呼吸療法PRO
第3回 広島大学病院

742床を擁する広島大学病院は、高度救命救急センター(ICU、ECU)とHCUを備える中国・四国エリアの高度救急医療の中核拠点です。2013年にドクターヘリの運用を開始し、2026年4月にはECMO(体外式膜型人工肺)患者の搬送に対応する専用車両「エクモカー」を導入しました。さらに、国内でも先進的な取り組みとなる遠隔医療(Telecritical Care)機能も搭載し、広域医療体制の高度化を牽引。ドクターヘリ、ECMOカー、遠隔ICU、行政との連携など、社会インフラと医療を融合した広域医療体制を構築していることも広島大学病院の特徴です。

中国・四国地方有数の重症病床規模を誇る広島大学病院。広島県内にとどまらず、近隣県の救急医療や集中治療を支えています。ドクターヘリの運用で培った社会インフラとの連携ノウハウを生かし、災害時には医師や医療機器、医療スタッフが一体となった広域医療体制を構築しています。

広島大学病院 救急集中治療科
(高度救命救急センター・集中治療部)
教授/副病院長/前医学部長
志馬伸朗(しめ・のぶあき)

救急医学や集中治療医学を専門とし、2015年より広島大学大学院 救急集中治療医学の教授に就任。広島県のみならず、日本全体の救急・集中治療領域における医学研究や医療の向上のためにさまざまな活動に従事するとともに、救急・集中治療科医を目指す若手医師の増加を目標に尽力している。

広島大学病院 救急集中治療科
(高度救命救急センター・集中治療部)
准教授
大下慎一郎(おおしも・しんいちろう)

呼吸器内科を専門に研鑽を積み、間質性肺炎や呼吸不全の診療・研究に従事。その後、救急・集中治療領域へと活動の場を広げ、ECMO(体外式膜型人工肺)を活用した重症呼吸不全治療の第一線で活躍している。国内外で研鑽を積み、COVID-19パンデミックでは重症患者の搬送・治療体制構築にも携わった。現在は広島大学大学院救急集中治療医学准教授として、臨床・研究・人材育成に取り組む。

AECCC(Advanced Emergency Critical Care Center)は広島大学病院高度救命救急センターの略称。高度救命救急センター・集中治療部 32床(ICU 10床・ECU 12床・HCU 10床)を有しています。

スローガン “EVOLUTION”に込めた思い

志馬医師が率いるAECCC(広島大学病院高度救命救急センター)のチームスローガンは“EVOLUTION(進化)”です。もともとは救急科専門研修プログラムの合言葉として生まれたものですが、現在ではチーム全体の理念として根付いていることが分かります。「救急」を核に据えながら、急性期の重症患者を診る総合力を持った医師の育成に力を注いでいます。

集中治療の現場を支える新技術

肺は長らくCTやレントゲンによる静止画像による診察が評価されてきた。そうした中で導入されたのが、レントゲンの動画撮影を可能にしたデジタルX線動画撮影システム(Dynamic Digital Radiography: DDR)だ。肺のどの部分が十分に膨らみ、どの部分が換気されていないかを「動いている状態」で可視化できることで、換気の状態や肺機能の変化をより詳細に評価でき、診断や治療方針の精度向上に貢献する。これまで医師の経験や人工呼吸器の波形から推測していた部分を、画像データによって補完できるようになり、より客観的で精度の高い診療につながっている。

広島大学病院がECMOと社会インフラをつなぐ

広島大学がECMO診療に本格的に取り組み始めたのは、2009年の新型インフルエンザ流行時です。同年、大下医師は後の日本ECMOnetにつながる活動に参画し、2012年には全国規模の支援体制づくりにも携わることに。 広島大学病院が災害時やECMO治療の中核としての役割を強めるきっかけとなったのは、2018年7月の西日本豪雨と、その後のコロナ禍でした。西日本豪雨で培った広域連携体制のノウハウは、その後のCOVID-19パンデミックにおけるECMO患者搬送にも応用されました。「広島は、災害が起こりにくい“平和の町”だと思われていましたが、一変して街全体が大災害に見舞われました。そのようなとき重要になるのは、病院単位を超えて、地域または国全体の医療状況を横断的に調整できる医師の存在でした。コロナ禍ではこの経験を生かし、インフラとECMO技術の両面を組み合わせて対応にあたりました」と大下医師は振り返ります。 コロナ禍のような災害対応では、「各病院がばらばらに動かないようにすることが大切です。広島県医療調整本部とも連携しながら重症患者数を把握し、情報を一元的に管理する体制を整えました」と大下医師は語ります。こうした取り組みは、日本のECMO診療ネットワークの発展にも寄与し、コロナ禍における重症患者診療を支えました。

