■ 看護と国際保健(3)  国際保健活動における看護職

1998年11月15日


 国際保健の現場で活躍している日本人は、圧倒的に看護婦が多いのを御存知ですか。たとえば、JICA(国際協力事業団)が実施している青年海外協力隊を例にとると、今年の5月現在で途上国に派遣されている看護職は142名(うち男性1名)となっています。ところが、派遣されている医師は一人もいないのが現状なのです。青年海外協力隊の設立以来、34年間の累計でみると、看護職は1061名(うち男性6名)ですが、医師は14名(うち男性12名)にすぎません。こうした傾向は、NGOなどによる派遣実績でもみられます。

 どうしてこのように看護職が国際保健の現場で活躍しているのでしょうか。

 ひとつには、途上国からの医師の派遣要請が、もっぱら欧米に向かっているということがあるようです。まだまだ日本の医学教育は、国際的に通用するレベルには達していないのかもしれません。

 次に挙げられる理由は、PHC活動というものがヘルスケアを目的としていて、メディカルケアやキュアを得意とする医師が、必ずしも国際保健の世界で求められているわけではないということです。国際保健でまず求められるのは技術力ではなく、個人、家族あるいは地域をトータルに捉えることのできる視点です。これはある意味、もともと看護が目指していたものでもあり、看護職は柔軟に対応できる可能性があるのかもしれませんね。

 国際保健活動にあたる看護職は、患者への直接ケアのみならず、幅広い業務に関わってゆかなければなりません。診療、投薬、縫合など、日本ならば医師の業務ですが、途上国では看護職にも要求されます。そればかりでなく、現地の看護職にこれを教育することが期待されています。また、井戸やトイレの設置、手洗い習慣の普及、避妊法の指導など、PHC活動では積極的に地域社会へ入って行くことも重要です。

 さらに看護職であると同時に派遣スタッフですから、プロジェクトそのものの管理も大切な仕事です。現地スタッフの採用、解雇、勤務評価はもちろん、現地の行政や国際機関との連絡調整まで、幅広いマネージメント能力が要求されます。 このような業務をこなす看護職にとって、日本における業務との最大の違いはその自立性でしょう。看護職−医師関係が前提であり、医師が明らかに支配的な日本の医療システムとは異なり、国際保健における看護職は自分で仕事を見出し、計画、実行してゆかなければなりません。当然、その責任も自分自身で負わなければなりません。

 また、こうした幅広い活動が、異文化の中で遂行されるということも忘れてはならないでしょう。現地の考え方や文化を尊重し、互いに高めあう姿勢が必要です。「自分は先進国の優れた看護を伝えるのだ」という考えでは、おそらく失敗するでしょう。むしろ、「もうひとつの看護を提案するのだ」と考えた方がいいかもしれません。

 とくに注意しておきたいことは、現地の文化的な背景について十分に吟味することです。たとえば、伝統的社会では、しばしば看護や助産を不浄な職業と考えていることがあります。伝統的な助産では、浣腸なしで出産させるため排便をともなうことが多く、結果として、血液や糞便にまみれる伝統的助産婦の社会的地位は非常に低くなっています。看護婦についても、ケガレとしての患者の身体に触るので、不浄な家事手伝い者というような位置づけがしばしば見られます。伝統的治療師が神聖視されるのとは大違いです。思えば、これをヒューマニズムによる神聖な活動と相転移させたナイチンゲールは本当に偉大ですね。

 こうした歴史的なジレンマにも、看護職は直面するかもしれません。しかし、これを乗り越えてみせることこそが、社会のヘルスケアへの理解を促進することにつながるでしょう。

 国際保健活動に従事した看護婦の多くが、「看護の概念が広がった」とか、「看護とは何かを改めて考えた」と語っています。専門分化した看護の枠組みを飛び出し、新たな看護の可能性を創造してみてください。そして、日本の看護界に新風を吹き込まれることを期待します。

【高山義浩・山口大学医学部学生】


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