■ 医療の危機管理(1) 非常時の医療

2000年11月13日


◆はじめに

 「より多くの人を助けたい」

 医療従事者ならば、誰もが、一度は真剣に考えたことがあることではないだ ろうか。私はいま、防衛医科大学校において、医師を志してトレーニングを受 けている。ケガや病気に苦しむ人々を助けたいという思って、私は医大の門を 叩いた。

 防衛医大において、学生は、総合臨床医としての教育、そして自衛官として の教育を平行して受けることになる。どのような場所であれ、医療活動ができ る医師になりたいとの思いから、私は防衛医大を選んだ。

 防衛医大で行われる教育内容は、9割は一般の医学部と同じである。

 ただし、残り1割の中で、大勢の人数を効率よく動かすための《指揮》に関 する教育や、実際に服を泥だらけにする、ほふく前進のような訓練などが行わ れる。

 現在、災害医療の分野では、瓦礫の下の医療など、過酷な環境下での医療活 動についての話が取りざたされている。より早く傷病者を救命するためには、 医師が瓦礫の下に潜り込み、レスキュー活動と並行して、医療活動を行う必要 があるのである。もちろん、チームとして、効率よく動く必要もある。

 防衛医大で私が受けている教育は、私にとって、過酷な環境下でも医療活動 ができる礎となっているように思う。

 私も防衛医大に入校した当初は、今ほどに、非常時の医療に興味を持ってい たわけではなかった。どんな環境下でも医療活動ができる医師になりたいとの 思いはあったが、それは漠然としたものであった。

 そのような私が、非常時の医療に興味を持つ直接的なきっかけは、阪神大震 災で出動された自衛官の方々の話だった。

 1995年1月に発生した阪神大震災では、結果として、6000人を越す 死者が出てしまった。多くの自衛官がこの大災害に対し出動したが、必ずしも、 思うような活躍ができなかったようだ。自治体や自衛隊、消防、警察など主要 組織間での連携がうまくいかなかったのである。

 危機に対するガイドラインが事前に整備されていれば、もっと被害は少なく てすんだのではないか。逆に、この様な危機管理ができていれば、数百、数千 人の単位の人を救うことができたはずである。

 医師として、患者さんと向き合う医療活動もすばらしいと思う。しかし、危 機に対するガイドラインを作ることで、数千人の命を救うことも、またすばら しいことだ、と私は思った。

 こうして私は、非常時の医療に対し惹きつけられていくことになった。

 私たちは、医師といえば病院内で働いているものだと考えがちではないだろ うか。薬や医療機器が当然あって、もちろん電力もある病院。私たちは、そん な正常に機能している病院を前提にして、医師や看護婦が医療サービスを提供 することを想定している。

 しかし、よく考えてみると、これは前提にすぎない。病院のない場所、ある いは災害などで病院が破壊された場所では、医療はどのように機能しうるのだ ろうか。

◆非常時に医療は何ができるのか?

 たとえば、大地震のようなカタストロフィを想定してみよう。

 道路は至る所で寸断され、ライフラインも途切れてしまっている。水道水が なければ、どのようにしてのどの渇きを潤すのか。ガスがなければ、どのよう にして料理を行うのか。電気がなければ、どのように心電図を取るのだろうか。 もっと深刻なケースでは、糖尿病などで人工透析を受けている患者が、透析機 が動かないため、早晩生命の危機に立たされてしまうかもしれない。

 救援に向かおうにも、道路は逃げまどう住民により、大渋滞となっている。 この様な状況では、消防車も、救急車もろくに動くことができない。正しい情 報を受け取りづらいことと、恐怖から、誤情報が流れ、現場はパニックに陥る ことにもなる。

 こうした混乱した状況おいて、発生した大量の傷病者を助けるにはどうすれ ばよいのだろうか。

 いきなり魔法をかけて、最新鋭かつ1000床クラスの大病院が出現し、ど こからともなく優秀な医療スタッフ100名を出現させることができれば、こ れに勝る対策はないだろう。しかし、もちろん現実は、そうはいかない。