西日本豪雨の災害対応で培った経験が、コロナ禍では人と情報をつなぐ「情報インフラ」構築に発揮されたんだね。広島大学病院はドクターヘリを導入していたことで、社会インフラの知見を活用できたんだそう。
日本初!遠隔医療機能を併せ持つ、エクモカー

今年4月、広島大学病院は重症患者の搬送に特化した専用車両「エクモカー」を導入しました。ECMOや人工呼吸器を装着した重症患者を安全に搬送できる装備に加え、遠隔医療機能も搭載しています。“走る集中治療室”ともいえる、国内でも先進的な取り組みです。 重症呼吸不全患者の搬送には時間的な制約が大きく、適切な治療を継続しながら長距離を移動させることは容易ではありません。エクモカーは、こうした課題を解決するために誕生しました。従来の「患者を待つ医療」から、「患者のもとへ向かう医療」への転換を象徴する存在でもあります。 もっとも、エクモカーは車両を導入するだけでは機能しません。その運用には、ECMOに精通した医療スタッフと緻密な連携体制が不可欠です。出動は119番通報ではなく、依頼元医療機関から広島大学病院高度救命救急センターへの連絡によって開始されます。まず医師が先行して現場へ向かい、患者の状態評価や処置、搬送準備を行います。その間に5G通信を活用し、依頼元病院、搬送チーム、広島大学病院の間でカルテ情報や検査データをリアルタイムで共有します。エクモカー到着後は速やかにECMO導入や搬送を行うことができ、重症患者を安全かつ迅速に高次医療機関へつなぐ体制を実現しています。車両そのものだけでなく、搬送中も専門スタッフが患者情報を共有しながら診療支援できる点が、本システム最大の特徴です。

コロナ禍での導入が叶わなかったものの、その後の技術進歩を取り込み、遠隔ICU機能を搭載した次世代型エクモカーが実現した。「結果的に、期待値以上のシステムになったと思います」と大下医師は語ります。
“人は宝”。人を育てる、進化するチーム医療

広島大学病院で印象的だったのは、「EVOLUTION」の文字が刺繍されたユニフォームや、キャラクターが描かれたエクモカーです。従来の救命救急センターに抱かれがちな堅いイメージとは一線を画しています。「新しいやり方を積極的に取り入れながら進化し続ける。それが私たちのチームだと思っています」と志馬医師。その背景には、人材育成への強い思いがあります。「人は宝ですから。厳しいだけのやり方では、今の時代は人は育ちません」と大下医師は語ります。若手医師が興味を持てる企画を積極的に取り入れ、一人ひとりが挑戦しやすい環境づくりを心掛けているといいます。

また、エクモカーは医療現場だけでなく、地域との接点としての役割も担っています。「近隣の方から『一度見たら忘れられないね』と声をかけていただくこともあります。そうした積み重ねを通じて、救急医療やECMOの取り組みを少しずつ知ってもらえればと思っています」といいます。救急医療から集中治療、ドクターヘリ、ECMO搬送、災害医療まで一貫して経験できることも、広島大学病院の大きな強みです。 最先端の医療技術を追求するだけでなく、人を育て、地域とつながる。その姿勢こそが、チームが掲げる“EVOLUTION”の本質なのかもしれません。

広島大学病院の高度救命救急センターを訪れてまず印象に残ったのは、チーム全体に漂う和やかな雰囲気です。若手医師たちも臆することなく意見を交わしており、救急医療の最前線を支える組織でありながら、風通しの良い文化が根付いていることが伝わってきました。