■ 正義のゆくえ(前編) ならず者国家の後継者

2001年1月31日


◆はじめに

「もしもし、アトランタですか? こちらはホマリンです。そちらに聞こえて いるかどうかわかりませんが、できうる限りお伝えしたいと思います。今晩。 ここバグダッドの空には爆撃音が響き渡っています」

 クウェートに侵攻したイラク軍に対し、米軍を主体とする多国籍軍が反撃し た湾岸戦争の開戦から10年が経過した。あの日、1991年1月17日のこ とはよく覚えている。僕は大学受験生で、ちょうどセンター試験が終わって自 己採点をしていたんだった。テレビの「センター試験解答速報」を観ながら、 自分の未来を計りつつ、チャンネルを変えると空爆の映像。空しい気持ちに襲 われたものだった。世界の現実に比べ、なんと自分のちっこいことよ... まあ、 イラクなんて国がどうなろうと、僕には関わりあいのないことさ。

 ところが、運命というのは、予想をはるかに越えた演出をするものだ。その 6年後の夏、なんと僕はイラクの首都バグダッドにいて、しかも、大統領宮殿 2階の応接室で、フセイン大統領の長男と会談することになるのだから...

◆大統領長男からの招聘

 1997年の8月、僕と5人の友人はイラク国内を歩き回っていた。湾岸戦 争で破壊された施設や、経済制裁で機能不全に陥った病院、なんとか動いてい るボロボロの自動車たち... 「なるほど、これがならず者国家≠ヨの仕打ち であるか」と感心する一方、暖かく歓迎してくれる一般のイラク市民と接しな がら、「ところで、ならず者って何処にいるの?」と首をかしげたりしていた ものだった。

 8月12日の朝、突然、イラク政府関係者が僕たちの宿に来て、僕たちにこ う告げたのだった。

「君たちは、今日、重要な人物に会うことになる可能性がある。一歩もホテル から外に出ないように」
「重要な人物って誰です?」と僕。

 すると、いかにもイラク情報省っぽいサングラス男は、僕の前で腕を組んだ まま、くさいセリフを躊躇なく言い放った。

「それは、とても重要な人物だ!」

 まるで、ジェームス・ボンドを拉致して、得意になっている下っ端のようだっ た。

 結局、僕らは昼過ぎまで、ずっとホテルの部屋に缶詰になっていた。たぶん、 「重要な人物」などというのは嘘っぱちで、外国人に見せられない何らかのイ ベントが外であっているんだろう。部屋でゴロゴロしながら、こう僕たちは考 えていた。

 ただでさえ暑いバグダッドの熱風に、灼熱の太陽が追い討ちをかける昼下が り、フロントから「すぐに降りて来てください」との連絡が入った。僕たちが、 いぶかしそうにロビーに降りると、正面玄関にサングラス男たちがいて、手招 きをしていた。イラクではめずらしいスーツ姿だ。しかも、玄関先には黒いロー ルスロイスが3台、ずらりと並んでいる。ロビーには他にも客がいたが、特殊 な空気が一帯に流れていた。仲良くなっていたフロントの女の子にルームキー を渡すとき、彼女が緊張した面持ちでうなずいたのを、今でもよく覚えている。 「おいおい、どうやら本気のようだね。覚悟を決めなきゃなぁ」と、連れのひ とりが僕の耳元でつぶやいた。

 車に乗り込むとき、誰がどの車に乗るのかすら決められた。僕たちの役割分 担をよく観察していたようだ。代表格の僕と、僕よりも英語が流暢な友人のN が先頭車の後部座席に乗り、場を仕切っていたスーツ男が助手席に乗り込んだ。

 車は静かに走り出した。

 車が大通りに入っるとすぐに、助手席のスーツ男が振りかえり、「君たちは これからウダイ・サダム・フセイン閣下と会うことになる。会話して良いのは ミスター高山だけだ。ミスター高山、くれぐれも失礼なきように!」と言った。

 そして、それっきり、車内は沈黙に包まれた。

 Nと僕は、しばらく狐につままれたような感じでおとなしくしていたが、だ んだん持ち前の遊び心がムクムクと頭をもたげはじめた。緊張すればするほど、 笑いがこみあげてくるものだ。

