■ 新たな避妊の選択肢・ピル

1997年10月15日


 92年以降、事実上"凍結"されていた経口避妊薬(ピル)であるが、服用後の性感染症の動向調査を条件としながらも解禁へ向けて大詰めを迎えている。早ければ年内にも承認される見通しである。

 ピルは、30年の歴史を有し、現在、世界で6000万人以上の女性が服用しており、薬のなかで最も広く使われ、研究が繰り返されている薬剤とも言われている。ピルの避妊効果とは、エストロゲンとプロゲステロンの服用による排卵抑制にあるが、最初に紹介された頃はこれらホルモン量が高く、副作用を抑えるためにも減量化が徐々に図られてきた。今回、承認されようとしているのは、避妊効果を維持できる範囲でホルモン用量を減量した低用量ピルであり、安全性は飛躍的に向上している。つまり、広く知られている高用量ピルの副作用を、ここで当てはめることはできない。さらに、米食品医薬局によると、コンドームを1年間使用した場合の失敗率が12%であるのに対し、ピルでは0.1%と、避妊効果でピルがコンドームをはるかにしのいでいる。これが、世界の女性の15%がピルによる避妊を選ぶようになった理由であろう(88年国連報告「世界の避妊」、一位は女性の不妊手術で26%、ちなみにコンドームは10%)。ところが日本では、既婚女性の77.7%、未婚女性の92.7%がコンドームを避妊法としており、コンドーム一辺倒である。そして、既婚女性の実に25.9%が中絶経験をもつという報告がある(94年毎日新聞社「全国家族計画世論調査」)。あたかも、コンドーム → 失敗 → 中絶 という図式が日本には定着してしまっているかのようだ。

 思い起こせば、日本は避妊法の開発で先進的な役割を果たしてきた。カトリック教会が唯一認めている避妊法は「オギノ式」という周産期禁欲法であり、IUDでは「太田リング」が有名である。実は、ピルに関する世界初の報告は東京で行われている。55年に開かれた国際家族計画会議でのことである。それでいながら何故、日本はここまで選択肢の少ない国になってしまったのであろうか。

 ピルが使われはじめたのは、60年代であるが、ちょうどそのころ日本では森永ヒ素ミルク事件やサリドマイド事件などが社会問題になっていた。これら薬害がピル認可へ向けた審議に重なってしまい、また「ピルを認可すると女性の性のモラルが乱れるから」という政財界を中心とした意向が後押しして、65年7月、審議が中断、これがピル承認の最初の挫折となっている。

 そして72年、中ピ連(中絶禁止法に反対しピル解禁を要求する女性解放連合)が結成されたものの、その運動は、ピンクのヘルメットをかぶって他の集会に乱入するなど過激であったため、一般に「ピル解禁」という言葉がタブー視されるようになってしまった。また、そのころ服用されていたピルは高用量であり、非常に副作用が強く、「ピルは危険な薬」というイメージが定着してしまった。

 しかし、80年代後半、約5千人を対象として治験が行われ、結果、深刻な問題はないことがわかり、90年、いくつかの製薬会社から再びピル認可の申請が出された。この時点でのピルはすでに世界的にも定着している低用量ピルであり、ピル解禁は時間の問題と考えられていた。ところが、92年3月、突然、ピル認可へ向けての審議が再び"凍結"されてしまう。エイズの蔓延を招きかねないとの「公衆衛生上の見地」がその理由であった。

 ピルを使用するとエイズが広がるのだろうか。確かに、ナイロビの売春婦の調査では関係が認められたという報告もある。しかし、欧米諸国の調査結果では関係が認められておらず、専門家にはその相関について否定的な意見が多い。逆に、海外の患者団体からは、「避妊を確実にして母子感染を防ぐ」という目的で、ピルの重要性を訴える声があるほどだ。また、日本では、排卵期周辺にのみコンドームを使用するカップルが多く、STD(性行為感染症)の予防としては、あまりその役割を果たしていないと言われている。事実、日本人のクラミジア陽性率は10.4%であり、世界に遜色ない結果も出ている(96年東京都予防医学協会)。

 92年の審議凍結の影には、もう一つの理由があったと日本家族計画連盟事務局次長の芦野由利子さんは指摘している(「ピル−その虚像と実像」助産婦雑誌96年3月号)。それは、90年の「1.57ショック」を受けての人口政策的意図であるという。合計特殊出生率が、89年に史上最低の1.57になったことで、出生率の低下を憂える声が政財界を中心に大きくなっていたが、これへの最初の対処が、翌91年の「中絶可能な時期の24週未満から22週未満への短縮」であり、そして92年の「ピル凍結」だというのである。

 これまで、ピルについて主に保健行政的側面について解説してきたが、ピルには、「女性が主体的に取り組むことのできる避妊法である」という点や、「性感を損なわない」などコンドームとは異なる重要な側面もある。一方、副作用が軽減したとはいえ、悪心・嘔吐などの症状が指摘されている。新たな選択肢として加えられる避妊法について誤解や偏見を取り除き、正確な認識をもってつきあい、また女性のリプロダクティブ・ヘルスについて国際的な見識をもって考えるきっかけとしたい。

【高山義浩・山口大学医学部学生】


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