■ アメリカがアフガニスタンを「欲しがる」わけ

2001年9月28日


◆再生産される「ならず者」たち

 いまさら詳しい説明はいらないだろう。

 9月11日、ニューヨークとワシントンで同時テロ事件が発生した。ブッシュ 政権がこのテロ攻撃に対する報復軍事作戦を「高貴なワシ」と命名したのは、 その5日後の16日のことだ。ウサマ・ビンラディン氏の引渡し要求をタリバ ンは事実上拒否しているため、湾岸戦争以来の軍事力行使に向けて、世界が音 を立てて動き出している。すでに内政はボロボロ、財力も軍事力もほとんどな い「ならず者国家」が、今やアメリカを中心とした全先進国の最大の敵という わけである。

 冷戦期のアメリカは世界に軍事基地ネットワークを築き上げ、同盟関係を効 率的に運用してきた。同盟諸国としても、現実に脅威が存在したため、これを 積極的に受け入れてきた。しかし、ソビエトが崩壊し、中国をはじめとする共 産諸国の多くが、国際的な基本ルールを受け入れるようになるに至って、この 同盟システムの必要性は失われつつある。

 明確な敵対勢力が見当たらないのに、なぜ、コストのかかるアメリカの軍事 プレゼンスを支持しなければならないのか、アメリカ人自身を含めて、同盟諸 国は混乱しはじめていた。こうした中、今回のテロが発生した。アメリカに対 する脅威は、同盟諸国を含めたネットワークへの脅威であると再解釈され、ア メリカの軍事プレゼンスについての新理論が構築されつつあるわけだ。

◆崇高な理想と陳腐な現実

 近年のアメリカの軍事プレゼンスは、中東の安定をきわめて重要視してきた。 それは、たまたまそこに石油があるからである。そうでなかったら、湾岸戦争 もなかっただろう。アメリカは軍事力を背景とした世界の基軸国である。アメ リカは強くなければならない。そして不動でなければならない。すくなくとも アメリカ人の多くはそう考えている。だから、アメリカが依存しなければなら ない石油資源を埋蔵している中東は、なんとしても掌握しておかなければなら ないことになる。

 ところが、この中東諸国とは、アメリカの同盟国ではなく、どちらかといえ ば折り合いの悪いイスラム教徒の住む国なのだ。まず、これが中東の不安定要 因であり、世界の不安定要因となっている。

 中東石油に依存し続けるかぎり、石油供給の遮断という危機が、アメリカの 喉元に突きつけられているようなものである。石油は、先進国生活者のあらゆ るところで不可欠な存在となっており、それだけにこの依存は「民主主義」に とっての最大の危機をはらんでいる。アメリカが「自己正義に満ちた動機」で 中東和平に腐心していることは認めてもいいが、しかし、同時進行で中東掌握 のための戦略を遂行していることも事実である。

 民主主義の唱導者と自認するアメリカの矛盾は、湾岸戦争であからさまとなっ ていた。多国籍軍が守ったとされるサウジアラビアとクウェートは王制国家で あり、イラクは共和国家だったからだ。アメリカにとっての自由世界とは、メー ドイン・アメリカの世界である。たとえ、国民によって選ばれた指導者であっ ても、メードイン・アメリカでなければ排除しなければならない。これがアメ リカ流「自由世界への導き」である。

 これからアフガニスタンがアメリカ主導で国際社会に復帰するとすれば、王 制に引き戻されることになるかもしれない。「まさか?」と首をかしげる人は、 カンボジア和平を思い出せばよい。「カンボジア人民共和国」が国連主導でど うなっただろう。北京にいたシハヌーク国王が呼び戻されて「カンボジア王国」 になったのである。資本主義諸国にとって、一番手なずけやすい政治体制だっ たからだ。

 「高貴なワシ」作戦は、確かにテロ撲滅の作戦かもしれないが、ブッシュが 喧伝するような「民主主義の戦い」ではない。この作戦は、民主主義を導くも のではなく、既存の自由世界を守るためのものだ。僕たち日本人がこの作戦に 参加するにしても、まず、このことは承知しておかなければならないだろう。 敵を知る前に、僕たちはまず味方をよく知る必要がある。これは兵法の基礎の はずだ。

