■ 嫌煙の時代で(前編) ブータンがめざす『完全禁煙国』

2003年11月10日


◆完全禁煙国の誕生

 ヒマラヤの小国ブータンが年内にも国内全面禁煙の方針を打ち出し、注目を 浴びている。

 ブータンでは、すでに国内のほとんどの地域でたばこの販売が禁止されてい るが、空港の免税店を含めて販売を禁止し、かつ自宅での喫煙も違法化するこ とに成功すれば、これは確かに世界最初の『完全禁煙国』の誕生ということに なる。「最後の難関だが、完全禁煙を実現して国民の誇りにしたい」とはニドゥ ブ保健教育相の言葉。世界的な嫌煙ブームの流れの後押しを得て、公衆衛生の 立場からも画期的なことであると、ブータン政府の意思表明は好意的に受け止 められているようだ。

 あまり国際社会の表舞台に登場することの少ないブータンであるが、その国 土は九州とほぼ同じ大きさ、そして人口は約66万人にすぎず、これが大国の中 国とインドに挟まれた形になっており、たしかに地図で見つけるのにも苦労す るほどだ。

 また、国家としての歴史も浅く、1907年に豪族ウゲン・ワンチュクが現王国 の基礎をつくったのが始まりとされている。現在も絶対君主制で、現国王は 1972年に16歳で即位したジグメ・シンゲ・ワンチュクである。

 その王国が完全禁煙国をめざすというわけだが、その背景には単純ならざる 事情があるようだ。そして、このブータン政府の試みと国際社会の反応の仕方 には、この「嫌煙の時代」を映す独特の空気が流れていると僕は感じている。

 今回の国際保健通信では、ブータンの麻薬問題、民族問題という切り口から 『完全禁煙国』という挑戦について客観的に評価し、さらに世界的な嫌煙ブー ムの意味について考えてみたいと思う。

◆タバコとドマ、そしてカンナビス

 タバコは明らかに精神に作用するドラッグであるが、ブータンには他に2種 類、ドマとカンナビスというドラッグが広まっている。

 まず、ドマであるが、これはビンロウジュの実と練った石灰をキンマの葉っ ぱで包んだものを噛んで吸収する。興奮性のドラッグで、噛みタバコの強力な ものだと理解していただいて構わない。ブータン国内ではタバコの比ではない ぐらい浸透していて、安く道端で売られており(1個1円強)、公共の場でも クチャクチャ噛んでいる人は珍しくない。

 僕もこのドマを噛んだことがあるのだが、これが非常に不味かった。苦くて しかも舌がしびれる。そして気持ちの悪い赤い唾液がダラダラと出始めるのだ が、この苦い汁を吐き出しながら道を歩かねばならない。習慣性を得る前に、 二度とやらないと決意させるに十分な不快感であった。

 ところが、このドマがブータンでは文化として定着している。たとえば、恋 人同士がプロポーズのときに高級ドマをプレゼントする習慣があるとか。もっ とも、若い世代ではドマ離れがはじまっているというが、中高年のブータン人 なら皆このドマを1日中愛用している。道端には、あちこちに血を吐いたよう な跡が残されている。このドマ、頭が冴える効果もあるが、高地に住むブータ ン人としては血行を促進させ、体を温める効果があることも愛されている所以 かもしれない。

 ブータン完全禁煙化を理解する第一のポイントは、このドマの存在だ。タバ コよりも強力なドラッグが、輸入品であるタバコよりも圧倒的に安く手に入る わけであり、そもそもブータン人はタバコを吸わないのだ。ブータン保健教育 省では喫煙率約1割と見積もっているようだが、そのほとんどが外国との交流 があり、免税タバコを買うことができるような比較的裕福な商人(インド・ネ パール系住民)であろうことは想像に難くない。

 さて、本当のところ、保健教育省が頭を悩ましているドラッグはタバコでは ない。それはカンナビスという南アジアの大麻である。カンナビスは、マリファ ナより弱く、ハシシよりも強い麻薬で、ブータンには普通に自生しており、国 中で簡単に入手することが可能である。ブータンでは煙を吸うという嗜好法が 知られていなかったため、つい最近までカンナビスの吸引は行われていなかっ た。また、カンナビスを喫煙できるように乾燥加工するのにも多少の工夫が必 要だったのだが、タバコの葉に混ぜることで喫煙が容易であることが知られる ようになり、いま、次第に若者たちを中心に広まりつつあるのが実情だ。ちな みに、カンナビスを喫煙してからドマを噛むと、そのドラッグとしての効果が 相乗的に高まること(マリファナとコカインのカクテルと同じ理屈)もまた、 その広まりに拍車をかけているようだ。

