■ 医療の危機管理(4) 機動力のある医療をめざして

2001年6月28日


◆災害医療と自衛隊

 1995年の阪神大震災は、日本の災害医療体制を大きく揺さぶり、そして 成長の第一歩を促すものであった。次いで、同年の地下鉄サリン事件では、自 衛隊の機動性が「官庁間協力」という形で引き出された。

 さらに、1999年6月の三宅島異変では、自衛隊の「自主派遣」が実現し ている。気象庁の緊急火山情報に基づき、住民が三宅島より避難する場面を想 定して、当日のうちに、自衛隊の艦船9隻が三宅島に到着していたのである。 この「自主派遣」とは、危機管理の強化を狙って閣議決定されていたもので、 要請を待ついとまがない場合は、防衛庁の判断で自衛隊が動けることを認めた ものであった。

 このように、災害医療における自衛隊の意義は認められるようになってきて おり、その役割は確実に増大してきている。

 自衛隊には、何もないところで一定期間任務を遂行する能力、すなわち《自 己完結能力》が求められている。このために用いられる装備品は、災害派遣時 にも大いに活躍している。よりよい災害対策には、自衛隊に対する正しい知識 も必要となるだろう。以下、陸上自衛隊の災害派遣に用いられる装備品をみて みよう。


陸上自衛隊の災害派遣装備
野外炊事1号 200人分の炊事を45分間以内に用意可能。また、焼き物を除くあらゆる調理も可能である。大型トラックで牽引されながら、つまり走行しながらの炊飯もできる。
野外炊事2号 40分間で50人分の炊事を用意できる。
浄水セット 浄水能力は1時間に7500リットル以上。
野外洗濯セット 洗濯機、脱水機、発電器、給水ポンプ、乾燥室から構成され、洗濯、脱水、乾燥が同時に可能。
野外手術システム 手術室、手術準備車、減菌車、衛生補給車から構成され、開胸、開腹、開頭術などの初期的外科手術が可能である。1日に10〜15人の手術ができる。
野外入浴セット 浴槽、シャワースタンドがついており、1時間に約100人の入浴が可能。灯油を燃料として、1時間に2000リットルの給湯が行える。

 上記浄水セット・貯水タンク・野外洗濯セット・野外用風呂などの機材が、 全国の師団の補給隊にそろっている(現在、全国には12個師団、1個旅団、 2個混成団が存在する)。

 医療面でも、師団衛生団が上記の野外手術システムや、ベッド数40の病院 天幕などを備えている。全国16カ所の自衛隊病院からの医療チーム派遣も、 状況に応じて考えられるだろう。

◆ネットワークの必要性

 ところで、現在、日本の救急救命センターが地域的に偏在していることを御 存知だろうか。東京、大阪、愛知、神奈川、千葉、北海道、福岡、埼玉のトッ プ8の県で、全体の4〜5割が集中してしまっているのだ。

 いま、仮に関東大震災が起こり、関東圏の救急救命センターが壊滅的な打撃 を受けたとする。すると、関東に発生した大量の傷病者はいったいどこに行け ばよいのだろうか。大規模な救命施設でなければ大量の傷病者には対応できな い。しかし、関東が壊滅した状況では、そのような施設は愛知か、もしくは大 阪にしか残されていないであろう。

 それでは、関東からどのように輸送すればよいだろうか。道路は使い物にな らないだろう。よって輸送距離・速度も考えて、ヘリコプターや固定翼旅客機 が患者輸送の主力になるわけである。

 しかし問題は残る。足場が安定していない場所へのヘリの離発着ができるだ けの安定した足場は確保できるのか。大量の傷病者を運ぶための大量のヘリは 準備できるのか。ヘリの受入れ先にヘリポートはあるのか。大量のヘリが緊急 出動している状況で、混乱なくヘリを飛ばすためのガイドラインはどうすれば よいのか。

 実は、静岡県などでは、学校や広いビルの屋上に、空から見るとよくわかる ナンバーが書かれてある。ヘリでの搬送の際、行く先を示す目安とするのであ る。この様な環境整備が、全国規模で展開されることが期待される。医療の危 機管理とは、このようなインフラ整備でもあるわけだ。

