■ 経済制裁下のイラク

1997年07月15日


 先月、アナン国連事務総長は、イラクに対する石油輸出禁止措置の限定解除を更に6ヶ月間延長するよう勧告する報告書を安全保障理事会に提出した。

 昨年12月、6年以上続いているイラクに対する国連経済制裁が初めて部分解除され、イラクは半年間に20億ドル分の原油輸出を認められていた。しかし、武器査察をめぐって安保理と対立し、上述のように石油禁輸の限定解除の目途も立たず、また60億ドル以上の戦争補償金を背負っているイラクの国際社会復帰への道は決して順調とはいえない。そして、こうした経済制裁のために、子供を含む数多くのイラク国民が物資不足にあえぎ続けているということを忘れないでおきたい。

 56万7千人。これは、この7年近くの間に経済制裁が原因で死んだとみられる子供の数である。経済社会人権センターのツァイジ先生とハーバード大学のファウジ先生は、ランセット95年12月号で、次のように報告している。

「首都バグダッドでは、戦争前の乳児死亡率が8.04%だったのに対し、95年では16.07%に倍増した。5歳未満児死亡率も4.06%から19.82%に激増している。栄養失調の子供が増えており、91年〜95年の間に成長不良の子供は2倍、低体重児の子供は7%から29%になった。イラクの保健指標は、今では世界最貧国の数字に近づいている。経済制裁により、物資が極度に不足し、闇市場の品物の値段は庶民の手の届かないところまで高騰している。このため、人々の多くは政府からの1日1人当たり1000キロカロリーほどの配給を頼りに日々を暮らしているのである。」

 また、物資不足は医薬品においても深刻なようである。ヨルダン人医師アルファレック先生は、イラクを訪れた後、次のようなレポートをランセット95年5月号に寄せている。「イラクではガーゼや防腐剤といった基本的な医薬品が非常に手に入りにくくなっている。さらに悪いことには、麻酔薬や縫合糸が不足しているため、必要な手術もろくに行えない状況だ。このような状況下で、イラクの医者たちも患者に対する無力感にさいなまれている。」

 疾病構造にも変化がある。ワクチン接種率の低下に伴って、ポリオ、新生児破傷風、といった病気の頻度もあがり、腸チフス、コレラ、マラリア、リーシュマニアなどの感染症も広がっているようである。また、湾岸戦争で大量に使用された劣化ウラン弾の影響で、白血病、がん、腫瘍も急増しているという報道もあった。ただし、このうちポリオに関しては、WHOのアルワード先生が、ランセット96年5月号に「国際組織や非政府組織の援助で92年からはじまった拡大予防接種計画の効果が現れ、いったん悪化したポリオの有病率は再び減少しはじめている。」と報告している。ポリオは下痢などに比べれば決して頻度の高い病気ではない。しかしこれは、国際社会とイラクとが協力して状況を改善することができた数少ない例であり、今後に期待を持たせてくれる結果ではある。

 上に挙げた数字は最近の論文から抜粋したものであるが、十分な統計処理がほどこされているとは思えないため、これらの数字をそのまま受け入れることは少々はばかられる。しかし、イラク国民の生活が窮地にあるというのは疑う余地の無い事実であろう。そしてその原因には、フセインの暴政だけでなく、アメリカの目指す「新世界秩序」にもあるのではないだろうか。

 アメリカは、世界の資源を支配するためにこれまで数々の行動を起こしてきた。今回の対イラク政策もその一環である。アメリカは決してフセインの行為を道徳的に許せなかったからイラクを攻撃したわけではない。アメリカに利益をもたらさないフセインを除くため、そして地域大国であるイラクを弱体化させ、中東における影響力を強固にするためにイラクを攻撃し、いまなお経済制裁を続けているのである。唯一の超大国としてのアメリカの地位を確立すること、これがアメリカの言う「新世界秩序」なのである。

 共産主義が崩れ、資本主義も閉塞感をかかえている現代は、新たな理念を模索しながら個々の持つ多様性を発揮し、尊重していくべきときである。だがそんな現代にあって、日本はアメリカのイエスマンと言われて久しく、イラクの経済制裁にもアメリカに足並みをそろえて加わった。いま、自らが加担している経済制裁のもたらした結果に日本はどれだけ気づいているだろうか。もうそろそろ、日本も独自の基準や考え方を中東問題に関して持ち、行動していくべき時である。

 危機に瀕しているイラクの影に、行く先を決めかねてさまよっている日本の姿が見える。

【西大輔・九州大学医学部学生】


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