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 分科会 > 10.倫理教育
 
医療者・介護者を対象にした臨床倫理教育の試み
稲葉 一人(中京大学法科大学院,元大阪地方裁判所判事)
日本臨床倫理学会のひとつのモットーは,「現場の事例を解決する」「現場に出ていくこと」であると筆者は考えるが,そこで,このモットーに即 した具体的(現実に実施している)臨床倫理教育の試みを示す.
T. 医療者・介護者を対象にした倫理教育の概要
2 日間にわたる本講座(対象はS 関連病院で開催)は,「座学」として,「医療倫理,特に臨床倫理の範囲や,考え方」「臨床倫理問題の解決のための4 分割法」「医療事故を含めた医療者の義務と事 故」「グループワークやロールプレイなどを中心とした,患者と家族の関係,医療者間の関係も含めて,人間関係を調整するトレーニング」「事例検討 会」で構成されており,知識だけでなく,現場で解決する能力や,対話の調整ができる病院等の倫理 リーダーを養成することを通して,より「質の高い医療」を目指す.
倫理の問題では,座学,つまり知識だけでは,現場の問題を解決することはむずかしい.本講座で学んだ原理・原則とともに,現場で関係者が集 まって事例の検討会をするときに必要な能力の定着までを本講座の目的とする.倫理的な配慮ができるだけでなく,医学的なこと,法についても考 える力をつけ,同時に対話力を有する人を,ここでは,「倫理リーダー」と呼ぶ.
事例検討会には,現在困っている事例を表出することで,悩んでいる人を支援するという目的も ある.いままでいえなかったが,ここでいえたということもあり,事例を表出してくれた人が多角的な視点をもてるようにサポートをする事例検討会は,この講座では必須である.
U.期待と不安
講座の参加者には,事前学習として「この講座 に期待していること」「現在不安に思っていること」を書いてもらう.明日からの臨床で使えることを学ぶためには,自分がここにきた目的を「言 語化してみる」ことは大切な作業である.不安も抽象的なものではなく,具体的な不安を書き,見える化をする.一部紹介する.「日々の業務や技術や手順に終始しがちなため,自分を含めてスタッフが日常的にどう行動したら考えを深めていける のか学びたい」「現在臨床で求められている倫理基準を理解したり,実際に行っているがん終末期の 患者の治療の差し控えについて学んでいきたい」という期待がある反面,医師の方からは「根拠や 後ろ盾となるような自分を守る方法を知りたい」という率直な意見もある.医師は侵襲性の高い治療をするため,そのミスが人の命に直結する場合 があり,法的責任が頭をよぎることは仕方がない.さらに「日常診療に際して,自分がしている行 為を疑うような自分になりたくない.自分を向上 させるよい機会」などの意見もある.他方,不安で は,「自分が正しく講座を理解できるのか,またそ れをどのように現場に還元していくのか」「ご家族 の対応を反映させることは比較的うまくいくと思 うが,同僚などと認識の共有が可能かどうか」な どがあり,対患者の問題よりも,組織のなかの意 思疎通や決め方が問題という指摘は注目したい. 講師陣はこのようなさまざまな意見をすべて理解 したうえで,この講座をカスタマイズする.そし て,このプログラムに対する評価は,参加者の期 待や不安が,修了後に「満足した」「期待が高まっ た」,そして,「不安がちょっと小さくなった」「講 座を受けた甲斐があった」といったときに,初め て成功といえるのである.
V. 自分たちの倫理への「気づき」のレベルを知る
参加者や参加者の所属する病院や施設の倫理に関連するレベルがどの程度なのかから考える.どれに当てはまるであろうか.
(1) 倫理問題に気づけない.患者の人権について知らない.
(2) 倫理問題に気づいても,解決する方法がなかなかわからない.
(3) 職種を超えた医療従事者間や患者家族と,どのように対話協議を進めればよいのかわからない.
(4) たどり着いた方針を,病院や施設,在宅で実施するための多くの困難がある.
