第4回 人と動物の共通感染症研究会学術集会 研究会目次


9 飼い犬のエキノコックス感染状況調査:診断法の適合性と陽性犬の事例が示すもの
 
  ○野中成晃 1),奥祐三郎 1),巖城 隆 1),小林文夫 2),神谷正男 3)
1)北海道大学大学院獣医学研究科寄生虫学教室
2)北海道大学先端科学技術共同研究センター
3)酪農学園大学環境システム学部
 
【目的】
  北海道に蔓延する人獣共通寄生虫,エキノコックス(多包条虫)は成虫がキツネやイヌなどのイヌ科動物(終宿主)に,幼虫が齧歯類(中間宿主)に寄生する。人への感染は終宿主糞便中に排泄される虫卵の摂取によって起こり,放置すると死に至る。北海道では,過去10年間のキツネの感染率は40%前後を推移し,人とキツネの行動圏の重なりにより人とペットへの感染リスクが増している。本調査は,北海道における飼い犬のエキノコックス感染状況を調査する目的で行った。また,得られた結果から,現行診断法のスクリーニング法としての信頼性評価も合わせて行った。
 
【材料と方法】
  1997年8月から2004年6月までに道内の獣医師を通してエキノコックス検査依頼を受けた犬3,688頭を対象とした。対象犬の糞便を研究室に送付してもらい,70℃12時間の熱処理によりエキノコックス虫卵を失活させた後,蔗糖遠心浮遊法による虫卵検査,およびモノクローナル抗体EmA9を用いた糞便内抗原検査(EmA9-ELISA)を行った。テニア科条虫卵が検出されたものについては,糞便より虫卵を分離してDNAを抽出し,多包条虫特異的プライマーを用いたPCR診断を行った。また,テニア科条虫卵あるいは糞便内抗原陽性犬については,担当獣医師を通して飼い主に駆虫を勧め,駆虫前後の糞便を再検査した。
 
【結果】
  3,688頭中3,682頭についてEmA9-ELISAを行い,32頭の陽性例が確認された。これらの陽性例について虫卵DNA,駆虫前後の抗原価の推移および状況証拠から総合的に感染を判定したところ,真陽性14頭,偽陽性9頭,および確定判定不可9頭となった。確定判定不可9頭を除くと,EmA9-ELISAの陽性信頼度は14/(14+9)=61%となった。残り6頭については虫卵検査のみを行ったが,1頭からエキノコックス虫卵の排泄が確認され,北海道の飼い犬におけるエキノコックスの感染率は0.4%となった。
 
【考察】
  一般的に,感染率の低い個体群を対象として行うスクリーニングテストは偽陽性反応の遭遇機会が増えるために陽性信頼度が低くなるが,EmA9-ELISAは陽性信頼度61%を示しており,疑わしいものを検出して予防的駆虫を行うためのスクリーニング検査として十分な信頼度と思われる。また,今回,真陽性と判定した15頭について感染および診断の経緯を見たところ,これらの感染例の中には,野ネズミへのアクセスが自由な状態からほとんどない状態で飼育されているものまで含まれ,それぞれの飼育状況により様々な感染機会が提起された。さらに,検査結果への対応により虫卵排泄が回避できた可能性があるものや定期検査の必要性を示すものなども含まれており,今後の診断または検査結果に対する対応や予防についての方向性を示していると考えられる。
 
【結論】
  感染症法の改正に伴い,2004年10月からエキノコックス感染犬の届け出制が施行されるが,EmA9-ELISAは十分な信頼性を示した。北海道の登録犬が約23万頭であることを考えると,相当数の飼い犬がエキノコックスに感染していると考えられ,飼い主、獣医師および行政がこれらの状況を十分に認識して、ペットの適切な飼育管理と感染予防にあたらなければならない。
 
←前のページ次のページ→

研究会目次
カウンター