■ 混迷するタイ経済

1997年05月15日


 タイの大学生に異変が生じている。

 タイの大学生にとって、3月上旬から6月上旬までの夏休み、海外を旅行すること、とりわけアメリカ合衆国へ留学することは、豊かさの象徴であり、エリートの証明であった。ところが、順調に増加していたはずの、この「夏期留学ツアー」が、昨年の7000人から、今年は一気に半減しているという。

 その影には、やはり、タイ経済の低迷があるようだ。

 このタイ経済の落ち込みをタイ人自身に思い知らせたのは、今年3月の米民間格付会社による、タイ大手二銀行の格下げであった。米スタンダード・アンド・プアーズ社(S&P)は米ムーディーズ社とならぶ信用格付け機関であるが、同社が、タイファーマーズ銀行とサイアムコマーシャル銀行の二行の信用格下げを発表したのである。昨年来、タイ銀行界では、不良債権の問題をはじめ、不正融資や横領などが表面化し取り沙汰されていた。タイ中央銀行元総裁のインサイダー取引が話題となったのも昨年のことである。タイ国内では、こうした事件には慣れっこになっている面があったのだが、海外での印象は悪くなる一方であった。

 そして、ついに銀行の格下げという形で、海外の懸念が示されてしまった。格下げは即、資金調達コストの上昇につながるため、経営への影響は大きい。このことは、証券アナリストをはじめ、多くの金融関係者に深刻に受け止められ、タイの株価の下落に拍車がかかるとともに、ドル買い・バーツ売りの動きが加速している。

 もっとも、この「格下げ事件」、銀行の経営安定度に対する評価以上に、タイ経済そのものへの不信感が根底にあるようだ。

 96年の輸出(サービスを含む)は、95年の14.8%増から5.9%増へと伸び率が大幅に鈍化している。これは、繊維、靴、缶詰、プラスチック製品の輸出が、中国、インドネシアに市場を奪われたことに大きい。この伝統的な工業製品輸出の出口のない低迷が、高水準の経常赤字を固定化させており、株式市場は下落の一途をたどっている。経済回復の手段は財政に委ねられるが、政府が株価の下支えに出動しても、現実には外国投資家を中心とした売り圧力の前に、焼け石に水といった状態である。また、タイ中銀はバーツ買い支えに40億ドルをたった数週間で放出したといわれるが、400億ドル足らずしかない外貨準備では、いつまで持ちこたえるものでもないだろう。

 この混迷にあえぐタイ経済に抜け出す道があるとすれば、それは自由化へ向けてタイ製品の国際競争力を強化してゆくことにあるだろう。輸出志向の製品として、すでに東南アジア最大規模である自動車の競争力を固め、さらにコンピュータ周辺機器、エアコンなどの家電の技術開発に力を入れる。また輸入代替型の鋼板、石油化学などの大型プロジェクトを推し進めるべきである。

 これら製品の国際競争力強化の鍵となるのは、海外からの資本と技術の導入であり、国内における人材の育成であろう。すでに近隣諸国と比して先進化しているタイにとって、労働集約型産業は競争力を失う一方である。資本集約型産業への再配置と、これを支える労働の質がタイ経済の目指すべき道である。

 今年3月下旬、「格下げ事件」のさなか、チャワリット首相は「浪費の時代は終わった」と興味深い発言をしている。チャワリット政権は、教育を国家開発の柱に据え、麻薬、エイズ、児童売春などの社会問題の解決を重視するとしている。この姿勢がどれだけ続くのか、そしてどのような成果へと結実するのか、期待して待ちたい。

【高山義浩・山口大学医学部学生】


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