79 手当の原点
お爺さん子だった私が、小さい時けがをすると、痛むところをさすりながら、お爺さ
んはいつもこの言葉を言ってくれました。
「痛いの痛いのあっちの山さ飛んでゆげ」。
すると不思議に痛みは取れ、お爺さんのしわくちゃで大きな手は「魔法の手」だと
思っていました。
ある日、小学校3年生位の女の子が、先生と友達数人で図書館に行った帰リ道でのこと
でした。自宅近くで先生の車を降り、手を振りながら横断歩道を渡ろうとした瞬間、走
行してきた車に接触、足をけがしてまったのです。
私たち救急隊が現場に着いたとき、先生は事故の責任を感じているのか、泣きながら
女の子を抱えていました。
けがの状態は擦り傷程度だったのですが、痛みを感じているいるはずの女の子は、
「先生だいじょうぶ、へいきだよ」と言いながら、先生の瞳を見つめていました。
救急隊による応急処置が終わったころ、事故の知らせを聞いたお母さんが駆け付けて
来ました。
この時、女の子には、お母さんの暖かい言葉が救いとなるはずでした。
しかし、おかあさんは、先生に向かって激しく事故の責任を問いただしたのです。
その瞬間、小さな泣き声ともに女の子の瞳から大粒の涙があふれ出ていました。
お爺さんが私の傷の痛みを取った魔法の手とあの言葉は、救急隊員となった今の私に
「手当」で一番大切なことは何かをを教えてくれたように思います。
言葉をかけることは心の不安を取り除き、痛む体をさすってやると痛みもやわらぎま
す。手当とは、人を思いやる気持ちなんだと。
交通事故現場では残念ながら、お母さんは大好きな先生を励まし頑張ってきた女の子
の思いに気付いてあげることができず、心に深い傷を負わせてしまったように思いま
す。
女の子の傷の痛みを癒すことができたのは、名医の治療ではなく、お母さんの暖かい
心遣い(手当)だったと思います。
手当、それは必ず次の時代へと受け継がれていきます。
「痛いの痛いのあっちの山さ飛んでゆげ」のように。
秋田城東消防署 斉藤広幸