■ 医療の危機管理(2) 指揮命令系統の確立

2001年1月18日


◆阪神・淡路大震災

 1995年1月17日午前5時46分に、淡路島北部を震源とするM7.2の 地震が神戸を中心とする大都市を襲った。この阪神・淡路大震災は、高度に集 積した都市を襲った初めての直下型地震であり、密集市街地の火災の恐ろしさ や非常時の連絡網の不備が露呈したものとなった。被害としては、死者・行方 不明者が6427人、負傷者は約4万3000人にのぼっている。なお、死者 の88%は圧死で、その3分の1以上が60歳以上の高齢者であった。

 一方で、兵庫県内の病院の6割、診療所の4割強が被害を受け、6割近くの 病院で手術が不可能となっていた。医師らは診療を懸命に続けようとしたが、 満足な治療を受けられなかった人も少なくなかった。のちに兵庫県は「死亡者 のうち2〜3%は災害医療がうまく機能すれば救命できたかもしれない」と推 定している。

 この震災では、さまざまな方面から初動体制の遅れが指摘される結果となっ ている。そして、日本の「防災先進国」という自負を覆すこととなってしまっ た。

 自衛隊への出動要請の遅れもまた指摘されている。

 芦屋川以東の兵庫県と大和川以北の大阪府を警備区域とする伊丹駐屯地の第 36普通科連隊(850人)は、態勢を完全に整え、県からの出動要請を待ち 続けていた。営舎内にいた隊員約300人による部隊編成が始まったのは、地 震発生4分後の午前5時50分である。

 陸上自衛隊のジェット偵察ヘリ「OH―6」も、被害状況把握のため、大阪 の八尾空港を離陸している。一番機、午前7時14分。二番機、午前7時30 分。それぞれ離陸後6、7分で兵庫県内に入り、阪神高速道路が落ちてしまっ た西宮浜の現場などを確認している。そして、長田区の火災状況の確認も行っ ている。その時点での長田区火災状況は、まだ激しくはなかった。ただし、消 火栓が破断したり、道路が混雑したりで、地上消火がはかどっていないことは 明らかだったという。また、二番機の機長は「ケガ人」とビニールシートで書 かれたサインを、西宮市の阪神高速神戸線上空で確認している。

 20年以上に渡る空中消火の実績をもつ陸上自衛隊は、空中消火が必要との 判断から、反復消火が可能な15機のヘリを準備した上で、兵庫県を通じて、 神戸市に空中消火の用意があることを伝えた。

 自衛隊は、災害発生の状況を把握しながら、ヘリコプターのローターを回し、 車のアイドリングをし、出動命令がいつきてもいいように待っていたのである。

 しかし、その返答は遅く、翌18日の午前10時過ぎに「空中消火は実施し ない」との判断を受けることになる。スタンバイし続けたヘリコプターは、つ いに飛ぶことはなかった。

◆自衛隊は動けなかった

 当時の災害対策基本法・自衛隊法によれば、都道府県の長の要請なくして、 自衛隊が勝手に出動することは認められていない。あくまでも、自衛隊は、都 道府県の長からの要請があって、初めて動けるわけである。


自衛隊法第83条
1 都道府県の知事、その他政令で定める者は、天変地異その他災害に際して、…中略… 部隊等の派遣を長官又はその指定する者に要請できる。
2 長官又はその指定する者は、前項の要請があり、事態やむを得ないと認められた場合は、部隊等を救援のために派遣することができる。ただし、天変地異その他の災害に際し、その事態に照らし特に緊急を要し、前項の要請を待ついとまがないと認められるときには、同項の要請を待たないで、部隊等を派遣することができる。

 阪神大震災当時では、自衛隊法第83条第1項の「要請主義」に基づき、災 害出動要請が都道府県知事より来なければ、自衛隊は「待機」はできても、実 際に災害救助をすることはできなかったのである。

 自衛隊の災害出動については、関東大震災のとき、天皇の統帥権に基づいて 陸海軍が出動して戒厳令を布いたことへの反発と反省の結果、総理大臣や国土 庁長官の「命令出動」は規定されておらず、都道府県知事の要請を待って行動 することになっている。

 結果として、精一杯の地上消火にも関わらず、家屋焼失件数は7465にも 上った。猛火は、特に神戸市長田区と兵庫区をなめ尽くした。

 災害対策においてもっとも大切なのは「初動」である。この初動対処につい て、訓練を重ねていたはずの自衛隊が活躍ができなかった背景には、法律の制 約及び危機管理意識の社会的な未成熟さがあったと言えるかもしれない。

◆アメリカとの比較から

 ここで比較のため、アメリカ西海岸ロサンゼルス市を襲ったノースリッジ地 震における初動対処を紹介してみたい。

 ノースリッジ地震は、阪神・淡路大震災のちょうど1年前、1994年1月 17日午前4時31分に発生した。マグニチュードは6.8である。

 まず、地震発生から2分後にロサンゼルス市警察局のヘリ3機に対して、被 害状況をチェックするよう指示が出された。そして発生6分後には、市消防局 のヘリ3機も発進している。ヘリはこの後、周囲の情報の収集にあたっている。 さらに、発生10分後には、ロサンゼルス市長の指示で、市庁舎4階の緊急対 策本部が活動を開始した。

