73. 反 省


「大丈夫ですか,わかりますか」「すみません。意識を失って倒れている人がいます。

誰か119番通報して救急車をお願いします。」


蘇生人形を相手に一生懸命心肺蘇生法の習得に汗を流す人々,秋田市では,ほぼ毎日の

ように応急手当の講習会が行われ,消防機関が実施しただけでもおよそ2万人の市民が

既に講習会の終了証を手にしている。


受講者は,各町内会をはじめ,事業所やボランティア団体など多種多様であるが,最近

は老人クラブなど高齢者団体からの依頼も多くなってきている。


応急手当の指導員になってまだ日が浅かった私は,決められたカリキュラムの内容を,

限られた時間内にいかに消化していくか,ということを念頭に入れながら,これまでい

くつかの講習会を担当してきた。しかし,ある講習会を通して,私自信の指導のあり方

について深く考えさせられたことがあった。


ある老人クラブへ出向いた時のことである。「だから,胸の位置は・・・・・」先程か

ら同じことの繰り返しで,一向に先に進むことができないのだ。残り少ない時間と実習

の順番を待つ多くの老人達。私は焦りと困惑から気が動転し、「おじいさん,もういい

ですよ,時間がないですから」といって,丸く小さな背中をポンと叩いた。しかし,そ

の老人は一向に蘇生人形から離れようとはしない。耳が遠いのだろうか。「もういいで

す。大丈夫。合格です。」私は声を高らげ,指でOKサインをつくって見せた。「もう少

しやらせてください。私は病弱な妻と2人暮らしなんです。もし妻に何かあった

ら・・・・」老人は小さな声で私に言った。その老人の言葉に私はハッとさせられた。

私は今まで何を教えていたんだろうか? ただ事務的に救命講習を実施してきたのでは

ないだろうか?。


老人はまだ人形の前に座り寂しそうな顔をして離れない。私は,一通り終わったら時間

を取りますからもう一度一緒にやりましょう。その言葉に老人は微笑みを取りもどし

た。救命講習を終えた後,何度も何度もお礼を言って老人は帰っていった。


救命講習会は限られた時間内で行われなければならない。だが,受講者の人数や年代で

必ずしもそうはいかない。しかし,覚えたいとの気持ちから参加されている受講者にい

かなるときでも冷静かつ親切に指導しなければならない。それは,受講者のためだけで

はなく,私たちのためでもあるのだから。

土崎消防署 土佐信直

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