■ カンボジアレポート(6) 「国際協力の成果」とは?

2002年4月7日


◆調査しあう関係

 国道4号線からティンスララゥ村への小道を歩いて、最初に行きあたるのが 村長の家である。村長はもっぱら、高床式家屋の下につられたハンモックに揺 られており、僕が村へと入るのをみると決まってこう叫ぶ。

「チョール レーン!(寄ってけよ!)」

 この言葉には、村長の責任感と好奇心とが入り混じっている。僕がこの村で 調査をすることを申し込んだとき、村長は結局のところ「僕がナニをしたいの か」を理解しないままだった。まあ、これは僕のせいでもある。僕もまた「自 分がナニをしたいのか」よく分かっていなかったのだから・・・。

 「それが何になる」と、僕が調査を申し入れたとき村長はこう言った。

 「何が起きているのかを知りたいのです。きっと何かが起きている。つまら ない事かもしれません。でも、僕はそれを一生の宝にするつもりです」

 僕がこう言うと、村長はなにか珍しい毛並みの動物でも見るみたいに、しば らく僕の風体をじろじろ見て、たばこを口にくわえていた。

 しかし、村長は僕の申し出を受け入れてくれた。最初、僕はそれを彼の優し さと理解していたのだが、やがて、もっと別の理由があることに僕は気付かさ れた。すなわち、村長は、日本人である僕を調べるために受け入れたのだと。

 確かに最初の2週間ほどは、どっちが調査者か分からぬほどだった。僕が質 問をはじめる前に、村長からも、村人からも、じっくりと質問される。曰く 「お前は何歳だ?」、「結婚しておるのか?」、「学生というが、こんなとこ ろで遊んでいて親は泣いていないか?」などなど。村に通って1ヶ月もたった 頃には、「あいつがナニしに来たのかよくわからんが、まあ害にもならんよう だし、好きにさせよう」という結論が、村長をはじめ村人たちにも出ていたよ うで、僕自身の素性にまつわる質問はあまり聞かれなくなった。

◆村長の本音

 村長が僕について、おおよそ調べあげ、彼なりに合点が行った頃のことだ。 村長は、僕にひとつの本音を漏らしてくれた。

「お前が来たときな。俺たちゃ、ちょっと期待したんだよ。あぁ、ようやく俺 の村にも日本人が来たぞってね。お前が蚊帳(かや)を持ってくると思ったの さ」
「蚊帳、ですか・・・ そういえば、村の方々からも何度か聞かれました。蚊 帳はいつ持ってくるのって」
「気にせんでもいいんだ。お前はNGOとは違う。そうだろ。でも、最初はな、 お前が蚊帳を持ってきたんだと、みんな思ったのさ。ただでさえ、今年は村の子 供たちがたくさん死んでいる。みんな、しびれを切らしていたからね」

 たしかに村に入った当初、僕は「蚊帳がほしい」と何度となく村人たちから 言われたものだった。僕は単純に「マラリア対策のための蚊帳のニーズが高い のだろう」とだけ、勝手に解釈していたのだが、実は話はそんなに単純ではな かったようだ。村長の話を総合し、あとで僕が調べたことを付け加えてみると こういうことになる。

 はじまりは、ある日本のNGOが蚊帳の配布プロジェクトを実施したことに ある。僕が、このNGOに事実関係を問い合わせたところ、こういう説明を受 けた。

「4000帳の蚊帳がWHOから譲渡されたんですよ。たぶん、何かのプロジェ クト後に中途半端に残ってしまって、持て余していたんでしょうね。それで、 マラリアの問題が深刻なコンポンスプー州で活動している私たちの団体に回っ てきたんです。え? あぁ、もう配ってしまいましたよ。だって去年のプロジェ クトですからね」

 事実、ティンスララゥ村のあるコンポンスプー州は、マラリアの蔓延が深刻 な地域である。マラリアとは、蚊によって媒介される感染症で、はげしい寒気 と高熱を来たすことを特徴とする。とりわけ熱帯熱マラリアは昏睡や意識障害 にまで進行し、ついには死に至る怖ろしい病気だ。薬による予防もある程度は 可能だが、やはり蚊に刺されないことが何よりの予防策であり、その意味で 「蚊帳の普及」はこの地域の健康のためには、最も重要な対策のひとつといえ るものだ。

 さて、この日本からのNGOは、WHOから譲り受けた蚊帳をコンポンスプー 州で配布することに決定した。そして、単なるバラマキ援助はしたくなかった のだろう、必要に応じて配布しようと、各世帯をまわり、世帯人数と蚊帳の数 をまず確認し、次いで不足分を補うようにしたとのことだ。これは一見すると、 極めて有効かつ公平な援助である。マラリアの危険にさらされ続けている地域 に、貧富の差を見越して不足分だけを補充するように蚊帳を支援したわけだ。

 もし僕が村からではなく、このNGOからだけこの話を聞いていれば、「な るほど素晴らしい」と賞賛したかもしれない。ところが、現実は思いもよらぬ 展開をときにもたらす。この援助の場合もそうだった。4000帳の蚊帳を配 布するというこのプロジェクトが、結果的に少なからぬ子供たちの命を奪った のである。

