■ 人類の状況

1997年12月01日


 国際保健が挑もうとしている状況は複雑に絡み合っており、またそのひとつひとつを凝視すると、そのあまりの底の深さに眩暈をもよおす。

 難民問題、人口問題、食糧問題、環境問題、多発する地域紛争、これらをどのように読み解いてゆけば良いのだろうか。まずは人類史観的な立場から順を追って考えてゆこう。

 地球の収容力を超えた人口の増大が、人類が直面している最大の問題と言える。ところで、人類史において三度の人口爆発があったといわれる。最初の人口爆発は10〜100万年前の「技術革命」によるものであった。このとき人類は言語を獲得し、木、骨、石の道具を用いて集団猟を行えるようになり、火を利用することも覚えた。この「技術革命」により世界人口は100万人を超える。

 2度目は「農耕牧畜革命」であった。1〜2万年前に、人類は大河川流域で農耕牧畜を開始する。これによる食料安定供給は人類の定住を可能にし、四大文明を発祥させることになった。この革命が世界各地でほぼ実現される頃には、人類は1億人を突破する。

 最も最近の革命は「産業革命」である。科学技術の急速な進歩は、化石燃料の使用による大規模エネルギーの獲得、社会制度の近代化、それにともなう大量消費文化をもたらした。都市に住む者は、どこからともなく大量の物があふれ出てきて、消費されるのを当たり前のように感じるようになった。

 最後の革命は、完全な世界化をめざし現在も進行中である。もしこれが実現されるとすれば、おそらく世界人口は100億人を突破するであろう。ただし、「産業革命」は重要な点をクリアーできていない。それは持続可能性の問題である。つまり、近代社会は土地、環境からの収奪、もしくは他者からの搾取を前提として形成された場合がほとんどで、社会の人口収容力が増大したにしても、一方で環境の人口収容力を低下させていたり、他の社会の人口収容力を低下させているのである。つまり、「産業革命」とは、これまでの革命と異なり、地球生態系の視座からはゼロ・サム、あるいはネガティブ・サムの革命にすぎなかった。これが冒頭で述べた、「地球の収容力を超えた人口の増大」の意味である。

 1990年の世界人口53億人は、2030年には95億人に膨れ上がると予想されている。こうした人口増大が具体的に何をもたらすのだろうか。

 まず、直接的な衝撃として、エネルギー、とりわけ食糧不足が深刻化する(図1の@)。

 現在、毎年、世界人口は約9000万人ずつ増加している。これは、年間2800万トンずつ穀物を追加する必要があることを意味している。ところが、世界の穀物収穫量は、年間約1800万トンのペースで減少しているのである。一方、漁獲量も限界とされる1億トンを1989年に突破しており、やはり減少しはじめている。

 これで食糧はすべてである。あとは加工品にすぎない。そして加工すればするほどロスが出る。たとえば、鶏を1キロ太らせるのに2キロの穀物が消費されている。豚なら4キロ。牛にいたっては7キロが浪費される。また、養殖魚1キロなら、やはり2キロの穀物が必要となる。

 いま、人類は穀物備蓄量を切り崩しながらしのいでいる。1995年の世界備蓄量2億9400万トンは、96年に5000万トン消費され、2億5400万トンになる。世界人口が現状で維持されたとしても、6年で底をつく勘定である。 次に、人口の増大は環境を悪化させる(図1のA)。

 食料を求めた土地からの過剰な収奪もあるが、木材、化学燃料などの持続不能な収奪、とりわけ近代化に対応するための急速な工業化は、様々な有害物質を地上に撒き散らした(図1のB)。こうした環境破壊は、さらに酸性雨、温暖化など世界的な二次破壊をもたらしている(図1のC)。そして次第に、人々の健康を蝕み、農地を減少させている(図1のD)。国連による1990年の世界的土地劣化調査によると、1945年から90年の間に劣化した農地の15%以上が回復不能か、もしくは大規模な土木作業を施さなければ完全に生産能力を回復できなくなるほど、ひどく損なわれている状態だったという。これは15億人の人々を養えるだけの農地であった。そして今なお、同じ速度で農地は劣化しつづけているという。

 図3は冷戦後の紛争発生状況を集計してみたものである。国家間の戦争は冷戦後6つ発生しているが、興味深いことに、そのいずれもが利権がからんだ戦争であった(表1, 図1のF)。一方で、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争に代表されるような独立戦争は26件、アフガニスタン内戦のような反政府戦争は30件発生しているが、これらは全てイデオロギー対立、民族対立、宗教対立、もしくはその複合型を標榜していた(図1のG)。

 ただし、ここで注意すべきことは、イデオロギー・民族・宗教などが異なることが、すぐさま戦争に直結するわけではないということだ。人権と健康の保障が成立していれば、武力衝突が発生する可能性は限りなくゼロに近づく。上に挙げた計56件の内戦も、そのほとんど全てが、国内の食糧物資の行き詰まりと偏在に起因している。つまり、概して紛争の根底には、エネルギー・食糧不足が見え隠れしていると考えてよい(図1のE)。

 ルワンダ内戦は、こうしたプロセスの典型的な例である。1950年から94年にかけて、ルワンダの人口は250万人から880万人にまで増加している。92年の女性1人当たりの出産数は世界最高の8人にもなった。そして、土地不足が顕著になり、食糧が根本的に不足するようになっていた。これが、ツチ族・フツ族間の緊張を高め、武力衝突に発展させてしまったのだ。

