■ 国際保健機関(WHO)の半世紀

1998年05月01日


 先月8日、国際保健機関(WHO)は50周年を迎えた。

 あらためてWHOと共に歩んだ国際公衆衛生の半世紀をふりかえると、そこには目覚しい発展があったことに気がつく。人類の寿命は1950年代初頭には46歳であったが、1996年には65歳となり、実に40%以上も伸びている。これは、WHOを中核とした各国政府やNGO、そして学術団体などの努力とネットワークが達成したことの一側面だったといえるだろう。

 1945年、サンフランシスコ会議において、自治権のある新しい国際保健機関の設立が満場一致で承認された。 1946年にニューヨークで開かれた国際保健会議では、WHO憲章が採択され、WHOの仮設委員会がつくられた。翌年には、エジプトにおけるコレラ流行を抑える活動を開始している。そして、1948年4月7日、ついにWHOは公式な機関として承認されたのである。

 WHOは、その憲章前文の定義、「健康とは、身体的、精神的、社会的に完全に良好な状態のことであり、単に疾病や病弱の存在しないことではない。可能な最高の権利を得ることは、 人種、宗教、政治的信条、社会経済的条件と関係なく、すべての人間がもつ基本的権利の一つである」を信条に、非常に広い考え方に立って活動をしてきている。さらに、第1章の目的は簡潔に、「WHOの目的は、すべての人々が、最高水準の健康を達成することである」(HFA)ときわめて挑戦的な理想をかかげている。

 WHOの初期における活動は、各種感染症の予防と対策に力が注がれていた。マラリアやコレラ、結核など、世界の関心事であった感染症について、多数の科学者や活動家が投入され注目を集めた。防疫システムの確立や栄養失調対策など、先進国と途上国のわけへだてなく、国境を越えた公衆衛生活動が展開されたことは、地球規模での団結という新たな精神を人類に具体的に示した。そして、1967年より開始された世界の天然痘根絶キャンペーンが、10年後、人類史上初めて一つの疾病をこの世から追い払うという形で結実したことは、人類に大いなる勇気を与えたのだった。

 WHOのこうした活動がひとつの節目を迎えたのは、1978年のことであった。同年9月にWHOとユニセフの共催で「プライマリヘルスケアに関する国際会議」が開催され、アルマアタ宣言が採択されたのである。アルマアタ宣言は、各国政府と国際機関に対して「西暦2000年までにすべての人々を健康に」という大目標を提示し、プライマリヘルスケア(PHC)がこれを実現するための鍵だと述べている。PHCが基本理念とする「公正」と「参加」、これに基づく「自助と自決の精神」は、人々に大きなインパクトを与えた。なぜなら、そこには保健医療のみならず、世界の指導者が守るべき先進的な社会正義が示されていたからである。

 そして50周年を迎えた今、WHOは再び大きな節目を迎えようとしている。PHCについては、様々な追加、修正、批判が繰り返されたきており、そろそろ抜本的な再考の時期が来たのかもしれない。また、「西暦2000年までにすべての人々を健康に」という目標設定は、大きな成果を示しながらも、現実には達成が難しくなってしまった。いま、HFAの枠組みはそのままに、世界の現状を再認識したうえで、WHOによる新たな指針作りが求められている。

 WHO事務総長の中島宏は2期10年の活躍を終え、来月で辞任することを表明した。WHOの新たな船出を見守りたい。

【高山義浩・山口大学医学部学生】


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