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 分科会 > 2.慢性期医療・高齢者医療
 
慢性期医療・高齢者医療における臨床倫理
三浦 靖彦,川崎 彩子(医療法人財団慈生会野村病院内科)
2011年の日本人の総死亡数は1,253,066 人で,そのうち悪性新生物(がん)による死亡が357,305人,つまり日本人の約1/3 はがんで死亡することが報告されている1).がん患者に対する医療制度をみると,2002年に緩和ケア病棟入院料および緩和ケア加算が,健康保険で認められ,2006年のがん対策基本法の成立もあり,がんの予防から看とりまでを重視した方策がとられるようになった.しかし,日本人の死亡動態を別の角度から眺めると,同年の心臓疾患による死亡は194,926人,脳血管疾患による死亡は123,867人,肺炎による死亡は124,749人であり,肺炎が前年までの4位から3位になったことを含め,がん以外での死亡についても注目しなくてはならない.特に,高齢者医療に焦点を当ててみると,2010 年の日本人の平均寿命は女性86.39 歳(世界第1 位),男性79.64歳(世界第4 位)であった2).先に紹介した日本人の死亡原因を年齢別にみると,悪性新生物は,男性は60 歳代,女性は50 歳代がピークであり,そ れ以降は男女とも心疾患,脳血管疾患,肺炎の占める割合が多くなり,男性は90歳以上の場合,肺炎が最も多く,女性は85歳以上100歳未満では心疾患,100歳以上では老衰が最も多いことが報告されている.つまり,高齢者医療を考えるときには,がん以外の病気も重視しなくてはならな いことがわかる.
T.予防医学と臨床倫理
心臓疾患,脳血管疾患は,生活習慣病を基盤とする場合が多いことから,予防対策に効果が期待できる疾患群である.また,高齢者死亡の主因である肺炎に関しても,肺炎球菌ワクチンの普及による予防効果も期待される.誤嚥性肺炎予防のための口腔ケアの有用性も,広く認められるようになってきているが,これを実施できている医療機関は,いまだ多くはないようである.換言すると,長期的な視点から慢性期医療,高齢者医療を考える際には,予防対策は,大きな意味をもつ.しかし,単に住民健康診断等を行い,検査結果を受診者に渡すだけでは,十分な効果は期待できない.その際の医療面接手技も臨床倫理の守備範囲に含まれるであろう.また,予防医学を広く啓発する運動も必要であり,そこには,看護師,保健師,栄養士等とのチーム医療が必要となる.また,住民検診や,ワクチン接種の普及を考える際には,行政との連携も必要となる.このように,予防医学面においても,多職種との連携は欠かせないも のであり,そこには,臨床倫理的マインドが必要とされることは想像にかたくない.
U.認知症診療における臨床倫理
認知症患者数を,介護認定を受けた人数から推測すると,2002 年に要介護認定を受けた314 万人のうち,自立度U以上を認知症と考えても149 万 人になると報告されている3).そして,団塊の世代が65 歳以上の高齢期に到達する2015 年には250 万人を超え,2025 年には323 万人に増加するといわれている.認知症は約30 年間の罹病期間 を有し,後半10 年間で生活機能の低下が進行し,終末期を迎えるとされており,慢性の闘病期間を有する疾患群である.認知症患者の終末期を考えるときには,在宅診療も含め,地域全体でケアを 提供する体制づくりが求められる.
認知症診療においては,専門医療機関とかかりつけ医との連携が重要であることから,国,都道府県,地域医師会が連携し,認知症かかりつけ医, 認知症サポート医の育成が行われているが,認知症患者の生活全般の援助のためには,患者の在宅生活を支える介護・福祉部門の協力も欠かせな い.三鷹市,武蔵野市では上記かかりつけ医(地区医師会),専門医療機関,在宅相談機関(地域包括支援センター,在宅介護支援センター,行政)の3者が相互に連携する「三鷹・武蔵野認知症連携を考える会」を立ち上げ,患者が住み慣れた地域で,安心して生活できるよう,認知症連携パスの運用 が開始されている4).さらに,同地域では,「在宅診療・緩和ケア会議」も設立され,症例検討や勉強会を積極的に行うことにより,各職種の「顔の見える関係」の構築が図られている.
一方,認知症患者の誤嚥性肺炎の治療の効果について,否定的な海外の発表も散見される5)6).また,2012 年にガイドライン7)が発表されて以来, 認知症患者の栄養補給(末梢点滴,中心静脈栄養,胃ろう)については,国民的な議論が巻き起こっているが,一定の方向性を得るまでには至っていない.
