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 分科会 > 6.小児医療
 
小児医療における現状と将来展望
川ア志保理1,2),小林 弘幸2),天野  篤1)
1)順天堂大学医学部心臓血管外科 2)順天堂大学医学部病院管理学
T.はじめに
小児の領域においても,従来救命不可であった疾患群に対して近年の医療技術の進歩により治療が可能になった病気が多く存在することに変わり はない.
一方それは回復不可能な患者に対する延命可能な技術も発展したと同時に,治療効果のない治療 がやみくもに実験的に行われてきた結果,小児重症児の終末期の目標とされているintact survival (後遺症なき生存)が放置され,科学と哲学とは一体として発達してきたものが,科学技術の独走に 不安を感じ,人間の尊厳性や倫理を通じてそれを抑制しようという流れが生じていると思われる1)
この小児における臨床倫理は,小児であるがゆえの特徴を有しており,その現状と将来展望について解説したいと思う.
U.現  状
筆者の専門とする小児心臓血管外科は医療技術の進歩により難病治療を可能にした典型であり, 1970 年代前半にはほとんど救命できなかった新生児開心術も,助からないからといってその治療を中止することなく継続研究してきたことにより,2013 年現在は90%以上の救命率を誇っている.
しかし,このように周産期医療領域の治療法として効果絶大とされた治療のうち,治療として確 立したのはほんの2つか3つしかなかったといわれており,多くは無駄であったり,それならまだしも大惨禍な結果を招いてしまったものが半数以上あるとされている.発達しすぎた医療技術が実 験的に患児に施行され,理想とされる「子どもの最善の利益」1)を考慮した臨床現場でのCure とCareの医療選択2)がなされなかった悲劇であろう.
小児の治療に対して臨床倫理の対峙が発生する場合には,成人や高齢者と異なったいくつかの特徴がある.分類としては,@小児重症児の終末期, Aintact survival(後遺症なき生存)が得られない場合,の大きく2 つに分けられる.
これらは成人の場合,@はがんの終末期や超高齢者の終末期にあたり,Aは脳梗塞や心肺停止後の高度脳障害によるいわゆる植物状態の患者が該 当する.
小児の場合には,@は無脳児や18 トリソミーといった生命予後の悪い染色体異常が存在し,その多くは多発奇形を有している状態である.その 多発奇形は娩出後すぐに濃厚な治療を行わないとその場ですぐに死亡してしまうものも多く,予後不良の疾患であるという確定診断や,確定診断がついたとしても両親に十分な説明や理解をする時 間がないため,とにかく急性期の治療を行い延命しているのが現状である.その結果,両親が延命治療を望まないということを受け入れても,急性 期治療を高度医療で行ったがゆえにそのまま治療を続行するといった事態が生じている.
またAでは脳性麻痺や生命予後が良好な21 トリソミーに代表される染色体異常が含まれる.
これらの疾患群に対して医学的にどこまで治療するか,どこで治療を中止するかは施設によってさまざまである.18 トリソミーは治療しないとい う施設もある.21 トリソミーは心臓手術を行わないという施設も存在する.これらの患児は両親が治療を希望した場合は,受け入れてくれる施設に転院して治療を受けることになるが,高度治療の ためその施設では治療ができない場合はまだしも,両親の選択の前に施設が治療を拒否したり方針を決めたりといったことが日常的に行われており,小児における臨床倫理は非常に遅れている現 状を感じている.
両親の選択を最優先するために十分な時間をとって説明し,さらに状況を受け入れて治療方針を医療機関と共有することが理想であることはい うまでもない.これらが日本ではまだ十分に確立されているとはいいがたく,小児科専門医の教育の一環としてAHA( アメリカ心臓病学会)の PALS(小児二次救命処置法)やNCPR(新生児心肺蘇生法)など多くのプログラムが存在し,実際の治療以外の部分での医療スタッフの対応法などが記載されているにもかかわらず,日本語版のテ キストでは割愛されてしまっている3)
このような状況であるがゆえに,両親の希望をどこまで医療側が受け入れられるかについてはまったく確立されたものは存在しない.「治療が必要と思うのですが,両親が受け入れません.ど うしましょうか?」といった質問が,筆者が所属する医療安全推進部にときどき小児科医より寄せられる.法的な判断は判例が存在すればわれわれで判断できるが,両親が障害をもつ子どもを育て ることに不安があるのか,拒否(育児放棄)なのか,まだ受け入れられていないのか,診療科の説明不足なのか,臨床的にも法的にも新しい事例なのか,それぞれ判断に迷うことも多い.
この場合も,医療安全ではなく臨床倫理として検討することが望ましく,少なくとも病院の方針として決定する部署があれば各診療科は,診療行為や家族との話し合いに専念できると考える.残 念ながらこのような部署は存在しないか,病院医療安全に兼任させているところが多いのが現状であろう.
