■ ヒトゲノム計画が第U期に移行

1996年04月15日


 「ヒトゲノム計画」とは、1セット30億個の文字で書かれた人間の遺伝情報(ゲノム)を、国際的な協力で解読しようとする大型プロジェクトである。

 ヒトゲノム計画は、次のようなステップで進められようとしている。

 まず、30億の文字の並び(シークエンス)を標したゲノム地図を作成する。そして、地図上のどこにどのような遺伝子があり、その遺伝子がいつどこでどのように働いているのかを調べてゆく。

 日本の文部省により、1991年から5年間かけて行なわれた「ヒトゲノム計画第T期」は、ゲノム地図の作成に力点が置かれていた。そして、ゲノム地図の大半を完成させ、研究計画の5年間を終了、今年4月から第U期がスタートすることになる。第U期の主眼は、完成したゲノム地図から遺伝子を発見してゆくことに置かれる。

 遺伝子解析は着々と進められているが、一方で、この進展に過剰な期待をよせたり、強い拒絶を示されたりするようになってきている。しかし、その大半は、メディアや産業界の誇大宣伝に引きずられた非現実的な技術の妄想によるところが大きいのではないか。

 たとえば、一般に、血友病や筋ジストロフィーなどの遺伝性の病気は、遺伝子治療によって家系から排除できるようになりつつあると考えられている。また、一方で、欧州連合理事会が生殖細胞系遺伝子療法の一時停止を提案しているように、「未来の世代に伝えられる遺伝子という遺産に手を加えるべきではない」と、特に宗教界を中心に反発が繰り広げられている。しかし、実際には、子孫に伝えられる遺伝的特性を変化させる生殖細胞系遺伝子療法など、どこでも行なわれていないし、実現の見通しもたっていないのが現状だ。それどころか、本人のみに影響を及ぼす体細胞遺伝子療法すら、莫大な費用がかかるため医療として定着するか疑わしいのである。

 ヒトゲノム計画が医学的に貢献してきたのは、遺伝子工学の分野ではなく、たとえば家族性大腸ポリポーシス、急性骨髄性白血病、アルツハイマー病、乳癌などの原因遺伝子を発見してきたことである。そして、今後、現実的に期待されるのは、さらに病気と関係する遺伝子の発見を進めることで、ある人の遺伝子から、その人が警戒すべき病気のタイプを発症前に予測し、病気にならないための予防医学的な指導を実現することにある。また、原因遺伝子の働きを追跡することで、効果的な治療法や薬剤が開発できるかもしれない。

 非現実な遺伝子工学の夢に一喜一憂するのではなく、本当に実現しつつある遺伝医学について準備しておくべきではなかろうか。早急に詰めておくべき問題は、遺伝情報の取り扱いについてである。

 アメリカ合衆国では、病気でもないのに遺伝的理由で職を失ったり、保険契約を断られたりした「遺伝子差別」が問題となりつつある。個々人の遺伝情報を管理し、その利用を厳しく制限しておかなければ、遺伝子解析が進められるにつれて差別される可能性のある人々は増えてゆく。遺伝情報について医療者側の共通の認識を確立し、法規制にまで持ち込んでおくべきであろう。

【高山義浩・山口大学医学部学生】


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