■ カリガートからの報告

1998年05月01日


◆ある一日

 午前の活動が終わって、ほとんどのボランティアが帰っていった後、一人の女性が入口近くの階段に腰掛けているのに気がついた。よく見ると、それは踊り好きで、いつもにっこり笑っていた白髪の患者だった。しかし、彼女は施設服を脱ぎ、新しい黄色のパンジャビと、それにあわせた少し色の濃い黄色のショールに身を包んでいる。

 カリガートに55ある女性のベッドは満杯で、次に誰が、いつ運ばれてきてもいいように、動けるようになった人からカリガートを出なければならないのだ。そして、今日、選ばれたのが、このおばあちゃんだった。

 一人の長期ボランティアが彼女の近くにやってきた。おばあちゃんは、すかさず彼女にしがみつき、声をあげて泣き出した。周りにいた者も、しばらく二人の別れを静かに見守っていた。そして、一人のシスターが、彼女にわずか5Rsを握らせた。今まで泣いていた彼女だったが、もう顔に涙の跡はなかった。シスターと二人、静かに外へ向かった。入口の前でシスターは立ち止まった。おばあちゃんは腰をかがめながら、久しぶりに目にする外の世界にも、表情ひとつ変えずに、ゆっくりと歩き出した。ゆっくりと、ゆっくりと、彼女は人をかきわけながら、やがて人ごみに消えていった。一度もこちらを振り返らずに。

 わずか5Rs、チャーイを2杯飲めるだけのお金だ。それだけのお金で彼女はこれからどうしてゆくのだろうか? どこかに彼女の帰りを待つ人がいるのだろうか? 今日はどこで寝るのだろうか? そんな不安が私の頭をよぎる。

 そして、マザーテレサのこんな言葉を思い出した。それは、「'Missionary of charity"の医学的アプローチは、あまりに基礎的なレベルにとどまっており、重病の患者に対して十分に対応しきれていないのではないか?」という質問に答えたものである。「そのことは承知です。私たちの医学技術に限りはありますが、しかし、その基礎的な治療すら受けることが出来ないでいる人々がいるのです。」

 カリガートが、西洋人の望むような、完全な社会復帰のできるリハビリ施設にならない、なり得ない、そしてシスター達がそれを望まない理由が、この時、はじめてわかるような気がした。路上では、誰にも気を止めてもらえない人々が、本当に多くの人々が、今日も朝を迎えたことだろう。カリガートとは、その多くの人の中でも、死に瀕している人々の一時療養所にすぎないのだ。

 今日は、いつになくどんより曇っていて、蒸し暑い。明日は雨かもしれない。私は、午後の活動に備え、休息をとるため帰路についた。

◆平和

 今日は、いつもより道がすいていたのだろうか。ワーク時間より20分はやくカリガートに着いた。中に入ると、いつものように数人のボランティアが、すでにワークをはじめていた。うち一人の女性リーダーが、私のところへやってきた。そして私は、今朝一人の患者が亡くなったことを知ったのだった。

 その患者とは、かれこれ2年ほど前から、このカリガートとプレムダンを行き来していた女性で、内臓に疾患があるのか、単なる床擦れなのかはわからなかったが、下半身の皮膚はかなりひどくただれ、太股は身がえぐれていた。排便、排尿は、体に管を通して行なっており、彼女自身、自力で動くことは全くできないでいた。その上、彼女は全盲だった。しかし、このような状態でも、毎日少しずつ食事をとり、ここ6ヶ月間を、このカリガートで生きてきていた。

 私は、荷物を置いてエプロンを身につけ、亡くなった彼女のベッドへ向かった。そして、かぶせてあった毛布をめくった。私にとっての彼女の記憶とは、痛みを訴えるわめき声、「お母 さん」と呼びつづける言葉、とにかく、見るに耐えがたい苦痛に満ちた表情だけが全てであった。しかし、毛布の下で永遠の眠りについたその顔は、驚くほど気持の良さそうな、幸せそうな表情をしていたのだった。私は、しばらく、朝日に照らされた彼女のその顔に見入ってしまった。

 やがて、ワークの時間になったらしく、シスターたちがやってきた。そして、3人のシスターによって、手慣れた手つきで遺体処理作業が行なわれた。体全体がきれいに拭われ、白い粉を全身にぬられ、白い布で全身を包まれ、彼女は担架で遺体安置所へと運ばれていった。

 私は、このカリガートで幾人かの亡くなった人の顔を見てきたが、こんなに幸せそうな顔を見たのは初めてだった。しかもカリガートで、生きてはいても、他の患者と話すこともなく、ただベッドに横たわっていて、うめき声をあげて、食事をわずかながらとるだけの、この最も不幸だったともいえる彼女が、だ。

 この笑みはいったい何だろう?

 私は、この日一日、彼女のこの顔が頭から離れなかった。彼女の名前は「シャンティー」。ベンガリー語で「平和」という意味だ。

【堅田三絵・福岡県立福祉大学社会学部学生】


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