 まず、Nがクスリと笑った。次に、僕がぷっと吹き出した。しばらく、二人 で遠慮がちに、でも心から笑ったあと、Nがこう言った。

「どうしようかね」
「うーん、大統領の長男だよね。ウダイって...」
「イラクのナンバー2ですな」
「ちょっとまて、ここでは言葉遣いに気をつけよう。チェック入れられている 可能性がある」
「ミスター<Eダイと言うべきだね」
「ナンバー2(うんこの意味もある)もマズイな」
「単語だけじゃなくって、実は日本語が分かってるかも知れないよ」
「ありうる」
「運転手とか、いかにも分かってて分かってなさそうな顔してるじゃない?」
「なるほど、言われてみれば... 君、落語やるんだろ、一席うってみれば?  ヤツが笑えば日本語でも気をつけなきゃならない」
「隣の家に塀ができたよ。 Hey!!」
「・・・」
「日本語と英語の両方で笑いをとったつもりなんだけど」
「・・・」

 僕たちは緊張しすぎていて、なんら発展的な会話は成立しなかった。車は高 速でバグダッドの街並みを駆け抜けてゆく。気がつくと、交差点ごとに警官が 立っていて、僕たちの車はすべての信号を無視して走っていた。

◆憎まれっ子・ウダイ

 フセイン大統領の長男ウダイ(当時34歳)は、父親以上に貪欲で危険な性 格の持ち主として、悪名高い人物である。「道行く若い女性を拉致して宮殿に 連れ帰り、レイプした挙句に殺害した」などという話が、イラク国内ですらそっ と語られているほどだ。

 ウダイが24歳のときのことだ。彼はパーティの席上で、父親のボディーガー ドを棍棒で殴り殺してしまった。以来、父親ですらその凶暴さに手を焼き、な んとか牽制しようとしているが、その傍若無人さは留まることを知らなかった。 33歳で義理の兄弟を殺害し、同じ年に叔父を銃で撃ち重傷を負わせるなど、 親族すら気兼ねなく殺すようになってしまった。

 父親であるフセイン大統領は、悪評だらけの息子を政治中枢から引き離し、 自分に悪影響が及ぶのを防ごうとした。実際、僕がウダイに会ったときの彼の 肩書きは、オリンピック委員会の委員長ぐらいのものだった。ただし、さすが にフセイン大統領の息子である。権力を握るツボは心得ていた。ウダイは、せっ せとビジネスに勤しみながら、イラクの新聞とテレビ局を所有して、国内での 情報網を制圧してしまった。さらに、経済制裁による物資不足をいいことに、 国家レベルでの密貿易を采配し、巨万の富をかせぎだしている。いま、イラク で物価が高騰しているのは、ウダイによるところが少なくないのだ。亡命した ウダイの元秘書は、彼が1300台の高級車を所有していると、のちに証言し ている。

 巨万の富とメディア、そして後で紹介するような私設軍隊を所有するに至っ たウダイは、結局のところ、独裁者の後継として申し分ない立場にいる。

 しかし、96年12月、バグダッド市内の高級クラブを出て車に乗ったとこ ろを反体制グループに襲撃され、ウダイは全身7ヶ所に銃弾を受けてしまった。 一発の銃弾で果かなく散る命もあれば、7発受けてもしぶとく生きる命もある もので、彼は奇跡的に命を取りとめた。なお、そのときのボディーガードは不 手際のかどで全員銃殺刑となっている。

 もうひとつ余談だが、99年に、僕はたまたまフセイン親子の主治医と食事 をともにすることがあったが、なんと彼はオーストリア人で、さらに驚いたこ とに放射線科の医師だった。僕が「どうして放射線科なんです?」と尋ねると、 彼は笑ってこう言ったものだ。