◆援助がもららしたもの

 NGOによる蚊帳の配布はコンポンスプー州の一部の村落で開始され、そし て4000帳の全てを配布し終えて、数ヶ月で完了した。そして、このNGO は報告書を作成し、おそらく蚊帳のことは忘れてしまったことだろう。ところ が、配布プロジェクトが実施された地域の周辺の村人たちにとって、このプロ ジェクトが完了したことを知るすべはなかった。だから、彼らは待ち続けた。 いつか、我が村にも日本のNGOが来て、そして蚊帳を配りはじめるに違いな い。そう信じて待ち続けた。それどころか、蚊帳がもらえるとの噂はどんどん 広まり、その配布プロジェクトが行われた地域からは、遠く離れているティン スララゥ村においてすらも、半年を経てもなお、村人たちは日本人が来るのを 待っていたのである。

 日本人を待つ村人たちは、蚊帳を買い控えていた。内戦終結直後の当時、カ ンボジアは未曾有のベビーブームに賑わっており、どの世帯にも子供たちがい て、そして増え続けていた。だから、蚊帳は買い足す必要があったはずである。 ほとんどの村人にとって、蚊帳は手が出ないほどの高級品ではない。しかし、 ぎりぎりの生活をしている村人たちが、「そのうち日本人からもらえるならば、 あえて今、買うこともない」と考えるのはもっともであろう。

 ところが、蚊帳の配布は一部地域に対して実施されただけで終了していた。 やがて、人口は増大し、蚊帳の不足は深刻になってくる。こんなとき、まず、 蚊帳の外で寝るのは、これから一番生き延びる確率の低い幼児である。このあ たりは、シビアな現実である。両親が病気になることは、社会保障制度のない カンボジアでは一家の破滅を意味する。だから、父と母がまず蚊帳のなかで寝 る。次に、仕事を手伝う長男、長女。手のかからない次男、次女。以下、生き 延びてきた順に、生き延びる権利を手にする。

 蚊帳不足はこのように、乳幼児を文字通り「蚊帳の外」にして、マラリアの 危険にさらした。そして、マラリアの罹患率を上昇させ子供たちを死なせていっ たのである(この年、僕が面接した41世帯のなかで、少なくとも8人のマラ リア患者を確認し、3人の乳児死亡を確認した。ただし、これが他の地域と比 して多いといえるのか、また蚊帳不足が原因と言い切れるのかは、サンプル数 が少なすぎるため不明である。よってデータについては附記するだけに留め、 安易な分析は避けようと思う)。

◆国際協力の成果とは

 このNGOは、僕が報告書を作成して提出するまで、このことを知らないま まであった。むしろ、蚊帳を配布した地域の村人たちの声だけを拾いあげ、い かにプロジェクトが成功裏に収まったかを彼らの報告書に盛り込んでいた。

 いま、僕は決して鬼の首を取ったように、彼らの失敗をあげつらおうという つもりはない。このNGOは、素晴らしい活動を重ねてきていたし、いわんや その善意について疑う余地はない。しかし、一歩引いた視点が足りなかった。 活動した地域だけでなく、その周辺にまで配慮する視点が足りなかったのでは ないだろうか。

 実は、このことはNGOに限らず、ODAを含めたほとんどの国際協力活動 に共通した問題点であると僕は思う。どのNGOの報告書も、自身の活動した 地域の評価に留まっている。僕に言わせれば、援助をある村(あるいは団体) にして喜ばれるのは当然である。そして、ほとんどの場合、その村の健康と生 活のレベルは多少なりとも向上する。誰がやるにせよ、その対象だけを見るの なら「すべての援助は成功している」ものである。

 問題は、むしろ援助を受けつづけている(よくNGOが誇らしげに「私たち の村」と呼ぶ)特定の村を横目に、周辺の普通の村の人々が何を思っているの か、どのような影響を受けているのかということ、あるいは、地域の環境、文 化、経済がどう変化しつつあるのかということにある。問題というのは、えて して対象から一歩引いてはじめて見えるところで発生するものだ。だから、 「援助によって村がこう変わりました」という対象だけを評価するような報告 は、まるで干乾びたナスのへたのように凡庸で無意味なものである。

 援助が周辺に及ぼす影響とは、もちろん悪いものばかりではない。たとえば、 僕は水不足に悩むある村で、井戸が掘られるのを観察したことがある。その村 人たちにとって、初めて掘る井戸であったが、しっかりした井戸がやがて完成 した。聞くと、日本のNGOが別の村で井戸を掘っており、それを手伝った村 人から井戸掘りの技法が伝わったのだそうだ。おそらく、そのNGOは単なる ハードとしての井戸を援助しただけでなく、ソフトとしての技法まで援助しよ うと努力したのだろう。このプラスアルファの努力によって、このNGOは、 「1つの井戸を掘りながら100の井戸を伝えた」と言えるかもしれない。

 高校生や大学生のサークル活動ならともかく、専属スタッフを派遣するよう なNGOならば「プロ意識」を持たなければならない。そして、「製品が売れ さえすればいい」という考え方のメーカーが許されないように、NGOもまた 「援助しさえすればいい」ではなく、結果的にそれが「社会や環境に対して、 どのような影響をもたらしたのか」を検証する姿勢をも持つべきではないか。  どんなに精力的に活動しても、所詮NGOの活動は、対象国にとって「点」 に過ぎない。だが、その小さな点が、ゆくゆく染みだすように広がってゆくの だ。そこを見逃してはならない。なぜなら、これこそが本当の意味での「国際 協力活動がもたらした成果そのもの」なのであるから。

【高山義浩】


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