニューロンの近傍でNOが過剰に産生される。

NOは、オレキシンニューロンの持つPDIS-ニトロソ化して不活性化する。

その結果、折りたたみ不全を起こしたオレキシンが、異常凝集物として蓄積する。

異常凝集物の蓄積に伴ってオレキシンニューロン選択的に細胞死が誘導される。

 

 

 

本研究成果は、オレキシンニューロンの変性を伴うナルコレプシーをはじめとする諸種疾患の発症機序解明や予防・治療戦略開拓の手掛かりとなることが期待される。