 小さな地域紛争であっても、これに外部勢力の偏った介入がなされたため伝統的な仲裁の方法が阻害され、さらに紛争が拡大してしまうというのは20世紀の人類が獲得した悲しい教訓である(図1のH)。ソマリアへの国連軍介入による紛争の激化は、この種の悪夢の典型である。

 また、地域紛争が、必ずといっていいほど難民を発生させるのも20世紀の紛争の特徴であった(図1のI)。古典的な戦争と異なり、現代の戦争は、民間人を巻き添えにするばかりか、民間人の虐殺、浄化を目的としたり、武器の軽量化にともない女性や子供までも兵士として徴用するなど、まさに総当たり戦の様相を呈するからである。

 96年1月1日現在、国連高等難民弁務官事務所(UNHCR)は1323万人 の難民を保護し、466万人の国内避難民を保護の対象としている。

 難民とは、国境を越えて逃れてきた人々のことである。そして、ほとんどの場合、彼らは歩いて国境を越え、庇護を求めてくる。たとえば、ルワンダにおいてツチ族がキガリを制圧したとき、240万人以上のフツ族が難民として周辺諸国に流出している。ところが、しばしば周辺諸国が難民保護を拒否するケースが見られるようになってきている。とりわけ、すでに国内に貧困を抱え、政治的混乱や環境破壊という問題を抱えている国では、これ以上、不安定要因を国内に抱え込みたくないという思いが作用するようだ。

 1990年のイラクによるクウェート侵攻後1年で、40万人以上のクルド人がトルコとの国境がある山岳地域に避難した。ところが、トルコ政府は彼ら難民の入国を拒否、これに対して多国籍軍が派遣されるという例のない措置が取られている。トルコ政府が拒否したのは、彼らクルド難民の大量流入が、国内のクルド独立運動の新たな火種となることを懸念したためであった。

 こうした庇護の拒否は、ノン・ルフールマンの原則に違反するものであり、正当化できないが、難民の流入によって資源がさらに逼迫したり(図1のJ)、数万人の難民が一斉に燃料を得るため周辺の森林が伐採されてしまうなど環境破壊の要因となりうること(図1のK)は十分に配慮すべきである。このような難民庇護意識の低下は、難民の実数および潜在数が増大しつづけているにもかかわらず、既存の難民の帰還が遅々として進まないことが一因となっている。本来、一時的なはずの難民庇護が長期化するケースが多発しているため、受入国は自然、及び腰にならざるを得ないのだろう。

 1991年から93年にかけて、ブータンからネパールに流入した難民は8万人以上にものぼる。ネパール政府が、現在、難民をブータンへ即刻送還したいと考えているのは理解できることかもしれない。最貧国の一つであるネパールにとって、これ以上の人口増加の要因を抱えたくないのは当然である。たとえば、難民キャンプ周辺の森林破壊がすすむなど環境問題が顕在化している。また、難民と先住の地域住民との間の不和も少しずつ表面化しており、ネパール政府は神経をとがらせている。しかし、先進諸国はこのブータン難民の存在をすっかり忘れているかのようで、受入後7年目を迎えようとしていながら帰還のめどは全くついていないのである。

 一方で、ツチ族のキガリ制圧後、ザイール東部に流入したフツ族難民の例は、受入国の不安が現実となってしまった悲しい例である。流入したフツ族難民が、流入先に定住していたバニャムレンゲ族を迫害したため、バニャムレンゲ族が本格的な反ザイール政府武装闘争を開始してしまったのである。このように、難民の発生が新たな紛争の火種となる可能性もあるようだ(図1のL)。

 ここまで、人口の増大から、紛争の拡大にいたる道筋を追ってきた。人口爆発という状況をベースに、食糧不足が紛争を引き起こし、これがまた農民を難民にしたり、環境を悪化させるなどして食糧不足をさらに加速させてしまっている。いわば、「殺戮をともなう悪循環」という人類の現実であった。

 しかし、ここまで示したすべての局面で、同時に、国際協力という不屈の努力が開始されているのもまた、人類の新たな一面といえる。

 ともすれば絶望しそうな人口問題には国際地域保健を基礎として、リプロダクティブヘルスなど様々な試みが続けられている。

 環境問題に対しては、多くの環境NGOが監視の目を光らしているほか、97年には京都会議というささやかな一歩も国際レベルで踏み出された。また、多くの科学技術者が持続可能なエネルギーを求めて、高度成長時代に負けぬ研究努力を続けている。

 地域紛争についても、国家レベルでの軍縮は世界の潮流となっており、ミクロな軍縮を実現すべく多くの研究者が武器の流れを監視している。また、紛争を未然に防ぐ手段として、人権の意義を各国に広めるNGOの活動が目立ってきている。農村開発と歩調を合わせ、地域の健康を増進させる活動を続けている国際保健の存在は言うまでもない。

 フリチョフ・ナンセンによって開始された難民保護の歴史は、20世紀の人類が誇るべき足跡であろう。現在、すべての難民の法的立場が認知され、そのほとんどがUNHCRの庇護の下にある。

 おそらくは、こうした不断の努力こそが光明を見出させるに違いない。いたずらに生活レベルを退行させ、殻の中にこもることが解決なのではないだろう。ささやかながらも栄光と呼ばれるかつての人類史を振りかえりたい。たぐいまれなる知性と団結を誇る人類の一員として、21世紀を「驚くべき希望の世紀」とするかどうかは、私たちの双肩に委ねられている。

【高山義浩・山口大学医学部学生】


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