V.将来展望
小児の臨床倫理は,前述した@小児重症児の終末期とAintact surviva(l 後遺症なき生存)の臨床的データに基づいた経過を確認していく作業が必要である.ELBW(超低出生体重児)は在胎何週何 日の子どもまで生存可能なのか,脳性麻痺の原因病態は何であってどの治療を選択すればどのくらいの効果が得られるのか,18 トリソミーの心臓病 がない場合の自然予後,心臓病を有する場合はその高度治療を行うことによりその自然予後を得られるまで回復するのか,など自然予後と治療を行った場合の予後,高度治療を行った場合の予後 の整理を行うことになる.倫理的に方針が確立されていないので,逆にそれぞれの場合の経過は統計をとれるくらいに存在しているように思われ る,各施設に全国レベルでアンケートを行うなどしてまず臨床データを得ることが非常に重要となる.
超高齢者の終末期は,いまその患者を見守っている人達が生きているいずれそう遠くない時期に死が確実に訪れる.予後は確実に予想がつくので ある.しかし,小児の場合は intact survival(後遺症なき生存)を目指すといっても,結果はそうでない場合も少なからず存在する.そうなるとわかっていても治療を両親が望む場合もあるし,結 果としてそうなってしまってもそれが重度後遺症であっても,わが子の生存に生きがいを感ずる両親も数多く存在する.なかには生命予後が良好であるにもかかわらず,すべての治療を拒否して児童相談所に育児放棄として預けてしまう悲しい事例があることも事実である.
このように小児の医療従事者はまず患児のもつ疾患の経過を十分に把握することが肝要であり, そのEBM(事実に基づいた治療)に沿った治療方針がすべての小児の診療機関で共有されることによって初めて小児の臨床倫理というものが語れることになろう. 次に,法的な根拠も必要になってこよう.21 トリソミー(ダウン症)の治療拒否,無脳児に対する高度医療による延命希望は有名な判決である.詳細は別紙に譲るが,米国では倫理三基準が存在し,a.回復不可な昏睡,b.死を免れない状態,c.治療が極端で見込がない,これらの基準を1 つで も満たせば,栄養,水分,薬物投与以上の治療をする医師の義務はないとしている2)
また「はじめから治療を加えないこと」だけでなく,始めてしまった治療に関して「一度始めた治療を中止する」は法的にも倫理的にも合法である と米国小児科学会ガイドラインに記載されている4)
このような法的な裏づけも日本で早急に確立すべきと考える.外国とは倫理観,宗教,習慣も異なる日本で,倫理に関することは米国の文献やガ イドラインに載っているとはいえそのまま適用するわけにはいかないであろう.
最後に,この日本臨床倫理学会の果たす役目として,疾患の臨床経過と法的な保障を得るように働きかけ,それを基に医療側の治療提案(最終決 定はやはり両親にあると考えるのであえて提案とした)はできれば画一化を図るようにしたいと考える.高度治療はそれが可能な施設とそうでない 施設とが混在するのは仕方ないが,同一疾患や同一症例が多く存在する分野でもあり画一化は可能と考える.
そしてそれらを基に,両親への説明,両親からの選択,同意,両親への提案,両親の権利と義務(選択できないことなど),両親の希望を医療側から提示して,症例により異なる治療がここに成立され,同時に医療側も両親側も共有した内容になっていくことが将来展望の理想であると考える.
そのためには,医療,家族,学会,官,民が一体となってこの小児医療全体を考えていく必要があるであろう.
W.おわりに
小児医療は自分で意思表示ができない高齢者終末期医療と共通の部分も多い.しかし,「子どもの最善の利益」を主体として考えた場合,まだこの世に出て自分で意思表示をしたことがない小児医 療は高齢者のそれとは大きく異なる一面が存在する.出生前診断はその最たるものであろう.これからものをいおうとする子どもたちの人権を尊重した倫理の下に,治療が選択されることを望むべ くこの日本臨床倫理学会が果たす役目の重大さを肝に命ずる次第である.
 
文  献  
1) 坂上正道:『医の倫理』について現在の考え方;特に新 生児・未熟児医療をめぐって.日本未熟児新生児学会雑誌,18(1):1−10(2006).
2) 船戸正久:新生児医療の進歩と生命倫理.小児保健研究会雑誌,69(2):189−194(2010).
3) 鍋谷まこと,和田 浩,西原正人ほか:小児重症患者の終末期の対応;ICU とCCU.35(11):1035−1041 (2011).
4) Committee of Bioethics, American Academy of Pediatrics: Guidelines of forgoing life−sustaining medical treatment. Pediatrics, 93:432−536(1994).

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