理事長あいさつ

一般社団法人日本臓器保存生物医学会 理事長 日下 守
(藤田医科大学 岡崎医療センター 泌尿器科)

(2021-)

 このたび、前任の剣持 敬理事長を引き継ぎ、理事長を拝命することとなりました。歴史と伝統のある本学会の理事長を拝命し、大変名誉なことであると感じております。一方で重責を担うこととなり身の引き締まる思いです。
 思い起こせば、私がこの学会に関わる事になりましたのは、1999年5月に大阪吹田市の千里ライフサイエンスセンターで開催された第26回学術集会に参加した時に遡ります。前年にボストン留学から帰国し、留学先のラボの先輩で公私ともに大変お世話になった永野浩昭先生(現山口大学 消化器・腫瘍外科学教授)から当時大阪大学第二外科学教授の門田守人先生(現日本医学会 会長)が学術集会を主催されるとのことでお声がけいただき、発表の機会を得ました。本学会とのご縁はそこから始まり、毎年学術集会に出席させていただく事になりました。
 留学中Tilney教授(故人、ハーバード大学移植外科学教授)から与えられた研究テーマは、慢性拒絶反応にかかわる非免疫学的因子に関する内容で、移植前の脳死や虚血再灌流障害、高血圧に関するリスクファクターの検討でした。帰国後は2002年母校の大阪医科大学泌尿器科(現 大阪医科薬科大学)から藤田保健衛生大学(現 藤田医科大学)泌尿器科に移動し、星長清隆教授(現 藤田学園理事長)にご指導いただきました。愛知県は献腎提供が多く、心停止下献腎提供、献腎移植に携わらせていただく機会を得ました。当時の心停止下献腎提供はいわゆるmarginal donorからの提供が大半を占め、留学中の研究テーマを臨床で目の当たりにすることとなり、本学会との関わりが深くなった次第です。
 本学会の特徴は、会員が医学系、薬学系、工学系や移植コーディネーター等と多岐の分野にわたり、学会での意見交換が専門分野を超え 熱く議論されることが多く、従来参加してきた他の学会とは雰囲気が違なる学術的な内容が中心の学術集会が毎年開催されていると感じました。先輩方から受け継がれてきた本学会の雰囲気が、私を欠かさず毎年学術集会に参加させる原動力となり現在に至ります。
 2020年世界を覆いつくした新型コロナウイルス感染症(COVID-19)により、本学会そして移植医療は少なからず影響を受け、各分野において従来とは違った対応を迫られることが多くなりました。本学会においては2020年の学術集会は延期となり、緊急事態宣言が明けた2021年11月 四谷で渕之上会長のもと第47回学術集会が開催されましたが、webと現地のハイブリッド開催ではありましたが、多くの会員が現地に参集され、久しぶりに対面での質疑応答、意見交換が行える機会が戻り、参加された方々もwebのみの開催形式による学術集会では得られることのできない雰囲気を久しぶりに体感されたと推測します。私自身 これを待ち望んでいたのか と再認識した次第です。
 今回理事長を拝命し、長年 諸先輩方が築きあげられてきた伝統ある本学会を受け継ぎ、次世代に伝えていく立場となりました。今後少しずつ直面している課題に対応して参りたく存じます。昨今の事情で本学会を含む移植関連の学会に関しては学会員数が伸び悩んでいます。特に若手の会員数が伸び悩み、活力のある学会を運営維持していくには特に若手会員を増やしていくことが重要課題です。また学会運営についても財務的な危機が迫っているとうかがっています。学会の活性化を目的として形成された委員会についても変革の時期に来ているとの指摘があり、会員の皆様のお知恵を拝借しながらより良き方向に新たに舵を切りたいと存じます。
 本学会は臓器移植に関する基礎分野を担う重要な学会と認識していますし、移植にとどまらず臓器生物学(Organ Biology)全般を広く扱う学会として、今後も各分野で新鮮な空気を吹き込み、広く新しい知見を追求し、新たな試みを率先して導入し学会として邁進していく必要があります。これまで同様学会全体のアクティビティを維持しさらに発展し続けることが必要であると考えます。
 今後本学会の発展のため、役員、評議員ほか全ての会員の皆様からのご支援、ご指導とご鞭撻を賜りたいと存じます。皆様のお力添えをよろしくお願いいたします。


(2015-2021)

