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イラクとの交流 日本イラク医学生会議では、日本で収集した医学雑誌をバグダッド大学に贈呈。さらに、同大医学部の学生らと、日本やイラクの医療事情に関わる知 見を交換している。 |
| 第1回訪問団(1996年・夏)は6名でした.左から高山(山口大),新谷(浜松医科大),山中(志賀医科大),難波江(浜松医科大),末石(愛知医科大),西(九大). |
| バグダッド大学医学部へ寄贈した約60冊の医学書。医学書は一冊一冊が大きいので、なかなか大変な荷物になりました。湾岸戦争以後、経済封鎖で新しい医学情報が手に入らなくなっていたので、学生はもちろん先生方も大変喜んでくださいました。 |
| 第2回訪問団(1997年・夏)は7名でした.立っているのは,左から高山(山口大),長谷川(九州大),大田(東京大),真弓(当時無職),喜多(三重大),西嶋(山口大).座っているのは新谷(浜松医科大)です. |
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イラクの国境ゲートにて. なぜか我々はVIP待遇なのです. 「待っとれよ,フセイン!」 |
| イラクの夜明け.砂漠の向こうには封鎖された独裁国家があるという. |
| ヨルダンの首都アンマンから,陸路12時間.バグダッドに到着.なんか見覚えのある塔がよぎる. |
| バグダッドホテルから,まずは街へ繰り出そう. |
| バグダッド大学の医学生らと学術交流.訪問団のメンバー各自が約10分のプレゼンテーション.日本の高齢社会の話題や東南アジアの医療状況など,さまざまな話題にもりあがりました. |
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記念撮影. 封鎖だけが戦争を抑止するのではない.私たちのやり方は相互理解です. |
| バグダッドからさらに南下,クウェートに隣接するバスラへ向かった. |
| バスラでは外国人の姿は皆無.行く先々で歓迎していただいた.写真は,昼食を取ったレストランで,新谷が料理の指導?を受けているところ. |
| こうしてイラクでの1週間は あっ という間に終わりました.イラク市民の皆さん,学生の皆さん,厳しい状況下にありながら,最大限のホスピタリティを本当にありがとうございました. |
| 再び,砂漠を超えてヨルダンへ戻ります.いま,花の咲かないこの道だけが,イラクがもつ世界との唯一の接点なのです. |