■ 帰ってきた細菌  〜第7回・国際感染症学会から〜

1996年09月15日


 日本が第二次世界大戦に敗戦した1945年、細菌性赤痢が流行した。年間届け出患者数は11万人を超す大流行であったが、サルファ剤の投与が確実に効果を発揮し1948年にはほぼ克服した。ところが、1950年頃からサルファ剤耐性の赤痢菌が急速に広まり、再び赤痢の大流行に陥った。しかし、ストレプトマイシン、クロラムフェニコール、テトラサイクリンが有効な薬剤として新たに発見され、赤痢は1953年から沈静化の方向へ向かいはじめた。ところが、1957年頃、これら薬剤の使用量の増加とともに、赤痢菌はサルファ剤に加えて、これら三剤にも耐性化していったのだった。こうして、赤痢菌は基本的に前者の四剤耐性となり、その後、アンピシリン、カナマイシンなどが導入されたが、赤痢菌はことごとく耐性を獲得し、五剤耐性、六剤耐性も珍しくなくなった。このぞっとするような事態は、赤痢菌に限らず、ほとんどの病原菌に発生している。

 6月11日より3日間、第7回国際感染症学会が香港で開催された。同学会では、世界的な問題となった薬剤耐性菌の蔓延に焦点があてられた。WHO事務局長の中嶋宏先生は、「マラリアの耐性株をはじめ、HIV患者で特に問題となっている多剤耐性結核菌、性行為感染症である淋病の耐性菌、さらに院内感染で多いMRSAやバンコマイシン耐性腸球菌、あるいはペニシリン耐性肺炎球菌などが急増している」と開会式で述べた。

 先生の挨拶を少しだけ解説しよう。

 マラリア患者は、現在、年間2億人のペースで新たに発生している。さらに、年間2百万人が死亡しており、その多くは小児である。マラリア感染のある地域は、アジア、アフリカ、中南米の国々であり、世界人口の約半数が危険にさらされている。薬剤耐性の状況は、熱帯熱マラリアのクロロキン耐性が中米と中近東の一部を除くほぼ全域、同ファンシダー耐性が相当報告されるようになってきており、キニーネや新薬メフロキンについても多剤耐性がインドシナ半島で発見されている。また、これまで耐性原虫は熱帯熱マラリアのみであったが、つい最近、三日熱マラリアのクロロキン耐性の報告があった。19世紀には先進国の死亡原因第1位であった結核も、20世紀後半には激減し、完全な撲滅も夢ではないと思われていた。しかし、1986年、順調に減少の一途をたどっていた米国で、年間患者発生数が突然増加した。それは、HIV発見の3年後であった。WHOの推定では17億人、つまり全地球人口の3分の1が結核に感染している。しかし、その大部分は不顕性である。ところが、HIVウィルスは免疫系を破壊するため、結核菌を活性化させるのである。現在、世界中で4百万人以上が、結核菌とHIVウィルスに感染していると推測されている。しかも、エイズ流行と同時に、これら結核菌が多剤耐性を示しはじめている。さらに、HIV感染者のツベルクリン反応はCD4+リンパ球の機能低下により、陽性率が弱く出るため、診断がつきにくいという問題もある。米国の刑務所にはHIV感染者が多数収容されているが、「ある刑務所病院で卒後研修をうけた内科医について、研修前にはツベルクリン反応陰性であったものの、研修後でその約半数が陽転していた。」という報告もあり、医師や看護婦がエイズ病棟で働きたがらなくなるのではないかと憂慮されている。

 日本では、戦後直後、年間届け出数が20万人を超えた淋疾も、1957年の売春防止法とペニシリンの効果により届け出数は極端に少なくなっている。しかし、淋菌にしてもペニシリン耐性、またテトラサイクリン耐性が広まっている。また、同学会ではThomas O.Linglof先生から、淋疾や梅毒が旧ソ連邦諸国で激増しているとの報告があった。それは、独立後の売春増加や旅行の拡大に原因があると思われる。 MRSAは言うまでもなく、日本でも深刻な問題になっている。厚生省が行なった実態調査では、全国253病院のうち実に9割以上に感染があることが判明している。この主な原因として、抗生剤の不適切な使用法が指摘されているが、特に、術後の抗生剤の予防的投与を必要以上に長期に続けることが一因とされている。効果を持つ抗生剤の開発も進み、アルベカシン、バンコマイシンが使用されているが、これらの耐性菌出現も時間の問題である。

 さて、学会では、WHOの『薬剤耐性モニタリング制度』(世界の薬剤耐性菌の出現状況などを集中管理するシステム)や、耐性菌予防ワクチンの紹介、新たに開発された抗生剤の紹介などが処方箋として示されていた。一方、MRSAに関して、今年のJAMA1月号では、病院における抗生剤耐性の感染症の増加を特集し、予防対策を提案していた。耐性菌の出現、拡散を防止する戦略として、@外科手術に対する抗生剤の予防的使用の適正化、A抗生剤の選択の改善と使用期間の適正化、B医師ならびに医療関係者への抗生剤耐性菌追跡調査結果の通達を徹底すること、と示していた。

 人類は再び舞い降りた死の使者を、また追い払うことが出来るだろうか?

【高山義浩・山口大学医学部学生】


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