 では、アメリカはなぜ、ウサマ・ビンラディン氏とタリバンを同一視し、双 方の殲滅を目指しているのだろうか。

◆崩壊しつつあるサウジアラビア

 アメリカがアフガニスタンを欲しがる話の前に、中東最大の石油供給国サウ ジアラビアの現況について解説しておかなければならない。

 サウジアラビアは、表面的にはアメリカの友好国である。「表面的に」とい うのは、アメリカを友人と考えているのはサウジアラビア政府だけであって、 民衆はそれを支持していないという意味だ。欧米資本主義諸国は植民地支配の 方法論を、こうした途上国に適用することを忘れてはいない。つまり、民衆の 支持が得られにくい国では王制を強く支援して、その王族を抱き込んでゆくわ けだ。

 サウジアラビアの王制は、その国民をカネで手なずけることで維持されてき た。石油の富によって、市民は課税されず、医療も教育も無料である。イラク と違って、サウジ市民には国家への忠誠はなく、苦境を耐え忍ぶことも知らな い。市民は、豊かさを与えるがゆえに彼らの政府を支持してきただけである。

 石油価格が低下しはじめる80年代までは、このやり方に問題はなかった。 だが、80年代初頭は1万7千ドルだったサウジアラビアの1人あたりGDP も、今では7千ドルへと低下している。政府はいまも財政赤字を無視して、国 民へのサービスを続けることで、なんとか支持をとりつけようとしている。だ が、石油による収益が今後改善する見通しはなく、経済の破綻は目前に迫って いる。それはすなわち、王制の破滅を意味している。

 一方、サウジアラビアの宗教界は、延命に躍起になっている王族に極めて冷 淡である。政府が欧米の「不信心な軍隊」を湾岸戦争のとき招き入れて以来、 宗教指導者たちは、王族を含む現政権を疑問視している。もちろん、政府への 宗教的疑問の裾野が広まれば、それだけ宗教的過激派の勢力がましてゆくもの だ。現在、サウジアラビアでは高校・大学卒業者の失業率が25%に達してい るが、そうした就職のあてのない都市部の若者たちを中心に、過激派の活動は 活発になりつつある。

 不満層は他にもある。アフガニスタンでソ連軍を相手に義勇兵として闘った 経験をもつ約800の人々だ。彼らの宗教的信念が、現政権の宗教的不純を見 逃すはずがない。サウジアラビア政府がオサマ・ビンラディン氏を見捨て、ア フガニスタンを叩くアメリカと協調するならば、軍事訓練を施され、殉教を怖 れぬ彼らの反乱は、現王制を大きく揺るがすことになりかねない。

 サウジアラビアの内乱が近いと、ホワイトハウスは踏んでいるのではないか と僕は思う。内乱の導火線は露出しており、その周辺で多様な火花が散ってい る。そしてもし内乱に突入すれば、紛争は石油の管理権をめぐる戦いへと進展 し、油田地帯もしくは精製施設そのものが戦場となる可能性が高い。そして、 この世界最大の産油国の危機は、世界的な恐慌の引き金となりかねない。

 だからこそ、アメリカは中東の石油戦略を大きく改める必要があるのだ。前 置きが長くなったが、これこそが「高貴なワシ」作戦の重要な意図と結びつい てくる。

◆カスピ海周辺の石油資源

 サウジアラビア内乱の衝撃を緩和するには、欧米諸国のサウジ・オイルへの 依存を軽減させる必要がある。とすれば、どこが新たなサプライヤーとして浮 上してくるだろうか。アメリカの覇権に反抗的でなく、新たな開発の余地のあ る国々。それには非常に都合のよい国々がある。すなわち、アゼルバイジャン、 カザフスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンという4つのカスピ海周辺 諸国である。

 1991年のソ連邦崩壊によって誕生した4つの新生諸国には、推定で2千 億バレルの石油が眠っているとされ、その量は、世界最大とされるサウジアラ ビアの埋蔵量に匹敵する。また、トルクメニスタンに存在する天然ガスの埋蔵 量も相当なものだ。102兆立方フィート、これはロシアとイランに次ぐ、世 界最大級のガス資源である。これらの油田・ガス田開発のために欧米石油メジャーが乗り出しているが、技術的には今からでも掘り出せる状態にあるという。問 題は別のところにある。それは、採取した原油と天然ガスを、どのようなルー トで運搬するかということだ。

 現在出てきている案は4つある。中央アジアから中国に至るパイプラインを 建設する計画と、ロシアやトルコなど西方へ通じるパイプラインを建設する計 画、そしてイランを通して湾岸に南下させる計画。しかし、これらの計画では、 中国、ロシア、イランといずれもアメリカに友好的とは言いがたい国々を経由 させねばならず、石油をめぐる不安は解消されがたいだろう。