 これが第二のポイントである。ブータン保健教育省のリンチェン・チョペル 医師は、こう述べている。

「カンナビスなど、つい数年前までブタが好んで食べる程度だった。ところが、 この1、2年のうちに急速に若者たちに喫煙が広まっている。状況はあまりに も急速かつ危険である。この流れを絶つためには、喫煙そのものを制限してゆ くしかない」

◆ドゥルクパとロチャンパス

 最後のポイントとして、ブータン独特の民族問題が隠されている。

 まず20年ほど時代を遡ってみたい。

 ブータンはチベット系のドゥルクパがその60%、ネパール系のロチャンパ スが25%を占めていた。ところが、王家を含む多数派のドゥルクパは、彼ら の言語であるゾンカ語の普及とゾンカ服の着用を義務づける法令を発したので ある。

 ブータンは、政治的にも文化的にも巨大な2つの大国に挟まれた弱小国とい う現実がある。そのためには、何としても自国文化を死守せねばならない。も し、インド風の文化が流入して、ブータン国内がインド化してしまえば、あっ という間にインドに飲み込まれてしまうことになるだろう。こうした脅威がブー タンを強硬な文化保護的政策へと導いたのかもしれない。

 しかし、もう一点、ブータン王家がネパールの近代化状況に懸念していたこ とも無視できない。観光客の増大によりカトマンズの人口は倍増し、街は汚染 されていた。地方でも、木が切られ自然は失われつつあった。たしかに、チベッ ト仏教徒のドゥルクパは、彼らほど自然信仰の厚くないヒンドゥー教徒のロチャ ンパスによって、この失敗が繰り返されるのを警戒していたのかもしれない。 だが、ブータン王家が最も警戒していたのは、シッキムやインドのネパール人 民族主義運動の国内への波及、そして、90年のネパール本国の民主化の波が ロチャンパスによってブータンにもたらされることだった。

 実際、90年以降、ブータンでもロチャンパスを中心とした民主化要求運動 が活発になってきており、王政批判が強く出され、一部には学校や病院、政府 機関などを襲撃する動きすら出てきていた。こうした民主化運動を王家が弾圧 する手段として、ロチャンパス文化の違法化が打ち出されたのだ。

 ブータン政府がどのような激しい弾圧をしたかは、UNHCRらブータン難 民を支援している団体の報告を参照していただきたい。ただ、僕自身も1996年 と97年の2度、ブータン難民キャンプを訪れているが、ロチャンパスのしきた りで結婚式をあげたために処刑された新婚夫婦の話や、ゾンカ服の着こなしが 下手だということで拷問にあった老人の話などを直接に聞いている。

 ともあれ、こうして約8万6千人ものロチャンパスが難民としてネパール国 内に、約2万5千人がインド国内に避難しているのだ。風光明媚な秘境であり、 単一文化を育むブータン王国とはこうして実現していったわけだ。ついでだが、 日本政府はODAを投入して、ドゥルクパ文化を積極的に支援している。たと えば、各小学校にゾンカ語のタイプライターを贈与したりしており、これは日 本でも何度か美談としてTV報道されている。しかし、僕はそれを観ながら 「ロチャンパスの子供たちは、いったい何を感じているだろうか」と、複雑な 気持ちにならざるをえなかった。ドゥルクパ文化を守ること自体に僕も異論は ない。しかし、援助とはやはり、どこかに矛盾をはらんでしまうものなのだ。

 さて、今回の『完全禁煙国』との関わりである。

 実は、喫煙文化を宗教的にも「悪」とみなし、排除しようとしているのはドゥ ルクパである。それは、彼らがそもそも喫煙習慣がほとんどないヒマラヤ山岳 民に由来するからでもあるだろう。一方、低地民であるネパール系住民には、 15世紀頃から喫煙が広まっているという事情がある。これも余談だが、世界 で最も喫煙率が高い街はネパール西部のジュムラということだ(喫煙率:81〜 94%)。

 ブータンの喫煙率は約1割ということだが、少なくとも「いったいそれが誰 なのか」を検討してから喫煙違法化を評価するべきだろう。支配的な特定の民 族が、少数派を抑圧する手段として打ち出された可能性は、これまでのブータ ン政府の手法と照らしても無視しがたいものがある。

 いや、そもそも『完全禁煙国』という発想そのものに、専制的な危うさが漂っ てはいないだろうか。この声明をもってブータン政府が露呈しつつあることは 何なのか。それは、世界的に広まりつつある嫌煙の波のなかで、ひそかに感じ る不安と不可分ではない。次号では、嫌煙運動をキーワードとして、人類とタ バコという厄介な腐れ縁について僕なりに検討してみたいと思う。

【高山義浩】


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