 私たちは限られた物的・人的資源のなかで、救命可能な傷病者を発見、救出 し、応急処置を施し、そして治療が受けられる場所まで傷病者を搬送しなけれ ばならない。そして、医療資源を効率よく配分しなければならないし、医療ス タッフを適切に配置しなければならない。より多くの人を助けるということは、 効率と合理性の追及でもあるのだ。

 救命部隊が全力を尽くしたとしても、救命に失敗してしまうケースは避けら れない。災害が大規模であればあるほど、それに比例して、こうした残念なケー スも増大してゆくだろう。

 災害後、私たちには、常に次のような反省が突きつけられる。

「この亡くなった方々は、本当に助けることができなかった方々なのか。より 迅速に救出できていれば、より良い医療が施せていれば、この方々は、助けら れたのではないだろうか」

 そうした反省から、医療においても危機管理≠フ必要性が議論されるよう になり、災害医療のシステム整備が進められてきている。

 こうした実情を知るようになって、私は、ますます災害医療に興味を持つよ うになった。そして、次第に、非常時にいい医療を行うためには、日常時に対 策を練っておかねばならないことを知るようになった。すなわち、「危機管理」 の重要性に気がついた。

 そして私は、「非常時医療」や「医療的危機管理」について学びはじめた。 文献を読み、専門家に会い、訓練に参加するようになった。

 国際緊急海外援助隊として出動された先輩の話、実際に自衛隊衛生業務のトッ プクラスの人間として、国内外を問わず、多くの組織と仕事をしている先輩の 仕事ぶりは、私に新たなモチベーションを与えてくれた。危機管理に関する本 や、災害医療に関する本から、一般の医学教科書とは違うものを学ぶことがで きた。東京都の防災訓練に参加し、理論と実践の違い、実戦の難しさを感じる ことができた。

 この原稿は、このような私の学びについて、私的なノートの形でまとめてみ たものである。発展途上にある私ゆえ、論旨に迷いがあったり、読みづらい点 も多々あると思う。ただ、それでも、このノートを読者の皆様と共有すること で、よりよい医療の危機管理へと理解と議論が進められるとすれば、私は光栄 に思う。

◆災害医療とは何か?

 国家の医療安全保障として医療を考えるとき、平時の医療に加えて、非常時 の医療と、非常時に対する医療的危機管理にまで広げて考える必要がある。

 非常時。すなわち、自然災害や戦争において、医療を逞しく機能させつづけ ることは、国家、そして個々の医療人にとっての責務である。

 電力がない中で医療活動を行う状況も考えられるし、通常ではなかなか遭遇 することのない疾患と闘うことになる。このような例として、上述した「瓦礫 の下の医療」があげられる。また、大量に傷病者が出れば、限られた医療資源 を効率良く分配するため、医療従事者がトリアージをすることも必要となって くる。

 つまり、非常時には非常時の専門的な医学知識、技術が要求される。これを 向上させることは、平時医療を向上させるのとはまた別に、重要なものとして 求められているはずだ。しかし、現状の医学教育では病院実習、すなわち平時 医療が中心であり、非常事態を想定した医療はほとんど扱っていない。

 医療的危機管理とは、非常時に素早く対応できるように準備し、効率的かつ 合理的な医療活動のためのガイドラインを細かく策定しておくことである。た とえば、指揮命令系統を予め作っておくこと、機材や消耗品を蓄えておくこと、 災害に対する訓練を行うことなどが含まれる。

 また、アウトブレイクに対する危機管理もここに含まれる。突然、これまで にあまり知られていない疾患が増加した際、素早く原因を究明し、対策を打ち 出すことも、被害を最小限に食い止めるためには必要である。

 原因が0−157でも、毒入りカレーでも、サリンでもやることは同じであ る。原因を究明する、もしくは完全に原因を究明できなくても、手元にある情 報から最も効果的な対策を打ち出す。対アウトブレイクは重要な危機管理であ る。

 この危機管理については、阪神淡路大震災以降、わが国でも整備が進められ つつある。その周辺について、次回より詳しく解説してゆこうと思う。

【松本佳久・防衛大学医科大学校学生】


記事の目次へ    |   トップページへ
国際保健通信の記事・写真の無断転載を禁じます。