「だって、彼らが一番恐いのは暗殺だからね。私の仕事は、銃弾の位置をX線 下で正確に知りながら、最も安全なルートで摘出することなんだよ」

 そんな人物を用意しておく抜かりなさもウダイにはあったにせよ、ともかく 彼は生き延びていた。そして僕らは、この暗殺事件の半年後にあたる時期、疑 心暗鬼で凶暴さが増したと言われるウダイのもとへと、ほとんど拉致同然に連 れ去られていたのだった。

◆ウダイとの対話

 綿密なボディーチェックのあと、宮殿の応接室に入ると、そこにウダイが立っ ていた。いきなりのことで戸惑った。閣下ともあろう人物が、応接室で客を待 つとは変な話ではないか。

 普通はこうだ。僕らが先に部屋に入り、そして待たされる。閣下ともあろう 方は、そこへおもむろに入ってきて、僕らは起立する。閣下が座り、僕らが座 る。

 僕はそうイメージしていたので、出鼻をくじかれた感じだった。しかし、す ぐに理由がわかった。彼は歩けないのだ。杖をついており、僕らの手前、立っ ているのがやっとのようだった。そりゃそうだ。7発も銃弾をうけて、半年後 にピンピンしていたら超人である。

「今日はお招きいただいて光栄です。素敵な宮殿ですね」

 こう僕が立ったまま言うと、ウダイは頷いてすぐに座ってしまった。そこで、 僕たちもソファーに座った。

「お体はどうですか? 大変な事件に遭われたと聞きましたが...」
「うん、凶暴なテロリストどもだ」とウダイは口を開いた。  

 そのテロリスト容疑で500人は逮捕されていると聞く。多くは生きて帰れ ないだろう。もちろん、そんな話題は禁忌だ。こっちの命もかかっている。

「7発も銃撃されたそうですね」
「いや、14発銃撃されたんだよ。そのうちの7発が当たったんだ。まだ、い くつかは体内に残っている」
「そりゃ痛そうですね」
「痛いなんてもんじゃないよ。命がかかっている。でも、神はいつも正義に味 方するのだ」

 こう言って、ウダイはニヤリと笑った。はじめて表情をみせた瞬間だった。 おかげで、ようやく僕は彼を観察する心の余裕ができてきた。

 ウダイは気取っているのかもしれないが、実に無表情だった。まだ病状はす ぐれないだろうに、背筋がまっすぐ伸びているのには感心した。良くも悪くも 自尊心の表れだろう。奥二重の眼窩には、動きの少ない瞳孔があり、テレビで 見るような父親の意志の強さは感じられなかった。甘やかされて育った2代目 の印象が強い。

 その後ろにいる護衛の男の方が、人間としては興味深かった。いかにもドラ マに登場しそうなスポーツ刈の大男で、肩幅はがっしりとしていて、後ろ手に 組まれた腕は僕のふとももぐらいはあった。あるじに忠実に似て無表情だった が、目に光が宿っていた。野心でもあるんだろう。「処刑されないようにがん ばって!」と心の中でつぶやいた。

「君はイラクで何を見た?」

 ウダイから話題がでてきた。僕は「うーん」と間を置いてから、準備してお いたセリフを口にした。

「主に病院ですね。患者たちは苦しみ、医師たちは悩んでいました。国連によ る経済制裁は、市民を蝕んでいますね。でも、苦悩のなかにあっても、イラク の人々は温かく私たちを歓迎してくれました」

「欧米は邪悪だ。まさに悪魔たちだ。我々善良なアラブの民は、貪欲な彼らか ら富を奪われ、そして命までも奪われつづけているのだ。君たち日本人が、ア ジアの民でありながらアメリカに従っている事情は、察することはできる。し かし、期は熟しているのではないか。武器をとり、ふたたび我々の共通の敵で あるアメリカと戦わなければならないはずだ。そうしなければ、アジアに未来 はない」

 とうとう難しい話題に入ってきた。慎重に口をきかなければ...