一般的にどの病院も(1)〜(2)のレベルではないかと思う.倫理の問題について考えていく,と同時に,倫理の問題は一体どれくらいの広がりが あるのかというのも,実は大きな問題である.私たちは,「倫理的ジレンマ」(倫理問題)は,「おかしいな」「違和感がある」「一貫しない」と感じたときにあると考えている.
講座では,倫理問題について知るということ,それから,どう解決していくかについて理解して もらうことがスタート地点である.協会や職能団体などにすでにあるいくつかのルール,判断するための指針のようなものも知識として学ぶ.
W. ガイドラインは判断リスクの高い問題にある
今日私たちが考える臨床領域の「日常診療に潜む倫理問題」とは,非常に範囲が広いにもかかわらず,これを取り扱うための法律(法律があると, 判断リスクをある程度吸収してくれる)がない.しかし,「妊娠中絶」や「出生前検査」「延命治療」「治療拒否」など,患者家族にとっても,医療者にとっても,決断がむずかしい,つまり,判断リス クの高い問題には,ガイドラインがたくさんある.このガイドラインについても学ぶ.
X. 倫理問題とは何なのか,それを解決するとは
倫理問題とは,多くは,患者と家族の意思決定に関する問題で,ここでは,この意思決定を医療者が支援するという観点からみるため意思決定の支援プログラムを理解し実践することである.医 療者も含めていっしょに意思決定することも(sheared decision making)あるであろうし,たとえば,治療の適否ということが倫理問題であることは確かであるとしても,患者がどういう治療を するのか,どういう人生を選ぶのかという意思決定を支援することも,倫理問題を解決することの一面である.
Y. 倫理面から臨床現場を支える活動:人材養成とアドバイス
このような臨床現場を支える人材養成活動を,筆者自身は東京大学医学研究科で10 年間くらい 続けてきた.それが,生命・医療倫理法教育センター(UT−CBEL)で,本講座は,そこでの実践か ら多くの影響を受けている.また,外部のアドバイス型倫理コンサルテーションがある.これは熊 本大学の臨床倫理・支援教育プロジェクトで,この倫理コンサルテーションに相談内容を送ると, 法律家,倫理学者,医師,看護師などからなる臨床倫理支援チームが通常1 週間以内に答えを出し てくれ,私もこの活動に長年かかわっている.
Z. 9 割の病院が倫理コンサルテーションを必要としている
アメリカは,1960 年代の後半から倫理の問題についてコンサルテーション(チーム以外の専門家が助言をする仕組み)をするという考え方が広がり,現在,400 床以上の病院ではほぼすべてが倫 理のコンサルテーションのプログラムをもっている.日本では1996(平成8)〜1997(平成9)年にかけて行われたアンケート調査で,医療現場で生じ る倫理的な問題に対する助言や判断などの支援の必要性があると回答した病院は8 割くらいであっ た.さらに,2004(平成16)〜2005(平成17)年に再度,「日本の病院における倫理コンサルテーションの現状」について調査が行われ,「あなたの 病院には,臨床現場で生じる個々の症例の倫理的問題(末期患者の治療の停止,病名告知,リビングウィルなど)に対して助言を行う仕組み(倫理コン サルテーション)がありますか」という質問に対して,倫理コンサルテーションの体制は「ない」と回 答した病院が75%以上,「ない」と回答した病院は「臨床現場で倫理的問題が生じた際,どのように 対応しているか」という質問に,「科長などの責任ある立場のものが判断する」が74%,「現場の医師 の判断に任せる」が37%,ケースカンファレンスで検討するが20%であった.
一方,体制が「ある」という回答の8 割が,倫理委員会で定期的に,必要に応じて検討するとしている.しかし,倫理委員会は機敏に動ける機関ではないし,臨床で起きた倫理問題を解決するに は,あまりに「重い」仕組みである.他方,コンサルテーションの必要性を聞くと,1996−1997 年調査より増えて,必要であるという回答が9 割近く ある.その理由としては,「第三者として客観的に問題を分析し,論点を整理してほしいから」「医療 不信を軽減させたいから」「医療訴訟を未然に防ぎたいから」などが挙がっている.
