検査依頼と観察ポイント
心臓血管研究所生理機能検査部 柴田 佳子技師
☆はじめに
循環器疾患において、理学所見、心電図、胸部X線写真から確実に診断・評価できる病変は極めて少ない。心エコ−図検査に携わる人間は、検査結果が、この検査が患者の生命を左右する可能性もあるということを認識し、検査結果に対して責任を持たなければならない。
検査担当者に求められる能力は正常と異常を見分ける能力である。これは最も重要であり、最もマスタ−し難い能力である。明らかな病変は心電図、胸部X線写真、医師による診察により検出される可能性が高い。しかし、これらの結果で心血管疾患の全てを検出することは出来ない。これらの所見がすべて正常であっても、“正常である”と思いこんで検査をすすめれば、重要な所見を見逃す危険性がある。被検者はあくまでも“異常を持っている可能性がある患者”である。心電図や聴診における異常所見があった場合には、その原因を探すのはもちろんだが、検査をすすめるにあたってはその所見に関連する異常だけを追うだけではなく、全体を診るべきである。また、一つの異常が見付かったからといってその他に異常がないとは言えない。特に先天性心疾患においては、複数の異常が存在している可能性を念頭におくべきである。
心エコ−図検査においては、正常と異常を見分ける目を持つことが必要である。正常を知ることは個々の異常を知るよりも困難であることを理解しなければならない。この点を理解していなければ、“ただエコ−をとっただけ”で終わってしまう。漏れのない検査を行うためには、チェックリストを作り、それに従い検査をすすめることが最も無難である。検査伝票には、本来、確定診断名あるいは身体所見から予測される疾患名が書いてあり、コメントとして特に気をつけて検査して欲しいことが書いてあるはずである。しかし、これらは医師が気付いたことだけであり、依頼された箇所のみを検査するのでは、重要な所見を見落とす危険性が高い。さらに、心エコ−図検査の結果を見て診断を付ける医師も少なくないため、心エコ−図検査の責任は益々大きくなっている。
☆心機能の評価
1.左室収縮能の評価
左室拡張終期径、収縮終期径
断層法による左室壁運動の評価(局所および全体)
左室流出路径とTVIによる一回拍出量の評価
2.左室拡張能の評価
ドプラ法による E/A、M-mode法による評価(現在はあまり用いられていない)、左房径
3.右心機能の評価
右室拡張の有無
右房径、三尖弁逆流による右室圧の評価
4.両心室における駆出量推定による短絡血流の推定
☆各項目に異常があった場合さらになにを調べるか?
検査を始めるにあたって知っておかなくてはならないのが、循環器疾患の各論である。その疾患がどのような原因でおこりどのような経過を経てどのような状態になっていくのかを考えながら検査をすすめていかなければまたしても所見の見逃しにつながる。例として弁膜疾患,虚血性心疾患におけるチェック項目をあげてみよう。
☆大動脈弁逆流を認めた時
1.原因の確認
弁の形態 二尖、三尖、(一尖、四尖もある)
人工弁
リウマチ性、老人性、弁穿孔、感染性心内膜炎
逆流の位置と弁尖の関係
弁尖の接合状態、弁尖の逸脱状態
大動脈の状態 弁輪の拡張、大動脈の拡張や解離
心室中隔欠損(沍^)の有無
2.重症度の評価
逆流の幅、広がり、逆流量
左室径、壁運動
大動脈における逆流信号
他の弁の状態
☆大動脈弁狭窄を認めた時
1.原因の確認
弁の形態 二尖、三尖、人工弁
リウマチ性、老人性、二尖弁石灰化
弁輪径
2.重症度の評価
圧較差(最大、平均)
連続の式による弁口面積
弁抵抗
どの弁の可動性が落ちているか
肥厚および石灰化、弁の癒着の様子
圧負荷による左室壁厚、左室径の変化、壁運動
☆僧帽弁逆流を認めた時
1.原因の確認
弁の形態 リウマチ性、prolapse、腱索断裂、先天性、感染性心内膜炎
