■ チャンスはどこにある

2001年6月6日


 ヨルダンの首都アンマン、ダウンタウン。東洋系の男がザックを肩に、手を 振りまわしている。何台かのタクシーに無視され苛立っている様子。しかし、 ようやく一台のタクシーが10メートル先に急停止する。男は走って追いつき、 助手席に乗り込む。まもなく車は発車。
乗客  セーフウェイマーケットまでたのむ。
運転手  オーケー!
乗客  おい、メーターがたおれてないぞ。
運転手  メーターは壊れている。
乗客  うそつけ! さっきスイッチ切ったじゃないか。
運転手  お前、何人だ。
乗客  日本人だ。
運転手  じゃ、2ディナールだ。
乗客  何い! 1ディナールでも十分だ。俺は降りる。車を止めろ。
運転手  車は止まらない。
乗客  何だと。がめつい奴だな。
運転手  がめつい? この俺が? このパレスチナ人の俺が、がめついだと。国もない。家族もない。俺は1968年にクウェートで生まれ、クウェート人にこき使われ、1991年にすべてを失い、難民としてここに来た。俺はがめつかったか?
乗客 う〜む。

 車は高級住宅街を走ってゆく。運転手は窓の外を指差しながら、さらに叫び つづける。
運転手  こいつらを見ろ。パレスチナ人を召使いにして、3人も4人も女房をはべらせ、10人もの子供をプールで遊ばせている。ところが、この俺が欲しいのは、たった1人、たった1人の息子だ。でも、お前、結婚するのにいくらかかるか知ってるか? 6000ディナ−ル! 6000ディナールは最低必要なんだぞ。一方、俺の生活はどうだ。この車は1日15ディナールのレンタルで、俺の1日の売り上げは20ディナール。食事とガソリン代、もろもろ引けば1日2ディナール残ってればいいほうだ。いったい何日で結婚資金になる。えーと。えーと。
乗客  3000日!
運転手  そうだ! 3000日だ。あぁ、神さま、わたしに息子をお与えください。

 運転手は両手を天にかかげ、祈りはじめる。乗客は青くなって運転手の膝を ゆする。
乗客  おい! たのむ! ハンドルをにぎってくれ!

 運転手は、我にかえって前のバスをあやうくかわす。乗客は大きく溜息をつ いて、タバコに火をつけ、運転手にも勧める。
運転手  ありがとう。俺の名はサアド。お前は?
乗客  ヒロ。日本の学生だ。お前の話はよくわかったが、俺には関わりのないことだ。

 運転手はニヤリと笑って。乗客の肩に手をまわす。
運転手  俺は日本人が大好きだ。なぜだか知ってるか?
乗客  さあ。
運転手  アメリカに牙をむいたのは、ヒロヒトとサダムだけだ。
乗客  おいおい。
運転手  が、日本は負けた。日本が負けなければ、俺達はこんな目にあわずすんだんだ。
乗客  あれは負けてあたり前だ。勝ち目などもともとなかった。
運転手  負け方が問題だ。ヒロシマ、ナガサキで日本人は女になった。おかげでアメリカはいい気になって、やりたい放題だ。サダムをみろ。戦争で負けても、偉大な男じゃないか。ムバラク、アジズ、アサド、キング・フセイン、みんなアメリカの女だが、サダムは男だ。ヒロ、お前は男か?
乗客  男だ。
運転手  ヒロシマ、ナガサキを覚えているか?
乗客  覚えている。
運転手  じゃあ、アメリカと寝るな。イスラエルを追い出せ。俺は自分の国を見てみたい。
乗客  追い出すって、ユダヤ人はどうなる。
運転手  俺が知るか。海に行けばいい、何なら火に放り込んでもいいさ。
乗客  お前の話はむちゃくちゃだ! いまの日本人は平和が好きだ。お前が中東の平和のために何かする気になったら、日本人は喜んで手を貸すだろう。サアド、そんなんだったら、一生、1日2ディナールだぞ。

 信号停車。ようやく運転手は沈黙する。2人で煙草をくゆらせながら、煙の 行方を追っている。煙は、しばしゆらめいているが、やがて窓の外へすっと飛 び出してゆく。信号が変わり、車は発車。
運転手  実は、俺はドイツに行こうかと考えているんだ。
乗客  ドイツ? そこに何があるんだ。
運転手  民主主義。そして、自由。
乗客  自由とは、すべてのチャンスを足し合わせたもの。サアド、お前にも未来があるじゃないか。
運転手  そうだ。ドイツは民主主義の国。自由がある。中東にチャンスはないが、民主主義の国にはある。ドイツ、イギリス、フランス、アメリカ、そして…
乗客  おい。サアド! いまアメリカって言ったな!

 運転手は少しおろたえた顔になるが、高笑いする。逆に、乗客がとまどった 顔になる。
運転手  そうさ、アメリカは民主主義の国。自由の国。だが、それは内側に向けてだけなのさ。外に向けては、何ひとつ相談しようとはしない。ただ、頭ごなしに押さえつけるだけ。外の自由を許そうとはしない。だから、おれはアメリカの中に住みたいのさ。
乗客  なるほど。お前の言うとおりだと俺も思う。
運転手  だろう。ところで、日本はどうだい? ヒロ。日本は民主主義の国。平和の国。俺にチャンスを与えてくれるかい?
乗客  いや…、サアド、だめなんだよ。日本は外国人労働者を受け入れないんだ。来ても、すぐ追い返されるだろう。
運転手  なんだって! 日本人は随分がめついんだな。

 車はマーケットの駐車場に入ってゆき。アーケードの正面で停車。
運転手 さあ、ヒロ。お前はもう俺の友人だ。いくらでもいいよ。今度はドイツで会おう!

 運転手は満面の笑みで、友人に敬礼のポーズをとる。
乗客 そうやって、かっこつけてるお前は、本当にかっこいいよ。サアド。

 乗客はつぶやきながら2ディナールを手渡し、車を降りる。車は走り去り、 乗客はマーケットの人ごみにまぎれてゆく。

【高山義浩・山口大学医学部学生】


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