 そして、大規模災害時には官民の協力が必要になってくる。もちろん、民軍 協力(Civil−Military Cooperation)がいかに機能できるかも重要であろう。 現代、「民活をいかに導入できるか」が発展と成功のカギだと言われているが、 これは災害医療においても同様なのである。

 電力、ガス、通信、鉄道などライフライン企業の復旧能力を向上させるべく、 支援しなければならない。あるいは、コンビニ、スーパーなどの身近な小売店 も、被災者に食料や水を供給する緊急のライフスポットとなるわけで、災害時 にパニックを引き起こさないよう、食料供給の方法や優先順位などを決めてお くことが必要である。

 非常事態において、結局、私たちを助けるのは「助け合いの精神」なのかも しれない。この助け合いのネットワークを広域に実現させることが、傷病者の 救命を効率よく実現するための重要な基礎となるのだろう。

◆医療の危機管理

 災害時、多様な部門そして人材が正確な情報のもとに一致協力して活動でき なければならない。しかし、救命のために駆けつける組織間の「使用言語」が 違うという状況を想定しておく必要もある。例えば、イ・ロ・ハの各組織間に おいて、「どのようにトリアージを行うか?」という議題について話し合いを 持つことになったとする。しかし、各組織において、トリアージを行う部門が 何という名前で呼ばれているかも定かではなく、マニュアルも部門ごとに異なっ ているかもしれないだろう。

 イの組織では、衛生隊が担当部署であり、ロの組織では救助隊のなかの選別 班が担当部署であるという状況も考えられる。また細かい用語の使い方が各組 織間で異なる、ということも考えられる。例え同じ日本語を扱っていたとして も、このように各組織間において意志疎通を図るための道具である言葉が通じ にくいことも起こりえるのである。もしも、外国からの救援部隊と意志疎通を 図ろうとするためには、さらなる難しさが加わるわけである。

 つまり、整備されたインフラをスムーズに活用するため、平素の訓練におい て、「使用言語」の標準化を進める必要があるだろう。また、平常時に機能し ている法律・システムでも、ひとたび非常事態となると、救命活動の足を引っ 張ってしまうことも考えられる。今後、以上のような分野において、さらに効 率的なシステムの構築が待ち望まれ、そのためにも平常時の訓練を多様な部門 が共同で実施しておくことが必要となっている。

 医療の危機管理とは、インフラの整備にはじまり、ネットワークの構築、そ して最後に訓練によってこそ機動性を確立しうる。訓練なくして、インフラも、 ネットワークも、いざというとき機能しえないだろう。毎年9月1日、防災訓 練が各地で実施されているが、さらに多くの専門機関、そして一般の方々の参 加をもって、より拡充してゆくことが求められている。なお、現在、すべての 都道府県の防災訓練に自衛隊が参加していることを、付け加えておきたい。

◆おわりに

 以上、災害時の医療体制の課題を4回のシリーズで、医学生かつ自衛隊員で あるという立場から整理させていただいた。このようなレポートを執筆するこ とは不慣れなため、読みづらい部分が多々あったと思う。ここまで読み進めて くださった読者の方々に、あらためてお礼を申し上げたい。

 また、この小論を執筆するにあたり、多くの先生方より貴重な御助言と示唆 を賜った。日本の災害医療、危機管理能力を向上させるため、地道に研究と実 践を繰り返されている方々ばかりであった。ひそやかな敬意をもって、感謝の 言葉に代えさせていただきたい。最後になるが、最終原稿に目を通し、辛抱づ よく編集作業に専念してくださった国際保健通信の高山義浩さんの友情があっ たことも記しておきたい。

 いま現在でも、課題は山積している。しかし私は、こうした先生方の努力、 そして国民の理解と参加を得て、たしかに日本が、危機管理・非常時の医療に おいて成長してきていることを実感している。(完)

【松本佳久・防衛大学医科大学校学生】


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