病気の解説と治療法の紹介

頸椎後縦靱帯骨化症

頸椎後縦靱帯骨化症とは

ヒトの神経には、脳からの命令を手足に伝える役目を担っている運動神経と、手足や体の各部からの知覚情報(熱い・痛いなどの感覚)を脳に伝える知覚神経があります。これらの神経は人体の中心部では背骨の中の空間(脊柱管とよばれます)に保護されるような形で存在しています(図1)。この部分の神経は脊髄と名付けられています。頸部の脊髄からは手や肩に向かう神経が枝分かれしており、神経根と呼ばれています。各神経根は比較的狭い骨の間隙(椎間孔と呼ばれます)を通って手や肩に向かっています。
頸椎の解剖
(図1)頸椎の解剖

頸部のところで脊髄を中に納めている骨は頸椎と呼ばれます。頸椎は全部で7つあり、上から順に第一頸椎、第二頸椎と名付けられます。これらの7つの骨は幾つかの靱帯組織により連結されています。これらの靱帯のなかで、脊髄の腹側にあって頸椎を縦につないでいるものが後縦靱帯と呼ばれる靱帯です(図2)。
頚椎の解剖(横断面)
(図2)頚椎の解剖(横断面)

後縦靱帯骨化症とはこの靱帯が通常の何倍もの厚さになり、なおかつ骨の様に硬くなり(靱帯の骨化)、徐々に脊髄を圧迫してくる病気です(図3)。この病気は欧米人に比較して明らかに私たち日本人では高頻度に発生することが知られていますが、残念ながらなぜこの様な靱帯の骨化が生じてくるのかに関しては原因は分かっていません。軽症の方や、全く無症状で偶然発見される方も多いものですが、ある程度症状が進行する場合には現段階では手術治療が必要となります。
後縦靱帯骨化のシェーマ
(図3)後縦靱帯骨化のシェーマ

症状

一側の上肢の特定の部分に「しびれ」や鈍痛が出現します。また時には、両手の「しびれ」がみられたり、両手を使った細かい動作(箸を使う動作・ボタンをかける動作・ぺージをめくる動作など:いわゆる巧緻運動)が徐々に出来にくくなったり、両足が足先から段々と「しびれ」てきたり、歩行がなんとなく不自由になるなどの症状が出現します。時には、道で転倒するなどの比較的軽い外傷にもかかわらず、外傷後に急激に四肢麻痺などの極めて重い症状が出現することもあります。
検査法
検査法としては、X線撮影・脊髄造影・CTscan・MRIなどが行われます。
経過
この病気の進み方は患者さんにより様々です。軽い「しびれ」や鈍痛で長年経過する方もおられる一方で、数ヶ月から数年の経過で手足の動作がかなりの程度傷害される場合もあります。症状が出現してこの病気が確認された場合には十分な経過観察が必要です。
治療法

先に述べましたように、この病気は経過が様々なものであること、病気の進行が正確には予測できないことから、まずは慎重な経過観察を行いながら、手術以外のいわゆる保存的療法と呼ばれる治療法を行うことを原則とします。たまたま発見された場合には、特に治療はせずに経過を定期的に観察することとなります。

保存的療法としては、頸椎牽引療法・頸部カラー固定・頸部のマッサージなどの理学的療法があります。ただしこれらの療法により時には症状が悪化することもあり得ますので、十分な観察のもとに行う必要があります。頸椎カラーは有用なこともありますが、この装具を長期間使用していると頸部の筋肉が萎縮してしまい、かえって長期にわたる頸部痛が残ることもありますので、漫然とした使用は避けるべきです。痛みの程度が強い場合には、筋弛緩剤や消炎鎮痛剤などが用いられます。しびれや巧緻運動障害が主な症状の場合には、ビタミンB剤が用いられます。
手術療法

先に述べたような保存的療法を行っても症状が進行し、日常生活に不便を覚える程度となってきた場合には手術的療法が必要となります。手術法としては、頸部の前から行う方法(頸椎前方到達法)と頸部の後ろから行う方法(頸椎後方到達法)があります。頸椎後縦靱帯骨化症に対して、前方から手術するのか、後方から手術するのかの判断は、骨化病変の広がり、患者さんの年齢などを参考にして決定します。時には、前方・後方の手術を合わせて行うこともあります。

