■ フセイン得意の人質作戦

1998年06月15日


 イラクでは、経済制裁部分解除から1年以上が経過した。それまでの7年間にわたる経済制裁は、国民生活をしめつけ、乳幼児死亡率を大幅に上昇させるなど、生存にも関わるほどであったというが(国際保健通信 No.27 参照)、イラクの現状はどのように変わってきたのだろうか。

 1996年12月、対イラク経済制裁は部分解除され、イラク国民の生活が改善されることが期待されていた。しかし、国外への戦災保障(クウェイト163億ドル、米国88億ドルなど)は速やかに行なわれながらも、人道物資の国内到着は大幅に遅れ、国民には失望感が強まっているという。

 人道物資の遅れをもたらした原因のひとつには、物資購入を実行するまでの国連の審査や監視が煩雑だったということがある。化学兵器に転用されると疑われる医薬品輸入はとりわけ遅れており(多くが米国の案件処理により留保されている)、部分解除から半年が経った昨年7月半ばの段階でも、予定量のわずか1%しかイラクに到着していなかった。国連も「医薬品の不足は深刻な問題」と認めているほどである。

 「経済封鎖が罪なきイラク民衆を苦しめている」というイラク政府のキャンペーンは、人道問題に敏感な欧米の人権団体などの活動をうまく利用してすすめられていた。また、経済封鎖後を見越した欧米企業との石油輸出契約も逆にイラク政府にとっては脅しの武器になっている。ここまでの外交ゲームでは、イラク側に軍配が挙がっているのと見方が強いようだ。

 いま、フセイン政権にとって最も憂慮すべきは、彼らが経済制裁を課せられたまま「忘れられた存在」になってゆくことである。国際社会がこうした問題に飽きやすいことは、キプロス紛争やブータン難民などの問題が当初は取り沙汰されながらも、やがて忘れ去られ固定化していることがよく示している。これを回避するためにも、国際社会の関心をひき続けることがフセイン政権にとって、重要な外交政策となってくるだろう。

 今月、イラク政府は、すべての人道的援助の受け入れを拒否すると発表した。

 あるイラク政府当局者は、「イラクは、国際的な援助に感謝しているが、それは名目で、ジェスチャーに過ぎない。ダンボール箱2、3個分の薬品が、国民2200万人にとって十分と言えるだろうか」と述べているという。

 これは明らかに国際的関心を引くためのパフォーマンスである。人道的側面を強調するためにも、経済制裁による打撃を直接的に国民に浴びせ、国際社会の注目を引かなければならない。それはあたかも国民を人質にした行為であり、人道主義を逆手にとった指導者の挑発行為である。これに対する国際社会のうろたえが不十分なら、さらにフセインは国民をしめつけ、悲惨さを演出するかもしれない。

 わが子に銃口を突き付ける狂気の父親。父親を信じてその銃口をしゃぶる子供。私たちに、その子を救出するすべはあるのだろうか。

【高山義浩・山口大学医学部学生】


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