弁輪拡張の有無
左室拡張や乳頭筋不全(断裂)の有無
2.逆流部位の確認
僧帽弁逸脱や腱索断裂の場合、どの部位から逆流が生じているかをみる。特に後尖は3枚あるので短軸で弁の動きと逆流の方向を確認する。逆流の責任病変を明らかにすることは、術式(弁置換か弁形成か)の決定に大きく関与するので弁の観察には十分注意する。乳頭筋断裂にともなう急性MRは特に危険なので注意する。
☆僧帽弁狭窄を認めた時
1.原因の確認
後天性では通常リウマチ性である。
乳頭筋がないア−ケイド型や乳頭筋が片方しかないパラシュ−ト型の先天性疾患もある。
2.重症度の評価
弁の可動性、弁下組織の変化、弁の肥厚、石灰化に偏りはないか →経皮的経静脈的交連裂開術(PTMC)の適応かどうか。
簡易ベルヌ−イの式による左房−左室圧較差(最大、平均)の推定
断層法および圧半減時間による弁口面積の計測
☆三尖弁逆流を認めた時
1.原因の確認
A)弁尖の器質的変化
先天性、(Ebstein奇形、心内膜床欠損)
リウマチ性、外傷性、感染性心内膜炎
B)弁輪の拡張
僧帽弁疾患、先天性心疾患に伴う肺動脈圧の上昇、右室拡張による接合不全
2.重症度評価
右房拡張
下大静脈の拡張と下大静脈径の呼吸性変動
下大静脈、肝静脈における収縮期逆流の程度
器質的逆流は臨床的に有意であれば弁置換などの手術が必要になるが、弁輪拡張による逆流は心不全の改善などにより軽減することがあるので、被検者の心機能や治療状況とそれによる逆流の程度を把握しておく。
肺高血圧の評価のため、TRの流速を計測し簡易ベルヌ−イの式より求められる右室圧(肺動脈弁狭窄などがなければ肺動脈圧に等しい)の推定を行う。
☆三尖弁狭窄を認めた時
極めて希でほとんどがリウマチ性。リウマチ性MSに合併する。
弁の可動性、圧較差をみる。断層法のみでは見落とす危険性が高い。
☆虚血性心疾患
1.壁運動の評価
どの場所に壁運動の低下があるか。
壁厚は保たれているか。
壁厚が収縮期に増大するか。
壁運動低下部位以外の壁運動が亢進しているか。
右室の壁運動は。右室が拡大している場合、右室圧は。
2.拡張機能の評価
虚血に際し、拡張機能の低下は、収縮機能の低下より早期に出現し後まで残る場合が多い。
3.合併症の評価
心室瘤 瘤の大きさ、瘢痕化の有無
血栓 壁運動消失部位以外に生じる可能性は低い
心筋断裂(乳頭筋断裂、心室中隔穿孔、心破裂、仮性心室瘤)
心膜液貯留 心破裂との鑑別
心エコ−図所見が冠動脈支配で説明できない場合には、心筋炎や心筋症の可能性も考える。
壁運動異常は心筋逸脱酵素の上昇よりも早期におこるので、症状や心電図変化から虚血が疑われる場合には、血液検査デ−タに異常がなくても、虚血を疑いながら検査を行うことが大切である。初めにも述べたように、心エコ−図検査に際しては、常に“全体の心機能の評価”を行うべきである。目的としていた情報以外の情報が診断の手掛かりとなることもある。
☆まとめ
健康診断などで短時間に検査する場合は、特に慎重になるべきである。そこで見逃しがあれば、その時点で、見逃された疾患が放置される可能性はかなり高くなる。発見の遅れによる、治療の遅れが被検者にとっていかに大きな問題かを考えてほしい。
専門病院で精査を行う場合はある程度診断がついた状態で検査を始めることが多いが、その時点でまだ発見されていない疾患がある可能性も考えて検査をすすめるべきである。また、先入観に基づく偏った検査に陥らないことが必要である。心エコ−に携わる検査技師は医師と同様に、日頃から患者の命を預かるくらいのつもりでいてほしいと思う。
上記は1998年1月10日都臨技主催心臓超音波検査研修会の資料として作成したものです。
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