■ インドネシア民主化の射程

1997年06月15日


 インドネシア総選挙は、終わってみれば与党の歴史的圧勝であった。

 先月30日までに明らかになった開票結果によると、与党ゴルカルは、92年の前回より得票率で5.9ポイント上回る74.0%を記録し、過去最高となっている。一方、野党民主党は、政府に対して批判的であった故スカルノ大統領の長女メガワティ・スカルノプトリ党首を解任して選挙にのぞんだが、前回より11.9ポイント減の3.0%にまで落ち込み、歴史的敗北に追い込まれている。

 91年11月のサンタクルス問題を引き金とした東ティモール紛争については、欧米から人権蹂躪として批判され続けていたが、さらに96年のインドネシアでは、国民車問題、スハルト大統領の健康問題(今月、スハルト大統領は76歳の誕生日を迎える)、7月27日のジャカルタ暴動、民主党党首問題など、対外イメージを低下させる事態が連続していた。今回の選挙において、インドネシア国民がスハルト体制にどのような判断を下すのか、欧米メディアは大いに注目していたのだが、スハルト体制の盤石ぶりを示すこの結果に愕然としている。

 この結果は、はたしてインドネシアの民意を反映しているのだろうか。軍内反主流派の動きや、学生・知識人らの反スハルト政権運動、労働者の賃上げ要求ストライキなどが強まっているとの話は伝わってきている。なぜ、スハルトは、内外のこうした圧力をはねのけながら権力を掌握しつづけているのだろうか。この疑念をひも解くには、インドネシア独特の「パンチャシラ」体制を理解する必要がありそうだ。

 「パンチャシラ」とは、挙国一致体制の基本理念として、日本統治下の独立準備委員会において提唱された5原則である。これは独立後、ジャカルタ憲章に明記され、憲法前文にも掲げられている。その内容とは、@唯一至高神への信仰、A公正にして開化した人道主義、Bインドネシアの統一、C協議制・代議制における英知によって指導される民主主義、D全インドネシア国民のための社会正義、というものである。インドネシアは建国以来、このパンチャシラに基づく政治体制を保持してきているが、つまりこれは、国家の利害を個人や集団の利害の上位に位置することを正当化した統治原理といえる。権利の行使、協議の決定とそれへの服従に関して、「調和と均衡」を尊重して、自己の利害意識を抑制するよう説いており、その根拠をインドネシア社会全体をひとつのゲマインシャフトとみなす宗教的思想から引き出している。スハルト大統領が自らを「開発の父」と呼び、国民に対しても好んで「パク・ハルト(父スハルト)」と呼ばせていることは、このパンチャシラの現われであろうか。

 インドネシアでは、国会も、政党も、このパンチャシラに忠実であることを要件とされている。よって、政府が、これらに対して直接に干渉することが制度的に認められている。

 国会定数500のうち、100議席が大統領によって任命されているなどは序の口で、選挙において、政府には候補者名簿のスクリーニングすら可能となっている。すなわち、政府は、不都合な人物に対して、パンチャシラに忠実でないと指摘することによって、その人物を候補者名簿から削除することができるのだ。当然、野党は弱体化し、外へ向けての権力闘争を諦め、内紛が絶えないようである。そして、最終的には、大統領が野党の党首を選ぶことすら行われているのが実状である。

 では、民意を抑制するパンチャシラ体制において、具体的な政治決定はどこで行われているのだろうか。

 「開発」こそ、国家の役割とみなすインドネシア政府において、政策立案や計画の過程で大きな権限を有するのは、経済テクノクラート層である。開発の公共部門においては、200社以上にものぼる国営企業が利権事業の独占を図っている。また、民間部門の大型プロジェクトは、スハルトが積極的に華人資本を活用したため、華人資本は輸入代替業を足がかりに急成長し、88年の金融自由化後は、金融、サービス業において利権をしっかりと握り、開発独裁と足並みをそろえている。

 この流れの中で、一般マレー人の出る幕は、ほとんどなかった。ところが、90年代に入ってプリブミ資本と呼ばれる、先住マレー人の企業家による力が新興してきている。しかし、残念ながら彼らをもって第3極と呼ぶことは難しそうだ。なぜなら、こうしたプリブミ資本の担い手とは、多くが政府高官・官僚の子弟であるからだ、その最たるものが、大統領ファミリーであり、スハルトの3人息子、Tommy、Sigot、Bambangの名前をもじって「TOSHIBA」などと揶揄されている。

 インドネシア政界において、スハルト体制は不動のものであるようだ。来年3月の大統領選挙で、スハルトが7選を果たし、大統領の座に就いて30年目に突入することは間違いなさそうである。ただし、国外のみならず、国内にも「インドネシアの民主化」を要求する声が、急速に拡大しつつあることは見逃せないだろう。その勢力の中心とは、皮肉なことに開発による近代化の進展が育てた、知識人や学生、NGOらである。

 彼らの声が実現してゆく過程を、今後も注意して見守ってゆきたい。

【高山義浩・山口大学医学部学生】


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