「アメリカには間違っている部分があります。たとえば、イラクで不必要に血 が流されています。それを正すため、私たち日本人は闘わなければならないで しょう。しかし、それは敵としてではありません。日本人は平和を愛していま す。だから、日本人は平和のために闘うのです」

「アメリカを正す≠アとは難しいね。奴らは間違いを自ら認めることを知ら ないからだ。むしろ、我々は思い知らさねばならないのだ。ベトナムで奴らが 思い知ったようにだ! 君はスタートレック≠知っているか?」

 いきなりスタートレック≠ニは面食らった。スタートレック≠ニは、ア メリカの人気TVシリーズ番組で、宇宙戦艦エンタープライズ号が銀河探査を しながら、多様な宇宙人と出会う物語だ。

「はぁ、一通りはみていますが...」
「あれはひどい作品だ。アメリカ人の考え方がよく出ている。多くの宇宙生命 体と出会うが、彼らは何も学んではいない。出会った生命体をどう扱うかばか りを議論しているだろう。そして、根本的に他のすべての生命体よりも、自分 たちがすぐれていると考えている。しかも、苛立つことに、あの作品に登場す る生命体には、明らかにアラブ人を模倣しようとしている宇宙人が出てくる」

 なるほど、ウダイに一理ある。アメリカの良くない一面が、あのシリーズに は色濃いと僕も思う。それに、アラブ人と思われるクリンゴンという宇宙人が しばしば登場しているが、残忍で野蛮な種族、それゆえに発展できない種族と して説明されている。白人中心のエンタープライズ号乗組員より、明らかに下 等に扱われ、クリンゴンは何度も戦争に負けてしまう。ウダイが怒っているの ももっともだ。

◆死を賭すだけの正義とは

 それからもウダイは、とうとうと語りつづけた。アメリカの狂気、これに立 ち向かうアラブの正義。血がほとばしるような話だったが、不思議と彼の言葉 つきは冷ややかだった。そして、義眼のように焦点の定まらない目は、一度も 僕と視線を合わすことがなかった。おそらく彼は、人間というものには、さほ どの感情を抱かないのだろう。周囲への無関心さが彼には漂っていた。一方、 僕は、そんな彼から湧き出てくる言葉に合槌をうち、ときに僕や日本について 誤った解釈があった場合は、危なげのないように訂正を入れていた。ちょうど チェスで追い詰められたような心境だった。チェックされたら逃げる、危険の ない手だったら一息つく。

 「つまり」とウダイは最後にこう言った。「栄光ある未来は我々と共にある。 死を賭して戦い、命運尽きるとしても、我々は死を超えたある別の意味で存続 する可能性もあるのだ」

 ウダイはその言葉とともに立ちあがった。僕らも起立して、彼に歩み寄って 握手をした。ウダイの最後の言葉は確かなことだと僕も思った。

 有限の生を乗り越えて、名声や思想が、子孫のちのちまで受け継がれること に気がついたとき、僕たちはやがて、これを闘って勝ち取ろうとするようにな る。身体は、思想に比べれば、はかない。だから僕たちは、しばしば思想のた めに身体を犠牲にする。むしろ、身体をそのように処することで思想への帰依 を表明することができる。ただ、ウダイは、大切なことを付け加えなかった。

 それは、「その思想が正義であるか」ということである。そして、「何が正 義であるのか」ということだ。どれだけ多くの正義の戦争が人類史で繰り広げ られたことだろう。しかし、歴史が過ぎ行くとともに、そのほとんどの正義は 色あせ、その奥底で目を光らせていた欺瞞と欲望が暴かれてきている。

 このウダイとの会談をして以来、僕は湾岸情勢に関心を抱き、イラクについ ては三度の訪問を繰り返してきた。そして、どこへ行っても、誰にきいても正 義、正義、正義のオンパレードであることに呆然としてしまった。フセイン大 統領は、アラブの正義を旗印に困窮する国民を納得させようとしている。一方 で、経済制裁続行を主張しつづけているアメリカは、「自由と民主主義」とい う正義のため無法者のイラクを封じ込めている。

 いったい、この正義合戦はどこへ行き着くのだろう。本当の正義はどこにあ るのだろう。『正義のゆくえ 後編』では、僕がイラクで見聞きしたことをも とにしながら、このことに若書きの荒削りながらも、考察を加えてみたいと思 う。

【高山義浩・山口大学医学部学生】


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