人工弁の種類
慶應義塾大学医学部外科学(心臓血管外科)
教授 四津良平
   心臓弁膜症の治療に人工弁置換手術があります。患者さんの“病んだ自分の弁を切除して新しい人工弁に取り替える”という手術が弁置換術です。この人工弁には大きく分けて2種類あります。「機械弁」と「生体弁」です。生体弁はさらに「異種生体弁」、「同種生体弁」、「自己生体弁」の3種類に分けられます。 また同種生体弁は「Homograft(ホモグラフト)」と呼ばれ、亡くなられたヒトから摘出した心臓弁を凍結処理したもので、現在日本では保険適応はなく、商業ベースでは入手が困難であります。ここでは臨床で最も通常使用される「機械弁」と「(異種)生体弁」について解説します。

機械弁

  機械弁は、人工材料から構成されている弁です。1960年に初めてヒトに使用されてから、各種タイプの機械弁が開発されてきています。以前によく使われていたデイスク・タイプから、現在の機械弁の主流は二葉弁になっています(図1)。主にパイライト・カーボンという材料でできた半月状した二枚の弁葉の板が蝶の羽のように開閉する構造をしています。大動脈弁用、僧帽弁用があります。また患者さんに適合したサイズのものを選んで置換手術を行います。機械弁の注意すべき点は、抗凝固療法を必要とするところです。
 抗凝固療法がなぜ必要か?ですが、一般に、体内を流れる血液の流れ中に人工の物質が入ると、血液はそれを取り囲むように固まり始めます。これを血液の凝固といいます。そしてこの血の固まりを「血栓」といいます。当然、機械弁も人工物ですから心臓の中に入れたら血栓が付いてしまいます。患者さんは、毎日生涯に渡って抗凝固薬「ワーファリン」を内服して血液の凝固機能を抑える必要があります。抗凝固薬の調節が不良な場合、血栓栓塞症を起こしたり出血傾向になることがあります。機械弁を移植される患者さんはこの抗凝固薬を毎日内服できる事が条件になります。ワーファリンは胎児に悪い影響を及ぼす可能性があると同時に、出産時に大量出血する可能性が高いため、妊娠する可能性がある女性には原則使用できません。また、血液の病気などで出血しやすい人にも使いにくい薬剤です。これらのことを考慮した上で機械弁は選択されなければなりません。

生体弁

  生体弁は「異種生体弁」、「同種生体弁」、「自己生体弁」の3種類に分けられます。このうち自己生体弁は正確には「人工弁」ではなく、「ロス手術」という自分の肺動脈弁を大動脈弁に移植する特殊な手術で用いられるものです。生体弁にはステント付きとステントレスがあります。ステントというのは弁における支柱のようなものです。
 現在日本で使われているステント付き生体弁は、ウシの心膜を利用したものと(図2)、ブタの心臓弁を利用したものがあります(図3)。弁膜部分がウシの心膜にしろ、ブタの心臓弁にしろ、それを支えるステントは人工物から出来ています。心臓に縫いつける、縫いしろの部分も人工線維から出来ています。 一方、ステントレスとはブタの大動脈弁を加工したもので、ステントと呼ばれる支柱の部分がないものです。ステントレスの最大の利点は、固い部分が無く弁の柔軟性が保たれ、より生理的であるという点です。この弁は、狂牛病問題における輸入制限のため2002年より一時使用出来なくなりましたが、2004年3月より再び可能となっています。

 さてステント付きであれステントレスであれ、いずれにせよ弁膜の部分が生体で出来ているため、生体弁は抗血栓性に関して機械弁より勝っています。一般的には手術後3ヶ月ほど抗凝固薬「ワーファリン」を服用し、それ以後は内服の必要はないとされています。ただ心房細動という不整脈がある患者さんはワーファリンを飲み続ける必要があります。
 これらの生体弁は抗凝固療法が行えない症例や、高齢者、生涯に渡って毎日抗凝固薬を内服する生活が嫌だと言う患者さんに使用されます。また若年女性で妊娠希望のある場合は生体弁が選択されます。一般に65〜70歳以上の人が生体弁の適応となります。注意点は機械弁と比較して耐久性が劣ることです。そのスピードには個人差はありますが、時間とともに生体弁は劣化し、固くなったり、穴が開いたりします。かなり改良が加えられてはいますが、10年から15年、長くても20年が耐用期間です。一般的に、若い人ほど劣化のスピードは早く、高齢者ほど遅いとされています。また、透析をしている患者さんは、弁に石灰が沈着しやすいといわれています。長年の間に劣化がおきたときは再手術が必要です。

 患者さんが、医師から人工弁置換手術をすすめられた時に、どの人工弁を使って置換手術をするかは、患者さんにとって大きな問題ですし、手術後どのような生活になるかが決まってきます。患者さん自身が手術後どのようなライフ・スタイルをするかに大きく影響を与えます。できれば複数の医師と相談し、自分のこれからのライフ・スタイルも考慮して自分に移植される人工弁を決めましょう。

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