上述のように,高齢者,特に認知症を患った患者の慢性期医療には,多くの臨床倫理的問題が控えており,日本臨床倫理学会(以下,当学会)に期待されるものは大きい.
V.死を迎える場所をめぐって
厚生労働省による死亡場所の年次別推移でも明らかなように,1976 年を境に,病院での死亡が,在宅での死亡を上回るようになり,昨今では10人に8 人が病院で死を迎えるようになっている.一方,医師は,医学教育のなかで,「最新の医療技術を投入して,心臓を1 分1 秒でも長く動かし続けることが医療者の努めである」といった風潮を教えられてきた.
しかし,近年,一般人の間だけでなく,医療者の間でも,このような医療に疑問を感じ,がん以外の高齢者の看とりにおいても,暖かく看とることが大事なのではないかという考えをもつ者が増えてきた.ここ数年間の動きとして,自宅での死 亡の減少が頭打ちになっていること,また,老人ホームでの死亡が少ないながらも増加に転じている点は注目に値する部分ではないかと思われる. 2000 年に介護保険制度が導入され,いまだ十分とはいえないが,各種在宅サービスの充実が図られてきたこと,また,国民および医療者のなかにも「最後まで,病院で,徹底的に医療行為を施したい」という意識から,「住み慣れた場所で,安らかな死を迎えることも大切である」という意識に変わりつつあるようである.
われわれ,当学会のメンバーが集う大きな理由のひとつはここにあり,「住み慣れた場所で,安らかな死を迎えたい」と願う人々に対して,多職種から構成される,息のあったチームを編成するた めのノウハウをみなで共有したい.
W. 患者の自己決定について; 事前指示(Advance Directive)と事前ケア計画(Advance Care Planning)
自立尊重,無危害,善行,正義(公平・公正)は,医療倫理の四原則とされているが8),自立尊重のためのインフォームド・コンセントの概念は,わが国でも普及したが,「インフォームド・コンセント用紙」を手渡すだけといった,形骸化した現象もみられるようである.アメリカでは,近年協同意思決定(Shared Decision Making)という概念に 変わりつつあるが9),清水は,この概念を「情報共有=合意モデル」と解説し10),推奨している.
自立尊重を,終末期の場面で表明する手段が事前指示である.事前指示とは,「将来自らが判断能力を失った際に自分に行われる医療行為に対する意向を前もって意思表示すること」を指す.その方法としては,代理人指名(Proxy directive)と,内容指示(Instructional directive)にわかれる.そして,その指示した内容を文書に残したものが Living will である.
具体的には,
  • 「 慢性呼吸不全で療養中であるが,病気が悪化したときは,人工呼吸器の使用を含め,考え得るすべての医療行為を行ってほしいと,配偶者に伝えておく」
  • 「 具体的な医療行為は想像できないが,自分が判断能力のない病状に陥ってしまったら,自分に行われる医療行為に関するすべての決定権をA という人物に任せると,指示しておく」
  • 「 癌の末期状態で,治癒の見込みがなくなったら,痛みを抑える治療は十分して欲しいが,いわゆる延命治療はして欲しくないと文書にして残しておく」
などが,挙げられる.
事前指示により,本人の望まない形の医療行為を受けることを回避できるであろうし,逆に,本人の望む医療行為を周囲の誤解により受けることができなくなるという危険を回避できる.事前指 示は,自己決定できなくなった場面を扱っているが,近年普及し始めた「事前ケア計画(Advance Care Planning)」は,自己決定が可能な現時点から,死を迎えるときまでを対象として,医療行為についてだけでなく,どのような場所で,どのような生活を営み,ケアを受けたいかなどについて,いまのうちから考えておくものであり,「エンディングノート」「終活」ブームに乗って,今後大 きく普及する可能性を感じる.
医療・介護従事者が,患者・利用者の自己決定を促す運動を,「自己決定支援」として,近年注目を集め始めている.医療・介護従事者が,相手の考えを理解し,種々の選択肢を理解しやすい形で 説明し,自己決定に導くというものであるが,自己決定支援ツールを整備することも当学会の役目と考える.