頸椎前方到達法
この手術は全身麻酔下に行います。手術は仰臥位(仰向けの姿勢)で行います。頸部の右側に皮膚切開を行い、気管と食道を左側へ引き寄せながら頸椎の前面に到達し、頸椎の一部を削りながら脊髄の方へと進み、脊髄を圧迫している骨化病巣を削除摘出します(図4)。  これらの手術操作は手術用顕微鏡下に慎重に行われます。脊髄に対する圧迫が完全に除去できたことを確認後、右のこし骨から骨を採取し頸椎部分に移植します。頸部には創部ドレナージと呼ばれる細い排液用の管を留置して手術を終えます。すなわち今回の手術では右の頸部と右の腰の2箇所に手術創が出来ることとなります。骨化病変の程度・大きさにより手術時間は異なりますが、通常は4-6時間程度の手術となります。
手術法のシェーマ
(図4)手術法のシェーマ
頸椎後方到達法
この手術は全身麻酔下に腹臥位(うつ伏せの姿勢)で行います。頭の後ろから首の付け根まで皮膚切開を行い、頸椎の両側に付着している筋肉をいったん左右に剥離します。次に手術用顕微鏡下に第3頸椎から第6頸椎までの骨に2本の溝を縦に作成し、正中部分で頸椎を縦割します。4つの頸椎を左右にひろげ、この間にセラミックで出来た人工骨をはさみ固定します(図5)。この術式が頸部脊柱管拡大術と呼ばれるものです。
頸部後縦靱帯骨化症では脊髄は前側から圧迫されるために、この術式では圧迫因子そのものを除去することは出来ませんが、脊髄の入っている空間(これが脊柱管と呼ばれる部分です)を拡大することにより、脊髄への圧迫を軽くすることを目的としています。
セラミックで出来た人工骨と本来の頸椎の間には時間とともに新しい骨が形成され、強固な固定が得られます。筋肉を出来るだけもとの形に戻し、排液管を留置して閉創します。通常は3時間程度の手術時間を要する手術です。
手術法のシェーマ
(図5)手術法のシェーマ
手術の目的
今回予定している手術には大きく二つの目的があります。第一の目的は、現在の症状の進行をくい止めることです。手術用顕微鏡下に慎重な手術操作を行えば、この目的はほぼ達成することが可能です。第二の目的は、今あなたが困っておられる症状を少しでも軽くすることです。この目的が第一の目的よりも重要なことですが、残念ながらこの「症状の軽快」という目的がどの程度達成出来るのか否かにつきましては、術前には正確には予測できません。症状の改善の程度は様々なものとなります。
手術後および退院後の経過
頸椎前方到達法
手術後は原則として、頸椎カラーを装着して術翌日に起床します。数日は右の腰の採骨部分に痛みがありますので、歩行器を用いた歩行となります。通常では術後7日目に抜糸し、術後10-14日目に退院となります。術前からかなりの歩行障害などが見られる場合には、術後のリハビリテーションが数週間から数ヶ月必要となります。頸椎カラーは術後3週間使用します。退院後は2-3週間に1度来院して頂き、神経症状の診察と頸椎X線撮影による頸椎のチェックを行います。術後の通院はおおよそ3ヶ月程度必要となります。仕事や学業への復帰は術前の症状にもよりますが、通常は術後1-2ヶ月が一応の目安です。

頸椎後方到達法
手術後は原則として、頸椎カラーを装着して術翌日に起床します。数日は頸部の痛みがありますので、歩行器を用いた歩行となります。通常では術後7日目に抜糸し、術後10-14日目に退院となります。術前からかなりの歩行障害などが見られる場合には、術後のリハビリテーションが数週間から数ヶ月必要となります。頸椎カラーは術後3週間使用します。退院後は2-3週間に1度来院して頂き、神経症状の診察と頸椎X線撮影による頸椎のチェックを行います。術後の通院はおおよそ3ヶ月程度必要となります。仕事や学業への復帰は術前の症状にもよりますが、通常は術後1-2ヶ月が一応の目安です。
手術の安全性・合併症について
頸椎前方到達法
今回の手術は、脊髄に対する圧迫を取り除き、頚椎を固定することが目的です。先ほど述べましたように、手術の大部分は手術用顕微鏡を用い、明るい術野のもとに、神経や血管などの色々なものを大きく拡大しつつ慎重に行いますので、手術用顕微鏡を使用しない場合と比べて安全なものとはなっていますが、それでも以下に述べるような合併症があり得ます。
  • 食道・頸動脈の損傷
  • 硬膜(頸椎の中で脊髄を包んでいる袋状の組織)の損傷、及びこの硬膜の中に含まれている脳脊髄液が創部から体外へ漏れること。及びこれに引き続き生じる髄膜炎
  • 頸椎を削除する際に使用する高速回転のドリルによる脊髄・神経の損傷(損傷の程度により四肢麻痺、上肢麻痺などが生じる)
  • 骨化病巣を摘出する際の脊髄・神経根損傷
  • 術後の血腫形成による脊髄圧迫(四肢麻痺の危険性)
  • 移植骨の脱落・骨折など
  • 創部感染
  • 採骨部の痛みやしびれの持続
  • 上肢の挙上障害
  • その他のまれな合併症として深部静脈血栓症。肺炎などの感染症など

頸椎後方到達法
今回の手術は、脊髄の入っている空間をひろげることにより脊髄に対する圧迫を取り除くことが目的となります。先ほど述べましたように、手術の大部分は手術用顕微鏡を用い、明るい術野のもとに、神経や血管などの色々なものを大きく拡大しつつ慎重に行いますので、手術用顕微鏡を使用しない場合と比べて安全なものとはなっていますが、それでも以下に述べるような合併症があり得ます。
  • 硬膜(頸椎の中で脊髄を包んでいる袋状の組織)の損傷、及びこの硬膜の中に含まれている脳脊髄液が創部から体外へ漏れること。及びこれに引き続き生じる髄膜炎)
  • 頸椎を削除する際に使用する高速回転のドリルによる脊髄・神経の損傷(損傷の程度により四肢麻痺、上肢麻痺などが生じる)
  • 術後の血腫形成による脊髄圧迫(四肢麻痺の危険性)
  • 創部感染
  • 頸部の頑固な疼痛
  • 上肢の挙上障害
  • その他のまれな合併症として深部静脈血栓症。肺炎などの感染症など
手術を行わなかった場合の予測について
先に記載しました様にこの病気の進み方は様々で、手術を行わない場合の正確な予測は出来ません。軽い症状で長年経過することもあり得ますが、一方では経過中に神経症状が進行している場合には、それ以降も悪化することが多いと考えられています。また、ある程度神経症状が出現している場合には、あまりこの状態を放置しておくと、脊髄自体にもとに戻らない変化(いわゆる不可逆性変化)が生じてしまい、たとえ手術を受けても術後の神経症状の回復程度が不十分になると考えられています。