 このたび、前任の近藤 丘理事長を引き継ぎ、理事長を拝命することとなりました。本学会は1974年に始まり40年以上の歴史と伝統を持つ学会であり、理事長を拝命することは大変名誉なことであるとともに、その重責をひしひしと感じております。私自身、本学会に育てていただいたと思っております。私は1983年(昭和58年)卒業ですが、1986年に内田久則先生の主催された第13回臓器保存研究会より参加しています。特に第19回の研究会を私の恩師である千葉大学の浅野武秀元理事長が主催された時には、まだ研修医+アルファくらいの身分でしたが、新宿の工学院大学で下働きをいたしました。当時は、日本では脳死からの移植は行われておらず、主に基礎研究の演題のみで、私もイヌを用いた臓器保存や膵臓移植の実験結果を報告していました。そのころを振り返ると、現在少ないとはいえ、日本でも脳死移植が開始され、その成績は世界でもトップであることが夢のように感じます。また浅野武秀先生が2回目となる第33回の学術集会を東京で主催されたときは、事務局長として会の企画、運営に参加しました。この経験はその後私が、日本臨床腎移植学会、日本膵・膵島移植研究会を主催する際に大いに役立ちました。
 本学会の運営には歴代理事長が尽力されてきました。雨宮 浩理事長の時には日本低温医学会との合併の話が出て、検討を重ねましたが実現は見送られました。この時も雨宮先生がご苦労されている姿は昨日のことのように覚えております。また浅野理事長の時には、委員会構成を刷新したこと、小林英司理事の尽力で、研究奨励賞のシステムが開始されたこと、そしてなんといっても一般社団法人化され、組織としての体制が強化されたことなど多くの改革をされました。この体制を維持するのみでなく、さらに発展させるべく尽力してゆくことが私の責務と感じております。
 本学会の特徴は、臓器保存に限らず、臓器生物学(Organ biology)全般を扱う領域であり、会員は医学系のみでなく、薬学系の先生方も多いこと、臓器移植・臓器提供を広く扱うことで、移植コーディネーターも参加していることです。私自身、いろいろな学会の理事、評議員や各委員会の委員長を仰せつかっていますが、最近では本学会の内容が最も学術的であると感じています。私の出身である千葉大学第二外科の中山恒明教授の言葉に、「始めたらやめないことが成功の秘訣である」とありますが、この言葉は私の座右の銘でもあり、移植一筋に走ってきました。その中で、日本も法律の施行により脳死移植が開始され、法改正により脳死ドナー数の増加がみられますが、日本の移植医療にはドナー数の究極的な不足をはじめとする課題が山積みと言えます。本学会が、その課題の解決に少しでも、いや大きく寄与することが使命であり、私の抱負でもあります。
 本学会が継続できているもの、小﨑正巳教授、長尾桓教授、島津元秀教授、河地茂行教授と続いている東京医科大学八王子医療センターの消化器外科・移植外科の力があってこそです。現在も本学会の事務局として、学会運営を一手に行っていただいております。事務局の市石こずえさん、理事の櫻井悦夫コーディネーターには心より感謝申し上げます。
本学会を飛躍させ、日本の医学・薬学・医療に貢献できるよう、役員,評議員ほか全ての会員の皆様のご指導とご鞭撻をよろしくお願いいたします。

(6代目理事長 剣持 敬)

(2014-2015)