X. 日本人は事前指示をどのようにとらえているのか
事前指示のわが国の実態について簡単に紹介する.Sehgal らと共同で行った日本・アメリカ・ド イツの透析専門医の意識調査11)によると,透析患者が高度認知症状態になった場合,患者の事前指示がなければ,アメリカではほとんどの医師が透 析中止を家族に勧めるのに対し,日本の医師は,大多数が透析継続を考えるとの結果であった.これは,文化,宗教的背景の違いだけでなく,医療経済の問題も関連した結果かもしれない.しかし,「患者および家族の意向を尊重したい」という意識においては,3 か国とも同様であった.同時期に行った慢性透析患者の事前指示に対する意識調査12)では,8 割以上の患者が事前指示をしてお きたいと回答し,実際に事前指示をしていると回答したものが約30%存在した.しかし,その指示形態は,「家族に話してある」というものが90%以上であった.また,事前指示の利点は,「自己決定の尊重(39%)」よりも,「家族の肉体的負担の軽減(61%)」のためと回答したものが多数であった点 は,注目に値する.次に,患者の「家族や主治医に話してある」という内容が,実際に家族や主治医に理解されているかを検証するために,患者の延命治療に対する希望と主治医および家族の理解度を調査したが13),統計学的には,患者の希望は家族にも主治医にもまったく理解されていないこと が明らかにされた.同様の調査報告はアメリカにもあり,国は違っても,自分の希望する終末期を迎えたいと考えている場合,その意思を明確に表明しておくことが最良の方法と考えられた. 終末期に対する意思表明の手段として,日本尊厳死協会の「尊厳死の宣言書」14)が普及しているが,その他にも,「私の四つのお願い」15)や,「私の 生き方連絡ノート」16)なども普及し始めている. また,透析患者17)や進行性側索硬化症患者用18)の事前指示書も作成されている.
Y.日本老年医学会立場表明2012 について
日本老年医学会は,2001 年に立場表明を発表し たが,その後10 数年の間に,医療を取り巻く環境が変化し,特に,医師主導の医療から,患者主 導の医療へ転換したことを受けて,2012 年に新たな立場表明を発表した19).それによると,すべての人は,人生の最終局面である「死」を迎える際 に,個々の価値観や思想・信条・信仰を十分に尊重した「最善の医療およびケア」を受ける権利を有するという考えから,学会として,「高齢者の終末期の医療およびケア」に対して,以下の11 の考えを表明した
 ( 1 )年齢による差別(エイジズム)に反対する
 ( 2 )個と文化を尊重する医療およびケア
 ( 3 )本人の満足を物差しに
 ( 4 )家族もケアの対象に
 ( 5 )チームによる医療とケアが必須
 ( 6 )死の教育を必修に
 ( 7 )医療機関や施設での継続的な議論が必要
 ( 8 )不断の進歩を反映させる
 ( 9 )緩和医療およびケアの普及
 (10)医療・福祉制度のさらなる拡充を
 (11)日本老年医学会の役割
Z. 高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドラインについて
日本老年医学会は,上述の立場表明に加えて,「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン:人工的水分・栄養補給の導入を中心とし て」を発表した7).このなかでは,特に胃ろうや中心静脈栄養等について,高齢者に対して,実施すべきか否かを臨床倫理的観点から考えるべきであると述べ,「生命維持につながる医学的介入の差し控えおよび中止については,確かに現場の医療 者に倫理的および法的問題になるのではないかという懸念がある.他方で,患者の状態によっては生命維持をすることに倫理的問題を感じてもいるのが現状である.」と,冒頭で説明し,さらに,解 説のなかで,「生物学的生命自体の価値と物語られる人生の価値」と,生命の二重構造理論20)に言及している所が注目に値する.
[. WHO 高齢者に対する緩和ケアガイドラインについて
WHO(世界保健機構)は,世界的な高齢化および,高齢者にがん以外の疾患での死亡が多いこと,高齢者に求められるケアは多種多様であるこ となどを挙げ,緩和ケアの対象を,悪性疾患のみではなく,慢性疾患に罹患し,余命の限られた高齢者にも適応すべきであるとして,2011 年に「高齢者に対する緩和ケアガイドライン」を発表し た21).このなかで,国民全体への教育,医療者への教育,認知症患者に対する緩和ケアの重要性,事前指示を含む事前ケア計画の重要性などが述べられている.
\. 病院内倫理コンサルテーション(Hospital Ethics Committee;HEC)について
現代の医療現場,特に,いままで述べたように,高齢者・慢性疾患の医療現場には数多くの倫理的問題点があり,従来の医学教育で身につけてきた知識だけでは対応できなくなってきている.倫理委員会を設置していても,主たる業務が研究審査 である(Institutional Review Board;IRB)場合が大多数で,アメリカでは珍しくなくなった倫理コンサルタントを配備している病院は日本国内には 数少ない.筆者の勤務する野村病院では,倫理委員会の機能に,IRB としての機能と,HEC の機能を規定し,バランスよく機能している22).当学会では,学会期間中に模擬倫理コンサルテーション のセッションを予定しているが,加えて,各地で,小規模な講演会等を開催しながら,学会員に病院 内倫理コンサルテーション運営のノウハウを提供していく予定である.また,筆者も活動メンバー の一員であるが,全国からの倫理相談をWEB 上で受けつける「臨床倫理支援・教育プロジェクト」 が熊本大学を中心に運営されているので,積極的に活用してほしい23)
].今後の展望
いまや,全国各地域に在宅診療を行う医師,訪問看護師,地域包括支援センターのスタッフ・ケアマネージャー達による小規模な連携グループは 数多く構築されているであろう.また,市区町村も,自助・共助・公助をキーワードに,高齢者を見守るプランを実施している.そして,地域には,高齢者を支えようというボランティアやNPO な ども,活発に活動をしていることがみてとれる.