 ヘリによる空中消火も速やかに開始されている。そして、ヘリによる火災現 場上空での交通管制の結果、近隣自治体の消防車が1ヶ所に偏ることなく、消 火活動に参加することが可能となっている。

 地震発生から24時間以内に466件の火災が起きているが、結果として、 地震発生から5時間14分後には、主な火災の制圧に、ロサンゼルス市は成功 している。消火栓の90%が破断して、水が出ないという悪条件であったにも かかわらずである。そして、ノースリッジ地震での死者は61名にまで抑えら れたのだった。

 阪神・淡路大震災の場合では、神戸市消防局機動隊が、地震発生直後に、ヘ リを飛ばし、状況を本部に送信したが、地上隊や本部の無線が混乱し、連絡が 取れない状況であった。ヘリからの情報を消火活動などに活かすための指揮命 令系統が、通信の混乱のためにほとんど機能しなかったのである。

 もちろん、阪神大震災と、このノースリッジ地震とを、単純に比較はできな い。しかし、この被害の差には危機管理についての体制の違いがあるかもしれ ない。

 たとえば、非常時を指揮する中枢は、日本では、自治体レベルなら県庁、激 甚災害の場合は総理府となっている。アメリカでは、非常時の指揮は基本的に 州が行うが、州レベルの範囲を超えたとき、FEMA(連邦緊急事態管理庁) という制度化された専門組織が指揮をすることになっている。

 このFEMAとは、1979年に緊急事態管理業務を整理統合して生まれた 大統領直属の独立政府機関である。全米10地区に地域作戦本部を展開してお り、また、連邦災害救援基金15億ドルの運用権を持っている。また、注目す べき点は、大統領が非常事態宣言をした段階で、大統領権限がFEMAに移行 するということだ。つまり、FEMAは上層部の判断を待つことなく、現場の 判断に基づいて存分な活動が可能となっているのだ。

 FEMAには、防災やテロなどの専門家がそろっっている。しかし、この組 織の主要な任務は、自ら救助活動にあたることではなく、現場で混乱に陥りや すい消防・警察・軍隊・自治体など関係組織の調整である。これらの組織が持 つ能力を有効に使用すべく、縦割り行政の壁を取り払い、調整活動を行ってい くのである。

◆指揮命令系統の確立を

 災害現場において、より多くの人を救助するためには、多くの組織を効率よ く動かす必要がある。対策本部に情報を集約し、この情報に基づいて、それぞ れの組織が持つ特殊性を活かした適材適所を行うため、平時から確立しておか なければならないのは、非常時の指揮命令系統であろう。

 道路状況にあわせた、交通手段の連携。火山噴火などで破損している道路で は、自衛隊の丈夫な車が適している。良好な道路では、それを速やかに救命装 備をしっかり備えた救急車へと連携させることが救命率を大いに向上させるだ ろう。

 あるいは、医療資源やスタッフの効果的な配置。災害時、医療が必要な場所 は、モザイク状に地域に散らばっている。そこに様々な組織がばらばらに散ら ばってしまっては、それこそ混沌の助長となってしまう。組織間の壁を取り払 い、全体としてみて、医療資源やスタッフの効果的な配置を行うためにも、正 確な情報を保持する指揮者と、指揮者の意志を正確に各組織に伝える指揮命令 系統が必要になってくるはずだ。

 日本の現状では、このような指揮命令系統の基本となっているのは、災害対 策基本法である。

 この災害対策基本法では、自治体レベルの災害では、それぞれの首長が災害 対策本部長になり、大規模な非常災害が発生した場合、内閣総理大臣は、総理 府に臨時に非常災害対策本部を設置することになっている。この際の長は、国 務大臣である。さらに、著しく異常かつ、激甚な非常災害が発生した場合にお いて、内閣総理大臣は、閣議にかけて、総理府に緊急災害対策本部を設置でき る。この際の長は、内閣総理大臣である。

 つまり、「災害規模が大きいほど、より大きく組織を指揮しうる人物が対策 本部長になる」というわけである。一見、これは合理的にうつる、しかし、こ れは平時の発想をそのまま非常時に当てはめただけではないだろうか。むしろ、 アメリカのように、非常時には非常時の体制を別途確立しておくことが、実は 危機管理として逞しい国づくりへとなるのではないだろうか。

 もう一点、指摘しておきたいことがある。それは、災害対策基本法において、 戦争状態のような有事のことが、触れられていないということである。

 最大の災害は、戦争という見方もある。戦争災害は、波状的に襲ってくるし、 また敵は弱点を狙ってくるので、将来の予測が非常に難しい。このような有事 という災害の際に住民の保護・避難誘導や民間船舶・航空機の安全確保などに 関する法的体系は、現在のところ、日本には存在していない。このことは、効 率的に自衛隊を運用することに匹敵する、有事法制の重要な側面であろう。

 森首相は、2000年4月に行われた所信表明演説において、有事法制の整 備に関しても言及しており、今後積極的に取り組む姿勢を見せている。よりよ い命令指揮系統確立のためにも、現実に即した論議が望まれるところである。

 緊急時における指揮命令系統、そして住民保護に関する論議が、ここまで発 展する契機となったのは、阪神・淡路大震災であった。あの震災を教訓として、 つまり防げるはずの死を多数許してしまったことに対する反省をもって、今度 こそ「防災先進国」として日本が再建されてゆくことを私は期待している。

【松本佳久・防衛大学医科大学校学生】


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