感染症トピックス 研究会目次


動物園と人と動物の共通感染症
  
東京都多摩動物園 成島悦雄 (日本動物園水族館協会感染症対策委員会事務局)
 
1.さまざまな感染症の身近な発生
  ここ数年、口蹄疫、BSE、オウム病、西ナイル熱など動物園水族館にとり見過ごすことのできない感染症が、動物と動物、あるいは人と動物の間で発生している。昨年はコロナウイルスによる新型肺炎SARSの流行、今年は高病原性鳥インフルエンザが猛威をふるっている。世界保健機構(WHO)が「我々は、今や地球規模で感染症による危機に瀕している。もはや、どの国も安全ではない」と警告しているように、我々を取り巻く衛生環境は厳しい。
  我国においても、感染症予防法が改正され、2000年1月からはサル類について厳しい検疫が開始された。2003年3月にはペストを媒介するプレリードッグ、10月にはニパウイルス感染症や狂犬病を持ち込むおそれのあるコウモリ、ラッサウイルスの自然宿主であるマストミスの輸入も禁止されるなど予防対策が整えられつつある。しかし、対策を先回りするが如く次々と新たな問題が発生しているのが現状である。
 
2.動物園での共通感染症の発生
  日本の動物園の歴史は1882年(明治15年)に開園した上野動物園にはじまる。これまでの120年以上の動物園の歴史の中で、職員や動物が共通感染症に感染した例や、その結果、来園者の安全が確認できるまで一時的に動物園を閉鎖した例はあるが、幸いなことに来園者が展示動物から感染した事故は日本では皆無であった。しかし、2001年12月、(社)日本動物園水族館協会非加盟園ではあるが鳥類専門の飼育展示施設で、従業員と来園者の双方にオウム病の集団感染が認められた。当該施設の管理者は従業員への衛生教育を怠ったとして書類送検されている。この事件は動物園水族館にとり、公衆衛生上の管理がいかに大切か再確認させてくれる重要な事件であった。
  動物園における人と動物の共通感染症例として、爬虫類のサルモネラ症、ペンギン類のアスペルギルス症、オウム類のオウム病、齧歯類やサル類のレプトスピラ症、イルカ類の豚丹毒症、反芻類のクラミジア症、サル類のエキノコックス症、破傷風、赤痢、結核、エルシニア症などの発症報告がある。これらのほとんどは動物間の発症で、動物園職員が感染した例は稀である。一方、動物園に遊びに来た幼稚園児からチンパンジーの子供が水痘に感染したと思われる来園者から展示動物への感染推測事例もある。
 
3.日本動物園水族館協会の対応
  (社)日本動物園水族館協会は動物園と水族館の事業発展のために作られた組織で、2004年3月現在、動物園97園と水族館69館が加盟している。交通手段の発達で国内外の動物園水族館と動物のやりとりが盛んに行われ、来園者も広域化し、動物園水族館の国際化が急激に進行している。このため感染症が動物園水族館に持ち込まれる危険性も増加している。BSEに感染したチーターが繁殖のためイギリスの動物園からフランスの動物園に移され、フランスで発症したことがある。希少動物の繁殖のために、動物が国際間の移動を行うことは珍しくないが、移動に伴い感染症も伝播してしまう問題提起となった。
共通感染症対策として基本的な衛生管理を徹底して防疫に努めると共に、万一、感染症が発生した場合でも、速やかで適切な初期対応ができれば、重大事には至らないですむはずである。感染症を闇雲におそれず、また侮ることなく、関係機関の協力を得ながら基本的な衛生対策を着実に行うことが、我々、動物園水族館に働く者の責務と考えている。
  協会では感染症の防止や発生に対応するため、各ブロック代表の獣医師から構成される感染症対策委員会を1999年に立ち上げ、動物園水族館における感染症の実体調査、感染症発生時の対応ガイドライン作成、感染症情報の交換・周知徹底などの活動を行っている。協会版感染症対策マニュアルは、2003年3月に厚生労働省が作成した「動物展示施設における人と動物の共通感染症対策ガイドライン」作成時の叩き台となった。現在、協会加盟園館の感染症対策は厚生労働省のガイドラインに準拠している。
 
4.新型肺炎SARSと高病原性鳥インフルエンザ
  昨春、ハクビシンが新型肺炎SARSの感染源ではないかというニュースが流れた時は、動物園にも「動物園で飼育しているハクビシンは安全でしょうか」という問い合わせが多数寄せられた。中国と香港の研究機関が中国南方で食用にされているハクビシン、タヌキ、イタチアナグマからSARSを引き起こすコロナウイルスの遺伝子配列に似たウイルスを検出したためである。ハクビシン犯人説のおかげで、いつもは人気の無い動物園のハクビシンも脚光を浴び、一時は人だかりができるまでになった。幸い、国内での発生がみられなかったため、動物園の対応も余裕をもって進める事が出来た。
今年は、高病原性鳥インフルエンザの国内流行である。昨年12月の韓国での流行をみていて、日本に飛び火しなければよいがと考えていたが、今年1月、山口県での発生のニュースを聞き、日本で現実のものとなってしまった。
  動物園で飼育しているニワトリは、子供のふれあいに使われることが多い。ニワトリはおとなしく、子供より十分に小さく、扱いやすいため子供動物園などで放し飼いにされることが多い。保育園、幼稚園、小学校などで子供にいのちの大切さを感じてもらう動物として飼育される代表的な動物である。国内で発生していることから、ニワトリをふれあい動物からはずす動物園が多い。衛生管理を徹底していれば飼育鳥類が感染することはまずないと言われている。しかし、大分での愛玩ニワトリでの発生をみると、感染の危険を否定することはできない。多数の来園者の健康を守るためにもやむを得ない処置であろう。観客への注意喚起、動物にふれた後の手洗い励行、消毒薬を染み込ませた足踏みマットの設置、他園との鳥類の移動延期などが、動物園でとられている主な対策である。
 
5.人と動物のよりよい関係をつくるために
  ニュースによるとSARS騒ぎのときはハクビシンが、今回はニワトリが路上に捨てられているという。動物を飼育する態度として非常に無責任である。高病原性鳥インフルエンザの流行により、各自治体に、飼育していたニワトリを引き取ってほしいという要望が寄せられている。動物園に直接、引き取りについて問い合わせてこられる方もいる。
  人と動物の共通感染症は、人と動物がともに加害者にも被害者にもなりうるわけだが、一方的に動物が悪者にされがちである。SARSや高病原性鳥インフルエンザの影響で、病原体がいっぱいの動物に触れるのは危険だという誤解が広まりはしないか危惧される。日本動物園水族館協会の感染症対策委員会でも、意識的にZOONOSISを人と動物の共通感染症と呼ぶことにしている。動物由来感染症では、犯人は動物との誤ったイメージ発信になると考えるからだ。共通感染症が社会の注目を浴びている今を、人と動物のよりよい関係を築くために人はどう行動すればよいか考える好機と捉えたい。
 
図1.子供動物園に貼られた注意喚起の看板 図2.子供動物園にある手洗いで、動物と
遊んだ後手を洗っている光景
子供動物園に貼られた注意喚起の看板 動物と遊んだ後手を洗っている光景
 
 
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