胎児の薬物療法

 妊婦や授乳婦が薬物を使用する場合、薬物の胎盤通過性や母乳への移行性などから、胎児・乳児への薬物の影響を考慮する必要があります。では、妊娠中に胎児に疾患が見つかった場合は、どのような方法がとられるのでしょうか。

 胎児治療には、大きく分けて内科的治療と外科的治療があります。内科的治療の対象疾患として、先天性副腎過形成症、上室性頻拍、母体血小板減少症(ITP; idiopathic thrombocytopenic purpra)などがあり、外科的治療の対象疾患として、閉鎖性尿路疾患、先天性水頭症、横隔膜ヘルニアがあります。

 内科的治療の場合は、経胎盤的胎児治療、すなわち母体への薬物投与により胎盤を経由させて胎児の疾患を治療する方法が行われます。その他に、経羊水、経臍帯、胎児腹腔内投与がありますが、主に経胎盤的胎児治療法を以下に取り上げました。
 先天性副腎過形成症は、胎児副腎でのコルチゾール合成欠損に伴う副腎皮質刺激ホルモンの過剰分泌が原因であり、不足したステロイドホルモンの胎児への補給が治療法の一つとなります。ベタメタゾン(リンデロン)は母体内濃度の約 1 / 3 が胎児に移行する薬剤であり、デキサメタゾン(コルソン、デカドロン)はほぼ 100 % 胎盤通過する薬剤なので、好んで用いられます。一方、プレドニゾンやプレドニゾロン(プレドニン)は胎児内濃度が母体の約 10 % 弱といわれており、治療薬としては用いられないようです。
 上室性頻拍に対しては、ジゴキシン(ジゴシン)が第一選択薬として用いられます。ジゴキシンは胎児への移行がよく、投与後数日以内に母子ともに同じ濃度を得ることができますが、胎児心筋のジゴキシンに対する親和性はまだ不明であり、母親にも胎児にもジギタリス中毒が起こる可能性がありますので、母子ともに血中濃度モニタリングが必要です。その他の選択薬剤としては、ベラパミル(ワソラン)、キニジン、プロカインアミド(アミサリン)、プロプラノロール(インデラル)があります。ベラパミルは胎盤通過性がよくないため、胎児腹腔への直接投与が有効であると言われています。プロカインアミドはジゴキシン単独で無効の場合に使用します。プロプラノロールは子宮収縮性を持つため胎盤梗塞や低血糖を起こす可能性があり、また分娩直前まで使用すると胎児発育不良や低アプガースコア(新生児の身体状況を評価するもの)化を生じるなど使用しにくい薬剤と言われています。
 母体 ITP の胎児は、胎盤を介して児に移行した抗体により児の血小板が破壊され、すでに胎内で胎児の血小板減少症が発症している場合が多く、ITP の母体より出生した児の死亡率は 20 % といわれ、その主因も頭蓋内出血が多いと報告されています。母体 ITP の胎児の分娩時におけるリスクを避けるために、帝王切開の是非が議論されていますが、頭蓋内出血を減少させることができるという明確なコンセンサスは得られていないようです。薬物療法として、分娩予定日の 2 週間前から副腎皮質ステロイドの投与、あるいは非修飾型免疫グロブリン大量療法(200〜400 mg / kg / 日、3〜6 日間)が行われます。免疫グロブリンは胎盤を介して児に移行し、母体内と同様の機序で胎児の血小板減少の改善を期待します。

 一方、外科的疾患に対する胎児治療の報告は日本では少なく、また満足する成果があがっておらず、あまり行われていないのが現状のようです。