感染症トピックス 研究会目次


狂犬病国際シンポジウムの概要
 
国立感染症研究所獣医科学部長  山田 章雄
 
  我が国は40年余りにわたり狂犬病が発生していない稀少な国の一つですが、海外の多くの国では現在も動物の狂犬病が流行し、年間4〜5万人もの人が狂犬病で命をおとしています。昨今の人と動物の国際間の行き来の増大を考えると、我が国に海外から狂犬病が侵入する可能性があることは否定できず、万が一の狂犬病発生時に備え、行政機関の職員、医師、獣医師が、迅速・適切・組織的な対応を行えるよう、狂犬病対策について理解を深めることが必要です。
  昨秋、厚生労働省結核感染症課で「狂犬病対応ガイドライン2001」をとりまとめた機会に併せ、厚生科学研究「動物由来感染症対策としての新しいサーベイランスの開発」研究班(主任研究者:山田)において外国人専門家を招聘し、北海道大学獣医学研究科高島郁夫教授及び近畿動物管理関係事業所協議会の協力を得て、全国3カ所で狂犬病国際シンポジウムを開催致しましたので、その模様をご紹介します。
 
狂犬病国際シンポジウム
−空白の40年の時を過ぎて、世界の視点から−
 
日時 : 2001年11月10日〜16日
場所 : 東京  国立公衆衛生院、  札幌 ホテルポールスター札幌、  神戸 神戸市勤労会館
 
プログラム
開会
 
講演
講演要旨
非発生地域米国ハワイ州の経験より・・・・ デビット・ササキ博士 英文
  狂犬病コウモリの侵入と危機管理プランの作成   米国ハワイ州厚生省公衆衛生獣医官 和訳
 
発生国タイの経験より・・・・ シャナローン・ミトゥムーンピタ博士 英文
  狂犬病との闘い−その実際と対策   タイ赤十字研究員 和訳
 
非発生国豪州の経験より・・・・ イアン・DB・マクブライド博士 英文
  動物管理について   豪州獣医師学会都市動物管理諮問委員会委員長 和訳
 
世界の経験に学んで・・・・ 井上智博士  英文
  万が一の時に備えて   国立感染症研究所獣医科学部 和訳
 
ディスカッション
概 要
 
  ハワイは、アメリカの中で狂犬病が発生していない唯一の州です。ササキ博士は、ハワイ州厚生省の公衆衛生獣医官で、人の感染症対策を担当していらっしゃいます。ハワイでは狂犬病危機管理プランを作成しており、ササキ博士からは、この危機管理プランを作成するに至った経緯等についてご紹介いただきました。
 
  タイでは、狂犬病が日常的に発生していることから、タイ国赤十字において日夜狂犬病の診断をされているミトゥムーンピタ博士からは、発生国における対策の実際についてご講演いただきました。
 

  マクブライド博士は、オーストラリアの獣医師学会都市動物管理諮問委員会委員長を努められており、動物由来感染症対策のための動物管理の方法について知見が豊富で、オーストラリアで実施されている動物管理についてご講演いただきました。

  
  
  以上の講演をもとにディスカッションを行ったところ、会場から多くの質問や意見が出され、有意義な議論が行われました。なお、狂犬病を題材として国際的なシンポジウムが我が国で開催されたのは初めてであり、各シンポジウム会場には、地方自治体の動物由来感染症対策担当職員、大学研究者、開業獣医師及び医師等が多数来場し積極的な討論が行われました。
 
  ディスカッションの中で、ササキ博士より、日本における狂犬病予防対策にあたっては、発生時に的確に検査が実施できるよう研究の継続と検査体制の充実を図るべきであること、また、日本では犬の狂犬病予防接種を実施しているが、実施率が低い状況では、万が一狂犬病が侵入した場合に感染動物が発覚するまでに時間がかかり対応が遅れる可能性があるとともに、まん延を防止する程の効果は期待できないと考えられるので、狂犬病予防対策の方法として犬の予防接種を実施してきたのであれば、その実施率を高くしていく必要があること等が指摘されました。
 
  また、ハワイでは、狂犬病の侵入がないかどうかを確認するために、定期的に港湾周辺に生息するマングースを捕獲し検査を行っていることが報告され、我が国における今後の動物由来感染症のサーベイランス体制を検討するにあたり参考となりました。今後我が国でスポット的なサーベイランスを行っていく必要性とその方法論について有益な意見交換が行われました。
 
  ハワイは我が国同様狂犬病の発生のない地域であることから、そこでとられているサーベイランス体制や危機管理プランの整備については、参加者の関心も高く、ササキ博士のシンポジウムへの参加は、我が国の狂犬病対策に対する意識の向上に非常に貢献したと考えられます。
 
  また、我が国においては、40年以上狂犬病が発生していないため、一般の国民はもとより、獣医師、医師等も狂犬病動物や患者の症状を見たことがない人がほとんどですが、ミトゥムーンピタ博士の講演では、多数の狂犬病動物や患者の写真が紹介され、シンポジウムに参加した地方自治体の動物由来感染症対策担当職員、大学研究者、開業獣医師及び医師等にとって、それぞれの職務を実施していくうえで貴重な経験となったと思います。本シンポジウムの開催を契機に、平成13年12月初め、博士が所属するタイ国赤十字社に、厚生労働省結核感染症課動物由来感染症担当官が派遣され、人の狂犬病の診断、治療体制や動物の早期診断体制についての調査及び意見交換が行われたところです。また、平成14年2月にも、我が国の狂犬病研究者、臨床獣医師、地方自治体担当職員が訪問し、我が国で行うことが困難な実地による技術研鑽を行う予定であり、我が国の危機管理体制の充実に向けて、今回のシンポジウムが大きな一助となるものと思料します。
 
  マクブライド博士の講演では、オーストラリアでのマイクロチップ利用の現状が伝えられ、我が国でも、主に動物の盗難防止や迷子防止を目的として、獣医師会等の民間団体によりマイクロチップの利用が開始されてきたところであり、動物由来感染症対策のためのマイクロチップの利用を検討するにあたって大いに参考となりました。また、オーストラリアでの狂犬病の検疫体制の他、リッサウイルス等発生時の緊急対策についても説明がありました。これらの情報は、オーストラリアと同じく狂犬病清浄国である我が国の危機管理体制を検討するうえで、大いに役立つものと思われました。


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