これから迎える,世界にも類をみない超高齢社会に対応するためには,これらの各種団体の連携を深め,高次元の地域包括ケアシステムを構築す べきであり,そのための援助を積極的に行うのが当学会の大きな役割ではないかと思う.
文  献
1) 厚生労働省:平成23 年(2011)人口動態統計(確定数)の概況(http://www.mhlw.go.jp//toukei/saikin/hw/jinkou/kakutei11/index.html)(2012).
2) 総務省統計局:総務省統計研修所編集「日本の統計2012」(http://www.stat.go.jp/data/nihon/02.htm)(2012).
3) 高齢者介護研究会:2015 年の高齢者介護;高齢者の尊厳を支えるケアの確立に向けて.(http://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/kentou/15kourei/index.html).
4) 三鷹市:三鷹市自治体経営白書2011(http://www.city.mitaka.tokyo.jp/c_service/024/024761.html)(2011).
5) Van der Steen JT, Lane P, Kowall NW, et al.:Antibiotics and mortality in patients with lower respiratory infection and advanced dementia. J Am Med Dis Assoc,13(2):156.161(2012).
6) Givens, et al.:Survival and comfort after treatment of pneumonia in advanced dementia. Arch Intern Med, 170 (13):1102.1107(2010).
7) 日本老年医学会:高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン 人工的水分・栄養補給の導入を中心として.日本老年医学会雑誌,49(5):633.644(2012).
8) Beauchamp T, Childress J:Principles of biomedicalethics. 5th ed., Oxford University Press, NY(2001).
9) Renal Physician Association, The American Society of Nephrology:Shared decision.making in the appropriate initiation of and withdrawal from dialysis. Renal Physician Association, Washington D. C(. 2000).
10) 清水哲郎:高齢者終末期の意思決定プロセス.Geriat Med, 47:439.442(2009).
11) Sehgal A, Weisheit C, Miura Y, et al.:Advance directives and withdrawal of dialysis in the united states, Germany and Japan. JAMA, 276:1652.1656(1996).
12) Miura Y, Asai A, Nagata S, et al.:Dialysis patients’ preferences regarding caridiopulmonary resuscitation and withdrawal of dialysis in Japan. Am J Kidney Dis,37:1216.1222(2001).
13) Miura Y, Asai A, Matsushima M, et al.:Families’and physicians’predictions of dialysis patient’s preferences regarding life.sustaining treatments in Japan.Am J Kid Dis, 47:122.130(2006).
14) 日本尊厳死協会:(http://www.songenshi.kyokai. com/,2012.2.7).
15) 箕岡真子:医療のための事前指示書;私の四つのお願い.ワールドプランニング,東京(2011).
16) 自分らしい生き死にを考える会:私の生き方連絡ノート.EDITEX,東京(2010).
17) 三浦靖彦,浅井 篤,細谷龍男:透析導入時における事前指示.(日本内科学会認定内科専門医会編集)より良いインフォームド・コンセント(IC)のために,254. 258,日本内科学会認定内科専門医会(2003).
18) 荻野美恵子:ALS 医療と事前指示書.医療,59(7):389.393(2005).
19) 日本老年医学会:「高齢者の終末期の医療及びケア」に関する日本老年医学会の「立場表明」2012.日本老年医学会雑誌,49(4):381.384(2012).
20) 清水哲郎:生物学的<生命>と物語られる<生>;医療の現場から.哲学,53:1.14(2002).
21) World Health Organization:Palliative care for older people;better practices(. http://www.euro.who.int/__ data/assets/pdf_file/0017/143153/e95052.pdf).
22) 三浦靖彦,川崎彩子,土屋晶子ほか:一般病院における終末期の治療方針の決定;病院内倫理コンサルテーションの設立・運営について.病院,70(10):742.746 (2011).
23) 臨床倫理支援・教育プロジェクト:(http://www.clethics.jp/).

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