8. 患者の精神的支えにも

 震える指で119のダイヤルを回し、やっとの思いで名前と住所を話す。

 けがの大小にかかわらず「救急車を呼ばなくては」と思うときは必死である。

 ある日の夕方であった。「50歳の女性が手にけがをしている」という内容で私たちは

救急出動した。

 現場の玄関先には中年の女性が座り、だんなさんと娘さんが心配そうに見守ってい

た。

 「どうしましたか」と聞くと、恥ずかしそうに「缶のふたで指を切ってしまいまし

た」と右手を差し出した。親指の付け根を5センチほど切っていたが。家族の止血処置で

血は止まっていた。しかし、エプロンにはかなりの血が付いていた。

 「もう大丈夫ですよ」と元気付けながら、病院へと処置搬送したが、患者はしきりに

「こんなけがで救急隊の方々にご迷惑をかけ、すみませんでした」と繰り返していた。

 皆さんはこの話を聞き、恐らく「救急車なんか呼んで。そんなけがぐらい自分で病院

に行けばいいのに」と思うだろう。

 確かにけがは大事に至らなかった。しかし、ちょっとした不注意から指を切り、おび

ただしい出血を見たときの患者や家族の動揺は計りしれない。目に見える傷を処置する

だけでなく、患者の精神的支えになることも重要な救急活動である。

 秋田市では昨年1年間に5451件の救急要請があった。そして、その半数以上が腹痛、め

まい、ひきつけ、打撲など入院の必要のない軽症の患者であった。

 適切な救急車の利用が叫ばれているいま、このような軽症患者に対する「心のケア」

が救急隊に求められているのも現実である。

 患者に対してしっかりとした「接遇」ができなくては、いかに高度な器材が導入さ

れ、医療行為ができるようになっても、本当に救急業務の高度化が図られたとは言えな

い。

 救急隊にとっては数千件の一件にすぎないかもしれないが、患者や要請者にとっては

けがや病気の大小にかかわらず一生に一回の救急要請であるかもしれない。しかもこれ

らの患者は救急車を選ぶことができず、救急隊もまた患者を選ぶことはできないのであ

る。

 「わら」にでもすがる思いで要請する救急車。現場に向かう救急隊は「一期一会」を

大切にしている。例えどんな軽症でも「もう大丈夫ですよ。安心してください」と言え

る気持ちをー。

(秋田市土崎消防署・救急救命士・佐藤理)

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