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リレートーク   学会員が熱く語る 循環研究の過去、現在そして未来

第1回 滋賀医科大学 名誉教授 戸田昇

2000/10/10

私が薬理学の大学院に入り日本薬理学会に入会したのは、もう40年ばかり前のこ とです。当時の薬理学会学術集会は、地方は勿論全国的にも今から思えばけた違いに 規模の小さいものでした。当然、年会では循環関係の研究者が大先生から新米の院生 まで一堂に会して、研究発表を聞き議論を闘わせたものでした。田邊恒義、岳中典男、 橋本虎六ら恐い先生が前列に座ってプレッシャーがかかる中、どきどきしながら発表 し、鋭い質問にしどろもどろになったりしたのも、振りかえってみれば懐かしい思い 出です。厳しいながらも建設的で示唆に富んだ当時の諸先輩の教えは、若い研究者の 将来に大変役に立ってきたと思いかえしています。また、学会では、関係のある発表 には必ず質問に立つことが義務づけられたこともあり、その予習復習は、発表や討論 の練習、知識の整理、新しい夢の芽生えに役立ってきました。それもこれも、心と時 間にゆとりがあったからでしょうか。   

この10年余り前から薬理学の分野でも、研究の質が急速に高まりました。と同時 に、一人一人の研究が専門化し、深く狭くなる傾向が益々強くなってきました。循環 器の領域でも同じです。とくに若いひとたちは、分子生物学・遺伝子関連の研究にあ こがれる傾向が目につきます。勿論この新しく重要な分野の研究が最近の医学研究を 飛躍的に高める原動力になったことは認めますが、これまでの、マクロの研究なしに は薬理学の進歩が望めないのも事実です。研究者人口の増加と研究の専門化傾向の結 果、学術集会において、過去の切磋琢磨するという良き慣習が失われつつあるように 思います。この問題に対してこれまで自分は何かしてきたのかと、反省しています。 学術集会も大きくなりすぎて、自己が関係するものを除けば散漫の印象を拭えません。 古き良き時代の良い面を残し、大先生の独善を排した新しいタイプの学会が循環薬理 の分野で出来ないかと考え、循環薬理研究の今後を憂えるメンバーが発案して9年前 に発足したのがこの「循環薬理学会(当時、循環薬理研究会)」です。この会を、in vivoから分子まで、ヒトからラット、冷血動物までの研究成果を踏まえ、産学を問わ ず立場を異にする研究者同士が自己を主張し、他人の意見に耳を傾け、議論を尽くし て研究の幅を広げるための場にしたいとの思いでスタートしました。討論に時間をか け、研究者同士の温故知新のために懇親の場を持つほか、昨年からは若手研究者への 学会賞を設けて発表論文の質の向上を計っています。   

世界的に見て、大き過ぎる学術集会より専門別の集会にヒトが集まる傾向にあり ます。日本でも同類の専門別研究会が次々に誕生してその独自性が問われる中、我々 の学会も、どのような特徴を出せるか折りあるごとに論議してきました。臨床研究を 積極的に含めると、それなりのメリットが加わりますが、同様の学会は幾つもありそ の存在意義が問われます。薬理学会の分化会としての位置づけも論議されましたが、 今の所その方向には向いていません。今後とも、前途ある若手循環薬理研究者(勿論、 薬理学会にはこだわらない)のエネルギーが溢れ、広い視野に立って、学問的にも新 薬の開発・治療への応用の面でも質の高い研究発表と議論が楽しめ、参加して得ると ころ大であったと感じてもらえるような学術集会に成長して欲しいものです。そのた めにも、Kennedy大統領ではありませんが、学会が何をしてくれるかではなく、学会 員一人一人が学会のために何が出来るかとの思いで前向きに実践されることを期待し ます。

研究についてはこれからも、卓越したoriginality の追求に尽きるでしょう。 枠にとらわれない柔軟さこそが、偶然の発見をものにする最大の武器です。分子生物 学的分析や遺伝子工学は一つの手段であり、研究の独創性はその先にあります。薬理 学研究は、あらゆる手技を駆使して、ヒトへの応用と治療薬開発への貢献を目指すこ とにあると思います。世界に冠たる成果が輩出することを期待しています。

 

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