 このたび、前任の浅野理事長のご退任により、はからずも理事長を拝命することになりました。思い起こせば、私がこの学会(当時は臓器保存研究会という名称でした)に関わる事になったのは、今から35年前の1980年4月に仙台で開催された第7回の研究会の時からでした。会場は、確か大学の教室を使ったと記憶していますが、1975年に大学を卒業して以来行っていたイヌを用いた体外肺保存実験の実験結果をこの研究会で報告しました。自分の研究内容を全国規模の集会で発表したのはそれが初めてであったと記憶しています。また、その仕事が学位論文となり医学博士号を取得できたものであり、そういう意味でも自らの原点とこの学会との深いつながりを感じるものです。そんな自分が、まさかその学会の理事長になるなど、思いもよりませんでした。この学会は、財務的にも学会の方向性という意味でも、一時は苦難の時期を迎えていたと言えます。それが、財務的に苦しい中でもアクティビティを取り戻し、方向性を見出して行けるようになってきたのは、前任の浅野理事長の強力なリーダーシップに負うところが大きいと、これは誰しもが認めるところであろうと思います。その浅野先生に、次はお前だ、と言われて正直かなりたじろぎましたが、次世代へのバトンタッチの仲介役ということでお引き受けすることにした次第です。と申しますのは、私も今年の3月で大学を退職することになっており、浅野先生とはさほど違わない世代で、決して次世代という言葉にあてはまる年代ではないからです。学会は、常に新しい空気、新しい知見、新しい試みを導入して前進していかねばならないと思います。そういう意味では、活動の中心においてはどんどん若い人に道を譲り、指導的立場の若返りを図ることでアクティビティを維持し向上し続けることが必須であると考えます。このように考えますことから、私は中継ぎ的役割になるのかと思うわけですが、浅野前理事長の並々ならぬこの学会に対する努力と熱意を考えますと、それはそれで大変な重責であると心を引き締めなくてはならないと思っています。野球では、中継ぎが崩れればいいリリーフの出る場がなくなってしまい、ゲームは敗戦になってしまいます。中継ぎと言ってもその役割が重要であることは十分に認識しています。幸い、浅野前理事長には大変強力な委員会組織を作り上げていただき、事務局機能も盤石にしていただきました。これらは、学会にとってあらゆる活動の要となるものであります。今後は、あらゆる面でこの委員会組織を中心にして、その助けを受けながら、臓器保存生物医学会を一歩でも前進させられるように力を尽くして行きたいと考えています。この学会は小さな学会ですが、むしろ小さな組織であることで一致団結を図りやすいと思います。役員、評議員ほか全ての会員の皆様のお力添えをよろしくお願いいたします。

(5代目理事長 近藤 丘)

(2008-2014)

 第35回定期学術集会は長尾桓会長の下、六本木アカデミーヒルズ49で開催されました。今回も日本低温医学会との同時開催です。長尾会長、松野事務局長のお力で、49階からの眺めのすばらしさもさることながら、学術プログラムではそうそうたる先生にご講演いただき、日頃不勉強な私は先端研究をキャッチアップできたいへん助かりました。長尾会長と関連の皆様に厚く御礼申し上げ ます.
 会員からの演題内容はレベルが高く、多彩な学派にもまれて切磋琢磨された本会会員は先端研究の先頭にいることをを実感できました。本会の立つ ” Cell and Organ Biology” 研究をさらに進めて「臓器/細胞の機能不全に対す る治療とその予防法確立」に貢献し、人々の健康な生活の延長にやくだてるも のと確信出来ます。
 理事会/評議員会/総会では、あたらしく「臓器保存研究奨励賞」の創設が提 案/論議され、近々具体化出来る見通しとなりました。 本会では、優れた研 究を世界に向けて発信するため、英文誌「Cell Transplant」への掲載を仲介 するなどしてきましたが、それに加えて、研究費をサポートする体制も出来ようとしています。会員各位の尚一層のご奮闘を期待しています。
 次回、第36回学術集会は岡山市で小林直哉会長の下、Cell Transplant Societyとの Joint Conferenceとして開催されます。研究の進展に向け、次回 も熱い論議を重ねられるでしょう。会員非会員を問わず多くのかたのご参加を お待ちします。

(4代目理事長 浅野 武秀)

(2007-2008)

 第34回定期学術集会が札幌(北海道大学学術交流会館)にて玉置透会長のもと開催され多数の会員のご参加を得て成功裏に終了しました。
 素晴らしい学術プログラムで、移植/再生医療に供する臓器・組織・細胞に関する臨床的基礎的問題を論じていただくばかりでなく、それに関連する多彩な分野からご講演をいただき、本学会の目的であるCell and Organ Biologyの多様な学派への拡がりをあらためて感じます。実りある本学術集会を担当された玉置会長と関連の皆様に御礼申し上げます。
 この第34回集会を最後に、雨宮浩理事長が退任され、わたし浅野武秀が後任に指名されました。もとより浅学非才の身、稲生、小﨑、雨宮先生と続いたいままでの理事長に並ぶべくもありませんが、長らくお世話になったこの分野へ幾ばくかの恩返しになればとお引き受けいたしました。
 多くの学会が存在しますが、多彩な学派が一堂に会して集まる本会は、その討議、融合から大きな成果が得られています。医療の次の時代の目的である「臓器/細胞の機能不全に対する治療とその予防法確立」にとって、Cell and Organ Biologyに本格的に取り組む本学会の役割は重要です。
 皆様の更なるご支援をお願いいたします。

(4代目理事長 浅野 武秀)