また,「いままであなたの病院の診療において倫理的な問題が生じて困った経験はありましたか」という質問には,「ある」という回答が92 件 (36%)あり,内容的には「宗教上の理由による輸血拒否に関する問題」「臓器移植の是非」「小児や終末期患者の治療の中止」などがある.
これらをみると,倫理問題は,「多くあり」「その解決の必要性は高い」が,「対応するプロセスや仕組みや人材」が十分ではないという姿がみえる.
日本医療機能評価機構は,病院機能評価第3 版から,「診療の倫理の確立」として,倫理上問題となる症例などについて検討する仕組みを評価内容に加え,このことが,臨床倫理への関心に対する 追い風になっている.
[. 現場派遣型臨床倫理教育プログラムでの事例検討会の開催
倫理問題というと,臓器移植などを思い浮かべるが,一方で,日常診療で起こる倫理的問題,たとえば,医師がうまく説明ができず患者からクレームが出そうな事例や,医療者間でコミュニ ケーションがうまくいかなかった問題,透析など長期にわたる治療をどこで導入し,中止できるのか,などの,病院施設で何度も繰り返し行われ,医療者自身が,なにかおかしいなと思いながら, 口に出せない,医療の現場で対話できないでいる問題がある.それを解決するために,私たちは,臨床での対話の場をつくり,いっしょに対話しながら学んでいく,現場派遣型の臨床倫理教育プロ グラムを提案している.臨床倫理キャラバン隊・事例検討会といって,私たち,メンバー3 人ぐらいが病院に訪れて,院内の具体的な事例をいっしょに考えるというプログラムで,症例検討シー トや4 分割法を使いながら行う.
本講座でも,私たちのメンバー(倫理教育を受けた「法律家」「医師」「看護師」)が,参加者といっ しょになり,「PEG の導入の事例」「透析の導入と中止の事例」「抑制と拘束の事例」「家族が告知を望まないなどの事例」「DNAR の事例」などの具体例を基に,事例検討会を行う.参加者が事前に提示した実際の事例も,個人情報に配慮したうえで使い,その経験を生かして,病院で事例検討会をす る,あるいは簡単な問題についてはコンサルテーションができる,そういう倫理リーダーを育てたい.
プログラムの内容は下記のとおりである.今後も改善を続けていきたい.
 
1 日目 (min) プログラム内容
11:00−11:10 10 開会挨拶/講師紹介
11:10−11:20 10 アンケート記入・回収
11:20−12:20 60 「日常診療に潜む倫理問題とはなにか」
倫理問題の広がりを知る
倫理問題にどのように気づくのか
医療において真の問題とはなにか
12:20−13:20 60 昼食
13:20−14:20 60 「医療倫理の原則と重要概念」
4 原則等
14:20−14:30 10 休憩
14:30−16:00 90 「臨床症例の倫理的検討法」
4 分割法,SGD
16:00−16:10 10 休憩
16:10−17:40 90 「終末期の倫理と法」
事例を基にした相互方式
17:40−18:00 20 休憩・イブニングセミナー準備
18:00−19:30 90 イブニングセミナー
「がんの告知について」
意思決定の支援 講師によるプレゼン,討論会
2 日目 (min) プログラム内容
9:00−10:00 60 「医療者の義務と事故」
応召義務,届出義務,守秘義務 過失,説明義務(インフォームドコンセント)
10:00−11:00 60 「人間関係調整の技法」
コミュニケーションの構造と確認 4 つの懸念と 2 つの基本的要求 言い換えと開かれた質問
11:00−11:10 10 休憩
11:10−12:40 90 「Step 1 共通事例で事例検討会を経験しよう」
進行は講師が行い,メンバーにも入る
12:40−13:40 60 昼食
13:40−15:10 90 「Step 2 共通(個別)事例でサポートを受けながら事例検討会を実施してみよう」
進行は受講生が行い,講師が補助する
15:10−15:20 10 休憩
15:20−16:50 90 「Step 3 個別事例で事例検討会を実施してみよう」
進行は受講生が行い,講師は,オブザーバーとして参加する
16:50−17:00 10 アンケート記入
17:00−17:10 10 閉会の挨拶

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