 そこで石油メジャーが注目しているのが、トルクメニスタンからアフガニス タン経由でパキスタンにパイプラインを通すというプロジェクトである。これ が実現すれば中央アジアの原油、天然ガスを中東を通すことなく入手可能とな る。また、このルートだと、輸送距離も大幅に短縮され、プロジェクトそのも ののコストも抑えられることになる。供給先の東アジアにも近くなる。

 加えて、この石油をめぐる資源開発は、石油建設大手にとっても、流涎のプ ロジェクトとなる。実際、このプロジェクトには500億ドルから700億ド ルの海外投資が必要だと考えられている。中東の尊大な王族に頭を下げながら 契約を更新するよりは、中央アジアのアパラチキ(元共産官僚)を小銭で丸め 込んで新たな開発をする方が、アメリカ経済にとっては安定が見込めるし、な により夢がある。

 ただ、この計画を実現するためには、厄介な連中がいる。それは、言うまで もなく反米的なタリバンだ。彼らが、パイプライン構想のど真ん中でイスラー ム原理主義の理想に燃えている限り、構想は頓挫したままである。彼らはまさ に石油開発の「ならず者」なのである。

◆尻馬にも乗り方がある

 キューバ・イラン・リビア・イラク、そして今回のアフガニスタンと、アメ リカは定期的に「ならず者国家」を指名している。アメリカは唯一の超大国と いう立場を利用して、自らの利益をグローバルな問題への対応としてすり替え、 他国の協調を引き出そうとしている。

 日本だって石油は必要だし、いまのところアメリカが先進諸国の音頭取りを していることは間違いない。だから、現在の日本がとり得る分別ある態度とは、 たしかに「尻馬に乗る」ことだろう。しかし、僕たち日本人はアメリカをよく 観察し、その意図を測りながら「尻馬に乗る」ようにしておかなければならな い。そうでなければ、また湾岸戦争のときのように「あんなにカネを出す必要 があったのか?」とボヤく羽目になる。「アメリカの言うとおりにやっていれ ば、きっと認められる」と信じているのは、まったく見当外れの信仰だ。

 もうそろそろ気が付いた方がいい。アメリカの言っていることはほとんど当 てにならないし、矛盾だらけだ。むしろ日本は、彼らのやっていることをよく 分析してゆくべきだ。そうすれば、ヨーロッパのように上手に尻馬に乗れるよ うになる。望むなら、馬から降りることだって可能になるだろう。

 アメリカにおける日本論者たちは、アメリカが提供している安全保障に日本 がタダ乗りしていると批判する。そして、アジアの民主主義を防衛する責任と コストをもっと日本は負担すべきだと要求する。しかし一方で、日本がアジア での独自外交を進めようとすれば、彼らは必ず横ヤリを入れてくる。日本がア メリカに対する依存体質、従属的な体制を清算しようとすることを決して許そ うとはしない。頑なに沖縄の米軍基地を撤退させようとしないことは、そのひ とつの証左でもある。

 アメリカは自らのリーダーシップに依存する日本を嘆きながら、一方ではこ うした関係の継続を主張しているわけだ。今回のアフガニスタン報復にしても そうである。日本が「主体的に」この戦争に参加することを期待しながらも、 決して「参加しない」という選択肢を許そうとはしていない。

 僕たち日本人は、平和をひたすらに祈ったり、自衛隊派遣を憲法違反だと騒 いだりするまえに、こうしたアメリカの一貫性のなさを批判することから始め るべきではないだろうか。今回のことで永田町を批判するのは簡単だ。しかし、 それではおそらく何も変わらない。むしろ、いま日本人に求められているのは、 永田町が外圧から解放され、もう少し自主的な判断ができるように、国際世論 を形成してゆくことではないかと僕は考えている。

 外交はなにも、永田町と霞ヶ関だけで完結しているわけではない。日本のア メリカに対する依存体質、これを清算するのは政府だけの仕事ではない。むし ろ国民こそに、そういうメンタリティーを自主的に清算することが求められて いる。多くの反戦論者が「憲法があるから派兵できないはずだ」と主張してい る。ここにも依存体質がみてとれる。なぜ「憲法にあるように派兵してはいけ ないのだ」と言えないのか。

 国際情勢を自分の目でよくみる。そして自分の判断をくだし、国内法あるい は国際法による根拠を求める。さらに同意見の人々で世論を形成し、国内外へ の圧力に変える。これが国際問題と関わる僕たち日本人の出発点となるべきだ。 さもなくば21世紀の日本人もまた、前世紀と同様、気づかぬうちに戦争に巻 き込まれ、焼け野原で呆然としていることになりかねないだろう。

【高山義浩・山口大学医学部学生】


記事の目次へ    |   トップページへ
国際保健通信の記事・写真の無断転載を禁じます。